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第一章③

「この部屋か……」

 前崎はドアのプレート番号と、鍵に括り付けられたプラスチックタグの番号が同じであることを確認すると、その細長い銅鍵を鍵穴に差し込み、ロックを開けて中に入った。

 一歩踏み込むと、微かな埃っぽさと木の香りが鼻腔びくうに抜ける。部屋の広さは四~五畳ほどだろうか。縦長で板張りの室内。調度品のようなものは一切無く、左端に簡素な固定式のパイプベッドが置かれているだけだ。そして、その上には三つ折りに畳まれた布団一式がセッティングされている。

 正面の壁には小さな窓があったが、カーテンはついておらず、むき出しの状態だ。おそらくは、所有者が掃除や管理をしやすくするために、モノをほとんど置いていないのだろう。

 換気も兼ねつつ、窓を開けて外を覗くと、ちょうど建物のほぼ正面から、自分たちが先ほど通ってきた森が見えた。そこから、視線を下へと移せば、家の周囲には真っ白な雪の大地に、まばらにつけられた複数の足跡が線を描いている。

 そして来るときは気づかなかったが、向かった右手にも、一回り小さい、木造の建物が見えた。おそらく、納屋のようなものだろう。

 窓を閉め、荷物を置いて部屋を出ると、ちょうど中原も廊下に現れたところだった。

 二人は待っていた市口とともに一階へ降りるとと、今度は台所の反対側にあった障子戸の部屋に案内された。

 ささくれ立った敷居を滑らせて戸を開けると、逃げ出してきた暖かい空気が肌を包み込む。

 二十畳ほどはあろうかという、広い居間では、中央に作られた囲炉裏を囲むような形で、冴和木を含めた四人の男女がくつろいでいた。

 囲炉裏の右のスペースでは、細長い輪郭にすらりとしたスタイルの男が、長い手足を少し窮屈そうに畳んで胡座をかき、頬杖をついて燃え続ける炭を見つめている。その隣では、襟足の長い茶髪を跳ねさせた、いかにも軽そうな男が、鼻歌を交えつつ鉄の箸で敷き詰められた灰を弄り、更に少し離れた窓際には、ボブカットの黒髪で横顔を隠した女性が、うつむき加減で本を読んでいた。

「ちょうどお茶の準備が出来たところよ。三人とも座って」

 こちらに気づいた冴和木が、薬缶から急須にお湯を注ぎ、それを紙コップに分けていく。

 前崎と中原は、空いていた下座の位置に隣合って腰を下ろした。そこへ、茶葉の香りが立つ緑茶が配られる。礼を言って手に取れば、紙コップ越しに伝わる熱と湧き上がる湯気が、ひと時の安らぎをもたらしてくれるようだった。

 そのお茶にゆっくりと口をつけようかという時、

「俺にも貰えるか?」

 障子戸が開き、荷物を運び終えたと見られる相羽が入ってきた。

「いいわよ」と冴和木が答える。

「ねえ、全員揃ったし、お茶のみがてら、改めて自己紹介をしましょうよ。真由子まゆこも、もう少しこっちに来てくれるかしら?」

 市口がそう言うと、本を読んでいた女性が顔を上げ、小さく返事をして囲炉裏の角に、そろりと移動した。

 囲炉裏を囲む八人全員の前にお茶と、ファミリーパックの一口和菓子が適当に配られると、まずは中原、前崎が簡単に挨拶を済ませた。

「それじゃあ、こっちは私から。って言っても、自己紹介はさっきしちゃったけど――越後文化大三年の市口葉子よ。一応、この民話研究サークルの部長をしているわ」

 前崎たちの右サイドに座る市口に続いて、その真向かいの相羽が口を開く。

「同じく、三年の相羽省吾だ」

「相羽は半年前に、県立大から転入してきたのよね?」

「……まあな」

 ぶっきらぼうに答えると、今度は市口の隣に座る、すらりとした長身の男がお茶をすすってため息をついた。

「もったいない……あそこは毎年何人もの奴が一浪二浪してまで目指すっていうのに……うちみたいな二流大に転入なんて……ひょっとして、何かやらかしたのか?」

「ははっ。別にそんなんじゃないさ。方針が合わなかったっていうか……レベル関係なく、やりたいことが見つからなくなったんだ」

「全く変わっているヤツだな……っと、話が逸れたか。自己紹介だったな。俺も同じく三年の加藤哲也かとうてつやだ。立場としては、民話研究サークルの副部長、ってことになるかな。で、横にいる、このチャライ、ゆとり系全開男が、二年の蕪木竜真かぶらきたつまだ」

「今時って言ってくれよ。てか、ゆとり系って、学年は違えど同い年だろうが」

 二人が言い合っている隙を見つつ、成績が悪くて留年したのだということを市口がこっそりと補足説明してくれた。

「――次は私の番ね。って、言っても、私も駅で一回名乗ったけど……二年の冴和木凜華よ。よろしく」

 冴和木は割合、さばさばとした口調である。

「高飛車なのはコイツの素なんだ。気にしないでくれ」

「煩いわね、竜真。私はアットホームな性格なのよ」

 そんなやり取りをしつつも、囲炉裏を挟んで正面に座る冴和木の自己紹介が終わると、残りの一人に視線が移る。

「じゃあ、最後は真由子ね」

 市口が促すと、相羽の隣に座るボブカットの女性は全員の視線を気にしながら、

「一年の紙倉真由子かみくらまゆこです……」

 そう、ぼそりと答えた。どうやら、かなり内向的な人物らしい。

「参加者はこれで全員ね。せっかくだから今回の合宿のテーマというか、目的も確認しておきましょうか」部長の市口がコホンと咳払いをする。「私たちの今回の目的は……一つ、この地域に古くからあるとされる伝承を探ること。二つ、それに伴う意見交換、および、参加者同士の親睦を深めること、って感じかしら」

「要は、二泊三日のレクリエーションツアーっしょ?」

 蕪木が毛先を指でいじりながら軽く笑う。

「うーん、まあ、そんなところね。でも、今回は珍しく沙希ちゃんや前崎くんみたいな他大学のメンバーも居るから、楽しい活動になりそうだわ。二人とも、よろしくね」

「はい、こちらこそ!」

 中原が一際張り切った声を出す。

「ふふ。沙希ちゃん元気ね。頼もしいわ。――それで、今後の日程だけど、事前のスケジュールどおり、軽く昼食を食べてから、スノートレッキングに行きましょう」

「じゃあ、早く準備しようぜ。冬場はすぐに日が落ちる。外へ出るなら明るいうちに済ませたほうがいいだろう。

 加藤が腕時計を確認しながら言った。

 それに同調しつつも、市口が待ったをかける。

「ええ、でもその前に、ここで過ごす上での役割を先に決めましょう。ここはインフラがほとんど無いに等しい場所だから、やる事は沢山あるわ」

 その提案に相羽が頷く。

「そうだな。現時点で思いつく重要な作業といえば……炊事、水汲み、薪割りといったところかな……」

「当番制にする?」

「そんなめんどくさいことしなくてもいいんじゃね? メシとかは女子が担当で、力仕事は男」

「ふん、見かけによらず古臭い考えね、竜真」

 蕪木のざっくりとした組み分けの提示に、冴和木が隣で鼻を鳴らす。

「んだよ。効率考えても、そのほうがいいだろ? ああ、お前は料理出来ないんだっけ?」

「はあ? 馬鹿にしないでほしいわね。自炊くらい人並みにやってるわよ」

「よせよ、二人とも」

 相羽が慌てて仲裁に入る。

「まあ、竜真の思考はともかくとしてだ、ローテーションにするとかえって忘れる可能性もあるし、俺も固定にしたほうがいいんじゃないかと思う」

 相羽の指摘に、市口が相槌を打つ。

「それもそっか……じゃあ、定石どおり、女子は炊事と掃除。男子は水汲み、薪割りの担当でいきましょう。みんな、それで良いかしら?」

 ぐるりと見渡すも、その意見に反対する者はいなかった。

「決まりね。それじゃ、すぐお昼にしましょう」

 そうして話が纏まると、八人はカップラーメンで簡単な食事を摂った。

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