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第二章⑥

「そ、そんな! 哲也は、私たちの中に凜華を殺した人がいるって言うわけっ?」

 市口が、ありえないといった口調で反論するが、全員の表情の強張りから、それは誰もの脳裏に少なからず浮かびはじめていた事象であったのだろうということは、否めなかった。

「冷静に考えてみろ。凜華の背中に刺さっていたのは、俺たちが持ち込んだ包丁のうちの一本だったんだ。しかも、抵抗無く背後から一突きされたところを見るに、凜華自身が鍵を開けて、犯人を招き入れたと考えるのが、妥当じゃないか? ……つまり、顔見知りの可能性が高いってわけだ」

「じゃあ、どうやって鍵を掛けたまま、犯人は凜華の部屋から姿を消したのよ? 前崎くんの話では、屋根に目立った痕跡は無いって話だったし、部屋のキーだってベッドにあったんでしょ? それでどうやって――――」

「そんなことまでは知らん!」

 加藤は、にべもなく吐き捨てる。

「――とにかく、こうなった以上、天候が回復するまで俺は自室に篭もる。吹雪が止んだら、全員でここを出て助けを呼びに行くんだ」

「加藤さん。ちょっといいですか?」

 呼び止めたのは前崎である。

「……?」

「昨日の夜なんですが、加藤さんは何時に就寝されましたか?」

「なんだ急に……?」

「不躾ですいません」

 加藤は眉をひそめつつも、

「……たぶん、十一時半から日付の変わる前ぐらいの間だったとは思うが」

 その真剣な眼差しに気おされたのか、憮然とそう答えた。

「十一時半から零時前ですか……。因みに、今朝の起床時間は?」

「……八時半くらいだったと思う」

「ありがとうございます」

 加藤はその意図を問いたそうにしていたが、結局は何も言わず、居間を出ていった。

「皆さんも、何時頃に寝て、何時頃に起きたかを、良かったら教えてもらえませんか? 記憶が定かなうちに……」

「「「…………」」」

 それぞれが不安そうに顔を見合わせる中で、先陣を切ったのは相羽だった。

「別にかまわんよ。……俺が布団に入ったのは……そうだな、十一時半位だったかな。そこからすぐに寝たと思う。起きたのは八時……四十分頃か」

 次に話し始めたのは市口だ。

「私は……みんなが二階に上がった後で、かまどや囲炉裏の火が消えているかを確認して、全ての戸締まりをしてから部屋に入って寝たわ……。時間は……十一時五十分ぐらい? 起きたのは前崎くんが台所に来たときよりも少し前だったから、七十四十分か五十分くらいかな……」

「市口さんは、確か、寝坊したって言ってましたよね? 実際は何時に起きるつもりだったんですか?」

「七時よ。朝食の準備もあるから、携帯のアラームもセットしてたんだけど……目が覚めなくて」

 やつれた顔で自嘲気味に言う。

「……中原はどうだ?」

「わ、私も、部屋に入ったら、すぐにベッドへ潜りましたから、十一時半前後だと思います。それから前崎さんが起こしに来てくれるまで、ずっと寝ちゃってました」

「ふむ……」

「それで言うなら俺もだ。起床時間はお前らが起こしに来た時間。寝たのは覚えてねえ。……部屋で、もう一缶、ビールを飲んだところまでは記憶にあるんだが……」

 蕪木はもどかしそうに頭をぐしゃぐしゃと掻いた。

「紙倉さんはいかがでしょう?」

 前崎が問うと、うつむき加減で身体を縮こめていた彼女に全員の視線が集まる。

「は、はっきりとは覚えていませんが、私も……零時前には寝たと思います」

「起きたのは?」

「八時二十分、くらい、かと」

「なるほど」

 前崎は少し考え込む。

「因みに、どなたか昨日の夜から今朝にかけての時間で、冴和木さんの部屋から何か物音や悲鳴のようなものなどは聞こえませんでしたか?」

「いえ……特には」

 中原が弱々しく答えると、市口も重ねるように首を振った。

「私も凜華の隣の部屋だけど、何も気づかなかったわ」

「そう、ですか……」

 3号室の前崎も、部屋の並びで言えば冴和木の隣ということになるのだが、二つの部屋の間には、大きな柱が伸びていたため、距離的には一部屋分くらい離れている。彼女の部屋に対して、廊下を挟んで正面の部屋を使っている中原と、すぐ隣の市口ですら何も聞こえなかったのであれば、犯人は、それだけ注意を払っていた、ということか? あるいは……。

「なあ、もういいだろ? ……俺も部屋に戻る。ちょっと一人で落ち着きたいんだ」

 蕪木は気疲れしたように重たい息を吐くと、そのまま、ふらつく足取りで出で行った。その姿を見送ると、一時の深い沈黙が、汚泥おでいのように、その場を占めることになった。

「本当に、私たちの中に犯人が居るの? 信じられないわ……」

 そんな気まずい空気感に耐え切れなくなった市口が不安そうに言ったが、明確な答えなど、誰からも出てくるはずはなかった。

 それでも、相羽が精一杯、振り絞るように言う。

「とにかく、重要なのは今後だ。やはり哲也の言ったように、吹雪が弱まるのを待って助けを呼びに行くのが一番いいはずだ。それまで各自休もう。皆、気持ちを整理する必要もあるだろう。もし何かあったら、大声で助けを呼ぶんだ」

「…………分かったわ。省吾も、部屋に戻るの?」

「いや。火を絶やすわけにもいかんだろう? ここに残るよ」

「じゃあ、私、コーヒーでも作ってくるわ」

「ああ、助かる」

「いいのよ。私も、二階に戻る気分には、まだなれないし……。沙希ちゃんと真由子もどう?」

「あ、はい……いただきます」

 と中原が目尻を下げれば、紙倉も控えめに首肯する。

「前崎くんは――」

「あ、いえ、俺は結構です」

 遮るように掌を向けながら断ると、前崎は立ち上がって、ウェアを着直し、その場を後にしようとする。

「前崎さん、何処行くんですか?」

 背中越しに、少し迷ってから、

「……ちょっと、トイレだ」

 そう言った。

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