第三章③
再び上下完全防備のウェア姿で居間へ集まった七人は、最低限の荷物だけを持って玄関を出た。
一歩外へ出れば、上空から一帯に降りしきる大粒のボタ雪が、レースカーテンのように目の前の視界を遮っていて、誰ともなく発せられた重いため息が、七人を包む。
朝に残っていた謎の足跡も、そんな大量の雪を被り、すでに判別出来なくなっていた。
「とにかく……気をつけて行こう」
相羽が念を押すと、全員は縦列状態で雪の中を歩き出した。事前の相談の末、列の真ん中には市口、紙倉、中原の女子三人が入り、先頭には相羽、加藤、蕪木が並ぶ。そして一番後ろ、いわゆる殿の位置には、前崎がついて、後方を警戒する役割を負うこととなった。
前日までは踝程度だった積雪も、一日で膝下辺りまでその高さを増している。当然、隊列は中々に歩が進まない。先頭で道を作る相羽や加藤は、視界の悪さに加え、普段以上に大きく足を上げなければならないというその状況に、かなり苦戦しているようだった。
上空から落ちてくる雪も、肩や頭に積もり、じわじわと体力を低下させていく。
「なあ……この道で合ってるのか?」
周囲にきょろきょろと視線を配りながら蕪木が呟けば、「たぶん、な」と加藤が返す。
橋までの道のりに、さほどの距離はなかったはずだが、こんなにも遠かったかと感じてしまうのは、やはり気候条件の悪化に加え、心境の違いも影響しているのだろう。
一面を白銀に染める森の中では、油断すれば方向感覚も失いかねない。一度通った道とはいえ、行きと帰りでは前方に望む風景の違いから、迷ってしまうことも多々あるものだ。不安感が頭をもたげてくる気持ちは前崎にも理解出来たが、かといって、それぞれが勝手に四方八方へ動けば、その足跡で自分たちの通ってきた道まで分からなくなってしまいかねない。
今は、信じて一つのルートを歩くしかなかった。
そうして、永遠とも思えるほどの時間、誰もがうつむき加減で足を動かし続けていると、
「良かった! 橋が見えてきたぞ!」
前方からの勇んだ声に顔を上げれば、見覚えのある橋杭が、降雪で霞んだ視界の先に、おぼろげながら認識出来た。
感嘆の声が上がり、心なしか全員のペースが速くなる。それから徐々に隊列が乱れると、やがて七人は雪を蹴散らしながら、駆けるように橋の前へ辿り着いた。
しかし――――。
「な、なんだよ…………どうなってるんだよ!」
目の前の現実に、蕪木が愕然とした表情で叫んだ。
一直線に伸びていたはずの架け橋は、無惨にも崩落し、その姿を忽然と消していたのだ。
川を挟んだ向こう岸には、橋桁の一部が崖沿いに引っ掛かっていて、こちら側に残った橋杭からは、蔓で出来ていた欄干の一部だけがダラリと垂れ下がっている。
「ど、どうして、橋が……」
市口が唇を震わせると、
「も、もしかして……雪の重みで落ちたんじゃ……?」
紙倉も泣きそうな声で言った。
するとそこで、加藤が足元にあった残骸の一部を手に取る。
「いいや……これを見てみろ。橋を吊していた蔓が切られてやがる!」
見れば、確かに切り口が鋭く斜めになっている。自然の力ではこうはならないだろう。
「ってことは、これも足跡の奴がやったのか!」
行き場の無い怒りに、蕪木が取り乱し、周囲の雪を乱暴に踏み荒らす。
「少なくとも今言えることは、ここを通ることは不可能になった、という事実だけだ……」
相羽が頭を抱えながら力なく言った。
「どっかから迂回とか出来ねえのかよ!」
それでも蕪木は諦めきれない様子で叫ぶが、加藤は曖昧にかぶりを振る。
「行けるかもしれないが、断言は出来ない。最悪、迷う可能性もある」
「前崎さん……どうしましょう……」
中原のすがるような声に対し、雲の動きを確認していた前崎は、大きく息を吐いた。
「一度、戻ったほうがいいだろうな……」
「はあ? 冗談だろ? またあの家で過ごすって言うのかよ!」
真っ先に噛みついてきたのは蕪木だった。大方の反応を予想していた前崎は視線を合わせず、それを泰然と往なす。
「暗くなり始めている状況で無理に進めば、遭難しかねません。今の俺たちに、雪の中で野宿をする装備は無いはずです。……そもそも、地元の人が点検してまで使っていた橋なら、他のルートは難しいと考えるのが妥当では? 天候も変化し始めていて、また吹雪になる可能性があります」
「…………」
蕪木を含め、その指摘に反論出来る人間はおらず、それこそが答えとなってしまっていた。いや、本当は全員が、そうするしかないと分かっていたのだろう……。ただ認めたくなかったのだ。
もう一度、あの惨劇が起きた場所へ戻らなければならないという嫌な現実を。




