第一章①
それから僅か三日後。
早朝から、前崎と中原は最低限の荷物を背負って電車に乗り、主催者である他大学のメンバーから指定された合流地点へと向かった。
市街地を出発して三十分も経てば、高層ビルや大型マンションが密集する街並みが見る見るうちに減っていく。途中でワンマン電車に乗り継ぎを済ませ、そこからさらに揺られること四十分。辺り一面の景色が、白い雪の絨毯でうっすらと覆われる田畑に変わった頃、二人は指定の無人駅へと降り立った。
「ひゃあっ」
ホームを吹き抜けた寒風に、開口一番、中原が叫んだ。白い息が空へ消える中、着込んでいるダッフルコートについた帽子を慌てて被ると、手袋を装着した両手で、自らの肩をさすった。
どうやら、相当な寒がりらしい。にも関わらず、こんな時期の合宿にわざわざ参加するとは……根性があるのか、計画性が無いのか……思わず呆れてしまう。
かくいう前崎も、リアクションは薄いが、寒さにさほどの耐性があるわけでもなかったため、トレンチコートの首元までしっかりとボタンを閉めると、マフラーを巻きなおして、口元を覆った。
改札を抜けて外へ出ると、誰もいない殺風景な駅前には、一台だけ設置された自販機が、寂しく静かに電子音を鳴らしていた。
見上げた空は、灰色の雲がカーテンのように覆いつくし、すっかり冬の様相を深めている。盆地を形成する周囲の山々は、白いペンキを流したかのように天辺から綺麗に染められ、自然の持つ力を如実に表しているようだった。
時刻を確認しようと携帯電話を見れば、すでに電波の状況を示すアンテナは、ゼロ本の状態だ。ここから更に人気の少ない奥地へ行くとなれば、おそらく、完全に圏外となってしまうだろう……。
――やはり、来なければ良かったか……。
そんなことを考えていると、唸るようなエンジン音と共に、右手に伸びていた坂道の下から、グリーンのミニバンが現れた。
車は、排気ガスを盛大に撒き散らしながら、二人の目の前で停止する。アイドリングで車体が小刻みに揺れる中、助手席のドアが開くと、カラフルなスキーウェアに身を包んだ若い女が降りてきた。耳当ての後ろで長い茶髪がたなびき、ややキツめな香水の香りが、冷え切った空気に混じって前崎の鼻を突く。
「こんにちは。合宿に参加する二人って、あなたたちで合ってる?」
しゅっとした顎のラインに、高めの鼻筋。これ見よがしなほどのメイクが施された表情には、ルックスに対する自信の表れが窺える。
「は、はい。そうですっ」
帽子を取った中原が慌てて頷く。
すると、ややあってから、運転席の男も外に出てきた。
「やあ、すまない。少し待たせちまったかな?」
こちらも色は違えど、同じ種類のウェアを着込んでいる。髪は短く刈り上げられ、ややエラの張った顎周りには、薄い髭が生えていた。アンダーなどで着膨れしているのだろうが、それを考慮しても、中々ガタイが良さそうだ。耳に潰れたようなタコがあるところからして、柔道などのスポーツ経験者なのかもしれない。しかし、垂れ目のおかげか、特別、気おされるような雰囲気はない。
「いえ、俺たちも丁度着いたところでしたので」
前崎が答えると、男は目を細め、柔らかく微笑んだ。
「なら良かった。――おっと、自己紹介がまだだったな。……俺は越後文化大三年の相羽省吾だ。隣にいるのが二年の――」
「冴和木凜華よ」
「初めましてっ。国際信越大学一年の中原沙希です。こっちは先輩で二年生の前崎玲一さん。どうぞ、よろしくお願いします」
軽く会釈をしただけの前崎に対し、中原は大げさなまでに頭を下げる。
「こちらこそ。無事合流出来て良かったよ。とりあえず、詳しい話は向こうに着いてからってことで、さっそくだが車に乗ってくれ。外は寒い」
促されて後部座席に乗りこむと、暖房の乾いた熱が、すっかり冷たくなっていた前崎の肌を包み込んだ。シートベルトを締めたタイミングで車が動き出し、後ろのトランクに積んであったダンボールがぶつかって、がさりと音を立てる。
「――すいません。私たち、何も持って来なかったんですが……」
それらを横目で気にしながら、中原が申し訳なさそうな声で言う。
「いいのよ。全部ウチのサークルの正式な活動費で計上出来るから」
冴和木が助手席のヘッドレストの横から顔を向けてウインクする。
「そうそう。それに食材は俺がバイトしてるスーパーで貰ってきた見切り品だし、道具もウチの学内から借りてきたものが大半だ。たいした額じゃない」
相羽もミラー越しに視線を送りつつ、笑顔を零した――。