第四章⑥
「それで前崎くん。これからどうするんだ? まだ、どこか調べるのか?」
相羽の問い掛けに、前崎は少し思案したのちに口を開いた。
「そう、ですね……。今度は台所に行ってみたいと思います。じっくりと見る機会もなかったので」
「ふうむ……そうか。だったら、俺もついて行っていいか? 正直なところ、じっとしているのも中々辛くてな……」
相羽は気落ち気味に言う。
「……ええ。もちろん、構いませんよ。一緒に行きましょう」
誰が犯人か分からないこの状況下、一抹の不安もないと言えば嘘になるが、一方で第三者の意見や考えはありがたい力にもなると、前崎は考えていた。
一階へ降りた三人は、言葉通り、その足で台所へと歩を進めた。
色あせた引き戸を開け、敷居を跨げば、一段と寒さが増した。かまど式の炊事場は、風の通り抜ける隙間が多いのだ。
ところどころで沈み込む古めかしい床へ注意を払いつつ、前崎は室内を調べていく。
埃を被った食器棚の中には、当時使っていたと見られる、いくつかの皿やコップが置きっぱなしになっている。炊事場に隣接する、やや広めの土間のスペースには、前崎と相羽が割った薪が何本か置かれ、その傍には、飲料水の入ったペットボトル。持ち込んだ調理器具や食料品の入ったダンボールも並んでいる。
相羽は片膝をついて、それらの中身を確認し始めた。
「食べ物とかは、まだあるんでしょうか、相羽さん」
その背中に中原が問いかける。橋が落とされている以上、外部の誰かが気づいてくれなければ、いつまでここに留まることになるのか分からないのだから、当然の不安と言えるだろう。
「缶詰などもまだ残ってる。最悪、数日は大丈夫だろう」
「そうですか……」
「いや、ちょっと待てよ……?」
「どうかしました?」
神妙な声を出した相羽に、すかさず前崎が訊ねる。
「い、いや、アレが無いんだ……」
「アレ?」
「鉈だよ。ほら、一日目に薪割りで前崎くんも使っただろ? あの後、俺がちゃんとこのダンボールの中へ片付けたはずだったんだが――」
鉈が無い?
「ちょっと、すいません」
前崎も全てのダンボールの中を覗き込んで漁るが、確かに、見当たらない。
「誰かが使ったんでしょうか?」
相羽は角ばったエラに手を当てながら首を捻る。
「分からん。片付けた後は特に確認してなかったからな……」
「中原は? 知ってるか?」
「い、いえ、私も、台所にはお手伝いで何度か出入りしていましたが、それでも、いつ無くなったかまでは……」
そう言って、怯えた子犬のように首を振る。
――包丁の所在は分かるが、鉈まで無くなっただと?
悪寒のような嫌な感覚が、前崎の身体を巡る。
「もし犯人が持っていたら……危険、だよな」
相羽の言うとおりだった。犯人がなんらかの意図で盗んだのだとすれば、次の犯行が迫っているのではないだろうか? そう考えると、納屋で使った斧はもちろん、冴和木、加藤の両者の身体に刺さったままにしてある凶器の包丁も、取り除いて管理しておくべきなのかもしれない。でなければ、あれだって、何時、新たな犯行に使われるとも限らないのだ。
前崎は、自分の考えにどこか甘さがあったのかもしれないと、このとき、改めて痛感させられた気がした。もうすぐ助けが来てくれる。そんな思いが、これ以上の犯行はもう起きないだろうと、脳を楽観視させていたのかもしれない。
けれど。
事件はまだ、何も終わっていないのだ。




