第五章③
二階へ戻った前崎は、自分の部屋で現状を簡単に中原へ説明していた。
「えっ! じゃあ、やっぱり、真犯人が?」
「……それはもう間違いない」
「で、でも、蕪木さんの件は別にしても、最初の凜華さん、二番目の加藤さんの件は、どうやって……? だって、部屋は密室だったわけですよね?」
そう……中原の言うとおり、そこがこの事件、最大の謎といっていいだろう。それさえ解ければ、全てが明らかになる。前崎はそんな気がしていた。そのためにも、まずは取っ掛かりを見つける必要がある。
「順番に整理してみるか……。まず、冴和木さんの遺体を発見した前後の状況を思い出そう。あの日の朝は、全員が少なからず寝坊をするという珍現象が発生していたな。まあ、この部分については後で考えるとして――、起きてこなかった冴和木さんを除く全員で、予定よりも遅い朝食を摂った後、外の天候を見に行った加藤さんが、ここで初めて、前庭に残った無数の巨大な足跡を発見した。そして、彼の驚いた声に駆けつけた相羽さんと俺が、とにかく全員に知らせようと、古民家へ戻ろうとしたところで、冴和木さんの部屋の窓ガラスが割れていることに気がついたんだ」
「私も、あの時は前崎さんたちが凄く慌てた様子で廊下を走ってきたので、何事かと思いました……」
「ああ。そこで、俺は中原に事情を説明して、他のメンバーへの伝言を頼み、一足遅れる形で二階へ上った。そのときには、先に到着していた加藤さんと相羽さんが、冴和木さんの部屋の前で呼びかけを行っていたが、鍵が開かず、反応も無かったために、ドアを破ることにした。そして、中へ入ってみると……」
「凜華さんの遺体が……?」
前崎は記憶を呼び起こすように目を閉じながら、静かに頷いた。
「中の様子は酷い状態だった。床には、おびただしい血を流した冴和木さんがうつぶせで倒れ、包丁の突き刺さったその身体には、割れた窓ガラスから吹き込んでいた雪が積もっていた」
「ガラスが割れていたのは、犯人と争ったときの痕跡なんでしょうか?」
「いや。だとしたら、彼女自身にも、もっと抵抗したような形跡があるだろう」
「……じゃあ、亡くなった後に、犯人がガラスを割って撒き散らした、ということですか」
「おおむね、そうだと思う。それが密室トリックに必要だったのか、他の理由があっての事だったのかまでは、まだはっきりと分からないが、ただ、それ以上に重要なのは、冴和木さんが床に倒れていた点だ」
「凜華さんは、寝込みを襲われたわけではなく、誰か、来訪者を招き入れたところで、背中を刺された、ということですね」
「うん。だが、さっきも軽く触れたが、一日目の夜から朝にかけては、俺たち全員の就寝時刻が近く、また、その目覚めも異様に悪かった。これは生前の加藤さんも指摘していたように、何か、睡眠薬のようなものが盛られたんじゃないかと俺も思った」
「そうすると、確かに不思議ですよね。本当に睡眠薬が盛られたのだとしたら、どうして凜華さんと犯人だけが平気だったのか……食べ物や飲み物は、ほとんどみんな一緒だったはずですし。……やっぱり、睡眠薬が効く前に襲ったっていうことなんでしょうか?」
「それは考えにくいな。だとしたら、せっかくの薬の意味がほとんどなくなるだろう? 少なくとも犯人は、冴和木さん、加藤さんの部屋で密室を作り出しているわけだしな。ドアを自由に開け閉め出来るなら、寝込んだところを見計らって襲えばいい話だ」
中原は思わず言葉を詰まらせる。
「……です、よね。じゃあ、冴和木さん以外の全員が眠りに落ちた後で……? でも、メンバーの一部の人が食べなかったものなんて、やっぱり無かったと思うんですが……。居間で出されたお茶やコーヒーだって、全員がその都度、飲んでいましたよね。使うコップが決まっていたわけでもないし……。強いてあげるなら、トレッキングに行ったときぐらいでしょうか? 歩くペースが遅くなっていた真由子さんに、葉子さんが自分の水筒のお茶を差し出していたことがありました。けど、あれだって、まだ明るい時間帯でしたし、真由子さんと、持ち主である葉子さんだけしか飲んでいないはずだから……」
ベッドに腰を掛け、毛布をポンチョのように羽織る中原は、白い息を吐いて、難しそうに眉間へ皺を寄せる。すると、
「……実は、他の方法が、ないわけじゃない」
さらりと言い放った前崎の言葉に、中原は「えっ?」と顔を上げる。
「それ、どういうことですか?」
「つまり……飲食物以外に、薬が混入されていたという可能性だ」




