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第五章①

『今回の連続殺人事件の犯人は、この私、蕪木竜真である』


 文面の一行目は、衝撃的なものだった。前崎は動揺しつつも、続きに目を通してみる。


『このような殺戮に至った経緯は、非常に複雑であるのだが、一言で言えば、三角関係、恋情のもつれということなのだと思う。

 自分でも理解出来ない情動ではあるが、内に秘めた狂気的な本能が、普段と異なる環境、そしてそこで摂取したクスリによって、目を覚ましたのだと思う。気づいたらば、凜華、そして哲也を殺害してしまっていたのだ。

 どういう行動を取ったのかという細部までは、残念ながら定かではない。しかし、殺してしまったという記憶だけは確かに残っているのだ。

 だから厳密に言うならば、犯人はもう一つの『鬼』と化した自分、といったところなのかもしれない。それでも、自分の肉体が二人を殺してしまったことは事実であろうことから、そのけじめをつけようと思い、命を絶つことに決めた。

 そして、その死語の言葉として、ここに、最後の感情を残すことを許してもらいたい……』


「………………相羽さん、これを」

 全てを読み終えた前崎が蕪木の携帯を見せると、相羽もその文章に目を走らせ、言葉にならない声を漏らして頭を抱えた。

「そんな……まさか竜真が……? と、とりあえず、他の二人も呼んでくる! 前崎くんは、中原くんの事を頼む。かなり参っているようだから」

 相羽の心配そうな視線を辿ると、中原が青ざめた顔のまま、茫然自失といった様子でうなだれていた。あの様子では、確かに時間が必要だ。

「分かりました。お願いします」

 相羽が納屋を出て行くと、前崎は中原のもとへ歩み寄り、その震える肩に軽く触れた。

「大丈夫か?」

「は、はい……」

 なんとか返事はしたものの、明らかに憔悴しているのが見て取れる。

「そこらへんに座ってろ」

 前崎は遺体がなるべく見えない物影の位置に中原を座らせると、腕組みをして、雑然とした納屋の様子に目を向けた。

 まず、入り口付近のコンクリの床には、引っ掻き傷のような×印が刻み付けられ、そのクロスした部分に、薪割りの斧が置かれている。

 そして、蕪木の首に巻きついていたロープは、天井近くの梁の上を通され、片方の端が輪っか状に、もう片方の端が、後方に置かれたプラスチック籠の取っ手部分に縛り付けられていたようだ。

 プラスチック籠の中には、山盛りの漬け物石が入っていて、これで蕪木の体重が宙に浮いた状態で支えられたと推察出来る。

 足場として使ったのだろうか……傍には木製の踏み台も転がっていた。

 けれど……それにしても奇妙な格好だ、と、前崎は改めて蕪木の姿を見て、その怪訝さに眉根を寄せた。

 服装は部屋着のまま。紛失していた鉈を持ち、靴底には、先端に三叉の鉤爪がついた謎の大きな板草履のようなものを縛り付けている。形から見て、これが、外につけられた巨大な足跡の正体なのだろうが……。

「待てよ……」

 そのとき、前崎の脳裏にある予感が浮かんだ。

 ――もしかしたら、これは『かんじき』ってやつじゃないのか?

 かんじきというのは、主に、1メートル、2メートル級の積雪がある、雪深い豪雪地域で使われてきた特殊な履物だ。幅のある楕円形の木枠、あるいは木の板などに紐を通し、それを足首や足の甲の位置で縛って、靴の下に固定する。

 接地面の表面積を広く取ることで、雪にも足が取られにくく、雪中登山や、狩猟などを目的に使用されてきた代物だ。

 蕪木の履いている物が、それに似ていると踏んだ前崎の予想は、ドンピシャだった。よく観察してみると、先端に付いた三叉の鉤爪のようなものは、比較的新しい、即席の細いワイヤーで括り付けられたものであると分かった。加えて、棚にあった木箱の中から、同じ形の板が大量に詰め込まれているのも発見した。となると、やはり本来は、この楕円形の巨大な板草履状態で使うものなのだ。それを、蕪木、あるいは別の何者かが、怪物――ミノタウロスの足跡に見せかけるために改良した……と考えるべきだろう。

 一方、蕪木の携帯に残された文章にもまた、注目するべき点があった。

 それは、『クスリ』というキーワードである。

 この『クスリ』というのが、どういったものかは分からないが、ニュアンスからして、もしかすると違法性のあるものだったのかもしれない。つまりは、麻薬、大麻、危険ドラッグ等の類だ……。

 前崎も、それらの中毒者の様子を何度かテレビで見たことがあるが、本当に現実と妄想の境目が分からなくなるらしく、奇妙な行動を取っていたことを鮮明に記憶している。突然笑い出すだけならまだかわいいレベルで、最悪の場合は、妄想で多数の人を殺してしまうこともあるのだ。

 蕪木も、それと似た状態だったならば、遺書とされる文章の全てが事実であるという可能性ももちろん捨てきれない。実際、彼の様子がどこかおかしいと感じたときもあった。

 ……けれど、前崎はどうもしっくり来ていなかった。

 死亡時の格好や床に刻まれた×印なども含めて、何か……過剰に演出じみているとでも言ったらいいのだろうか……。

 そのとき、外から多数の息遣いが聞こえてきた。相羽の知らせを受けて、残りのメンバーがやって来たのだ。

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