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第四章②

 囲炉裏の火を見ながらコーヒーを飲んで一息つくと、今度は他のメンバーが気になってくる。

「みなさん、まだ眠ってるんでしょうかね……」

 不安は中原も同じようだった。

 前崎が腕時計を確認すれば、時刻はもうすぐ七時半になろうかというところであった。

「見てくるか……」

 起こすには早いかもしれないが、こんな状況だ。安否確認ぐらいはしたほうがいいだろう。

「じゃあ、みんなで行きましょう」

 市口がコーヒーを飲んで立ち上がると、三人は居間を出て二階へ戻った。

 階段を上がり終え、両横へ伸びる廊下の中央に立つと、女子二人は、なるべく左手側を見ないようにしているのが如実に感じ取れた。

 廊下の左手側――、そこにはドアの壊れた5号室があり、奥には、冷たくなった仲間がいるのだ……。

 その気持ちをおもんばかって、前崎は自分が紙倉を起こしに行くことを志願した。

「二人は加藤さん、相羽さん、蕪木さんのほうを頼む」

「すいません……前崎さん」

 ふいに、中原が申し訳なさそうに言った。

「?」

「いえ、その、気をつけて下さいね……」

「ただ起こしに行くだけだ」

「ええ。そうなんですけれど、でも――」

「ああ、分かってるさ。……そっちも、一応注意しろよ」

 前崎は背を向け、廊下を進み始めた。紙倉の部屋は、左手一番奥の8号室だ。古民家を正面から見たら、裏手側に当たる部屋である。

 壊れたドアが立てかけられた状態になっている5号室を通り過ぎると、紙倉の使っている、その部屋の前に立った。

「おはようございます、紙倉さん。起きてますか?」

 ドアを二回ノックして、言葉をかける。しかし、反応が無い。しばらくして再びノックをしようとしたところで、

『は、はい……』

 ようやくドア越しの返事があって、前崎は肩の力を抜いた。

「おはようございます。まだ早い時間なんですが、良かったら一緒に下に居ませんか?」

『……着替えたいので……少し、待っててもらえますか…………?』

「分かりました」

 前崎はドアから少し離れると、中原と市口の首尾を窺った。

 二人もそれぞれ手分けをして部屋の前で声を掛けているようだが、今のところ、誰も顔を見せてはいない。やはり、まだ寝ているのか……。

 それにしても、改めて見ると、この部屋割は少し特殊な気がしてくる。通常、ホテルや民宿などの部屋は、横並びで数字が並んでいることが多いはずだ。なのにここは、建物の正面側に位置する右奥の部屋から1号室、廊下を挟んだその向かいが2号室となっている。つまり、1号室の隣が3号室なのだ。4号室はその正面で、5号室は柱のスペースを挟んで斜め向かい……このジグザグな並びが8号室まで続いている。もちろん、こういう並び方が無いとは言わない。けれど、ちょっと珍しい気がする。

 ひょっとして、これも密室殺人に何か関係している……? そんなふうに思うのは、さすがに考えすぎであろうか……?

 あれこれ頭の中でめぐらせていると、8号室の部屋のドアが開いて、そろりと紙倉が出てきた。服装はブラウンの厚手トレーナーにシックなパンツ。今日は前髪をピンで止めていて、色白な顔の印象が、より強いものになっている。

「すみません……コンタクトをつけるのに、手間取ってしまって……遅くなりました」

「構いませんよ。というか、紙倉さんはコンタクトをつけていたんですね」

「あ、はい。高校三年の途中までは、ずっと眼鏡だったんですけど、コンタクトのほうが良いんじゃないって、日登美ひとみさんが……」

「ひとみ、さん?」

「あ、い、いえ、その……」

 前崎がその名を聞き返すと、それまでどこか懐かしそうに目を細めていた紙倉は、一転して動揺したように言葉をもたつかせた。

 その様子を怪訝に思いかけた……そのときだ。

「前崎さん、ちょっと来てください!」

 廊下の向こう側から中原に呼ばれた前崎は、その口調の強さに悪い予感を覚え、紙倉を引き連れて細い通路を走った。

「どうした?」

「そ、それが、加藤さんの部屋だけ、全然反応が無いんです」

「なに?」

 4号室のドアの前では、市口が呼びかけを続けている。

「ちょっと、哲也! 起きてるなら返事くらいして!」

 その騒ぎに、1号室の蕪木と、2号室の相羽がほぼ同時に部屋から出てきた。

「いったいどうしたんだよ、騒がしい」

「何かあったのか?」

「哲也の反応が無いのよ……!」

 市口の張り上げた言葉に、蕪木と相羽が顔を見合わせる。そしてすぐさま、どいてろ、と、彼女を横へ押しやり、それぞれがドアの向こう側へ声を掛け始めた。

 しかし、やはり応答はない。

「ドアを壊そう! 竜真、手伝えっ」

「あ、ああ……」

 相羽と蕪木がタイミングを合わせ、ドアに体当たりをかます。冴和木のときと同じ状況に、誰もが嫌な感覚を脳裏に浮かべたことは、言うまでもないだろう。

 やがて木の板が歪み、亀裂音が響くと、

「このやろうっっ!」

 最後は狂乱気味になった蕪木が罵声を上げながらドアを蹴り壊して、全員は部屋へとなだれ込んだ。

「哲也!」

 室内は一見すると荒らされたような状態ではなく、窓ガラスもきちんと閉められている。傍には燃料用の角材が立てかけられ、その横のベッドでは、掛け布団が盛り上がっていて、誰かがいることが窺えた。

「な、なんだよ哲也、寝てるのか? 驚かすなよ、まっ――――――――――…………ひぃっ」

 震える声で虚勢を張りながら布団に手をかけた蕪木は、寸前で短い恐怖の悲鳴をあげ、その場に尻餅をついた。

 理由は前崎にもすぐに分かった。近付いてみると、掛け布団は額のすぐ下まで被せられていて表情は見えなかったが、枕元付近にべったりとした赤黒い物質が広がっていたのだ。

 誰もが絶句し、身体を強張らせる中、前崎は無意識的に一歩前へ出ると、ベッドの脇で呼吸を整えた。それから恐る恐る手を伸ばし、布団を掴む。固まった謎の液体は接着剤のようになっていて、生地同士をくっつけているようだった。

 前崎は、カラカラになった喉を少量の唾液でなんとか嚥下すると、意を決してその布団を毛布ごと、引き剥がすように捲り上げた。

 ベリベリという、なんともいえない嫌な音が瞬間的に響く。

 その纏わり付くような感覚が耳朶に残った状態の中、飛び込んできた光景は、胃液が逆流しそうになるほど悲惨なものだった。

 赤黒く染まったベッドの上……。

 そこには、

 首に包丁が刺さり、完全に血の気を失った加藤の遺体が、目を見開いたまま、横たわっていたのだ。

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