第三章②
四時になって、風はようやく一時の休憩に入ったようだった。相変わらず雪は降り続いていたが、これ以上待てば今度は暗くなってしまう。
準備のために前崎が二階へ上がると、加藤と蕪木が4号室の部屋から一緒に出てくるところだった。
「蕪木さん? 加藤さんの部屋にいたんですか」
「え……? あ、ああ……。ちょっと話があってな……」
彼は、どこか虚ろな目で、ばつが悪そうに視線を彷徨わせて言った。
「おい、それよりそろそろ出るんだろう?」
話を変えるように加藤が階下を覗き見る。
「え、ええ。ちょうど加藤さんと蕪木さんのことも呼びに行くところでした」
「そうか。じゃあ、俺たちもすぐに準備をしよう」
「お願いします。――あ、そうだ。お二人とも、ちょっと訊きたいんですが」
「……今度はなんだ」
少しうんざりした顔をされてしまう。
「いや、また大したことではないんですが――どちらか、昨日の浴槽の残り湯って、捨てちゃいましたか?」
「残り湯? いいや、俺は何も」
「蕪木さんは?」
「あ?」
「ですから、残り湯です。風呂の」
「さ、さあ……しらねえな……」
「そう、ですか」
蕪木の視線は終始泳いでいて、口調もぎこちない。落ち着きがないというか……まだ酔っているのだろうか?
「だいたい、そんなもの気にしてどうするんだ」
「はあ、それはそうなんですが。ただ、他の皆さんにも訊ねたんですが、誰も心当たりがないとおっしゃるので、不思議だな、と」
「誰も? それは……確かに変だな。けど、まあどうだっていいんじゃないか? どっちみち、ここに泊まることなんて、もう二度とないんだろうからな」
そんな加藤の楽観的な言葉に、漠然と不安を覚えた前崎だったが、だからと言って必要以上に動揺させるべきでもないだろうと、このときは、あえてそれを口にすることはしなかったのだった。




