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第一章②

 車は、ノイズ混じりなラジオを車内に流しつつ、閑散とした真っ白な田畑が占める田舎道を二十分ほど走り続けた。車幅ギリギリの畦道を通り抜け、森に覆われた山の裾野に差し掛かったところで、相羽は車を止めた。

 舗装されていない形ばかりの狭い駐車スペースには、四人が乗ってきたミニバンの他に、もう一台、黒の軽ワゴンが停まっている。車体の下部に目をやると、比較的新しいドロ汚れがついているのが分かった。

「ここからは歩きだ」

「遠いんですか?」

 中原の問いに、相羽が首を振る。

「いや、そこまで大した距離じゃないけど、道中に古い橋があってね……」

「橋ですか……」

「うん。狭いし、車じゃ通れないんだ。さ、荷物を下ろそう。前崎くん、運ぶのを手伝ってくれるか?」

「もちろんです」

 エンジンを切って車を降りると、相羽はトランクから手際よく荷物を出していった。それが終わったところで、前崎は手頃なサイズのダンボールを一つ任される。隙間から中を察するに、どうやら調理器具の類が入っているようだった。

 中原と冴和木は、つまみや食材の入ったビニール袋を持ち、相羽は一番サイズの大きいダンボールを二つ重ね、軽々と両手で抱え上げると、

「それじゃあ、行こうか」

 こともなげに言い、先頭を歩き出した。前崎たちはその後をついていく。

 葉の落ちきった木々に囲まれた道は、寒々(さむざむ)としていて、わびしさのみが際立っている。シャリシャリと半分凍った雪交じりの地面を踏みしめる四人の足音がひたすらに木霊し、ときたまどこかで鳥の高い鳴き声のようなものが響き渡ると、前崎は分厚い雲に覆われる空を見上げた。


 足場の悪い、うねったのぼり道をどれくらい進んだ頃だろうか……まもなくして一本の橋が見えてきた。

 息を散らしながら近くまで行ってみると、橋は幾重にも巻かれたロープと、色あせた木の板で作られた昔ながらのものであることが分かった。欄干は蔓で形成され、幅も思った以上に狭く、二人が並んで歩くことも難しいくらいのスペースしかない。確かに相羽の言うとおり、車は到底通れないであろう代物だ。

 橋の下を覗き込めば、流れの速い川の水が、雪を被った岩を避けるように流れていた。一目見ただけでも、その冷たさが想像され、皮膚をあわ立たせる。

「えっと……こ、これを渡るんですか?」

 中原が引きつった表情でたじろいだ。

「あら? もしかして高所恐怖症?」

 それを見た冴和木が、薄い笑みを湛えて言う。

「い、いえ……ただその……だいぶ年季が……」

「それなら大丈夫よ。二人を迎えに行く前に、他のメンバーと一緒に通ったんだけど、全然問題なかったし。ねえ、相羽」

「ああ。確かに作りは古いけど、点検もしているらしいから。――ただ、雪で板が凍っている箇所もある。滑らないようにな」

 そう言って、相羽と冴和木は迷い無くその橋を渡っていく。

 前崎もまた、その後に続こうとするが――、

 突然、ぐいと、背負ったザックを中原に掴まれてしまう。

「何するんだよ」

「ちょ、前崎さん、置いていかないでくださいよっ」

「……早く行かないと、はぐれて迷う可能性もあるんだが?」

「だ、だって……」

「参加するって言ったのは誰だよ……ったく。――ほら、行くぞ」

 ダンボールを抱え直すと、前崎はため息混じりに橋の板へ足を乗せる。後ろから引っ張られながらも強引に進んでいくと、中間辺りまで来たところで、「絶対放しませんからね」「落ちるときは一緒ですからね」などと、物騒な呟きが聞こえてきたため、前崎は景色を楽しむことなく、急いで向こう側まで渡りきった。

 そこから再び木々に囲まれた道を進むと――、

 ほどなくして、開けた場所に一軒の家が建っていた。

「おつかれさん。ここが目的地だ。中原くん、大丈夫かい?」

 相羽のねぎらいに対し、

「は、はい、もちろんっ。全然余裕です、あはは……」

 そんなふうにつくろいながら、中原は安堵の息と共に、額の汗を拭っていた。

 一方、前崎はというと、建物に近付き、その外観をじっくり眺める。

 茶色く色あせた木造の二階建て家屋は、横幅が広く、古風な民宿といった感じだろうか。

 板壁の一部は歳月によって捲りあがり、杉皮を暖簾のように、だらりとたなびかせている。

 軒下には酒造などによくある、大きな杉玉が吊り下げられ、瓦屋根に積もった雪があいまって、中々に風情を感じさせた。

「おーい、葉子ようこ。戻ったぞー」

 相羽はダンボールを持ったまま、玄関の引き戸を靴のつま先で器用に開けると、あがりかまちにその荷物をドスンと降ろした。前崎たちも、それにならって持ってきたものを置く。

 玄関からは縦に一直線、長い廊下が続いていて、奥へ行くほど暗がりになっている。 すると相羽の掛け声から程なくして、その廊下に隣接する右側のガラス戸が開き、お盆を持った女性が姿を見せた。

「おかえりー。いやあ、ごめんね。ちゃんと必要なものは全部用意したつもりだったんだけど、いざ到着して確認してみると、足りないものが次々出てきちゃってさ――」

 タートルネックのセーターにチェックのエプロン。つやのある黒髪はしっかりと後ろでしばっていて、くっきりとした目鼻立ちからは、いかにも快活な印象を受ける。

「――そちらのお二人さんは、参加の連絡をくれた沙希ちゃんと前崎くんね」

「はい。はじめまして! 中原沙希と言います。よろしくお願いします!」

市口葉子いちぐちようこよ。こちらこそ、参加してくれてありがとう。よろしくね」

 二人がにこやかに握手を交わす。

「それじゃあ、こっちは俺が運んでおくから、前崎くんたちは二階の部屋に自分の荷物を置いてくるといい。長旅で疲れもあるだろ」

 相羽が積み上げられたダンボールをぽんと叩いて言った。

「そうね。じゃあ私が案内するわ。凜華は、お茶の用意をしておいてもらえるかしら?」

「いいわ。まかせて」

 冴和木がお盆を受け取る。

「お願いね。――それじゃ、二人ともついてきて」

 前崎と中原は靴を脱いで廊下に上がると、市口の案内のもと、真っ直ぐに伸びる廊下を奥へと進んだ。廊下の両壁伝いには、いくつかの引き戸が備え付けられている。先ほど、彼女が現れた右手の部屋は、どうやら台所のようだ。その反対側の部屋は障子戸であるところからして、居間のような空間であることが予想された。

 三人は廊下の突き当たりまで進むと、そこを右手に曲がり、すぐ傍にあった階段を上った。

 ぎしりと音を立てる黒ずんだ板は、結構な年季をうかがわせる。

 二階へ上ると、通路が左右両側へ伸びていて、等間隔に向かい合う形で、ドアが並んでいた。

「部屋は全部で八つあるから、ちょうど一人一部屋使えるわ。この階段を境に、右側の1~4号室までの四部屋が男子。左側の5~8号室までの四部屋が女子になってるから。前崎くんは3号室、沙希ちゃんは6号室を使って。――これ、鍵ね。各部屋一本しかないし、後で返却しなきゃだから、なくさないように気をつけて」

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