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第二章⑤

 遺体に毛布を掛けると、一度現場の部屋を離れようという前崎の提案で、全員は居間へ移動した。

 眠っていた蕪木も起こし、囲炉裏を前にして事情を説明すると、最初はやぼったそうにしていた彼も、その目を、すぐさま愕然と見開いた。

「り、り、凜華が殺されただと? 嘘だろ……?」

「……残念ながら、事実だ。まさかあの異様な状況で自殺ということもないだろう……」

 加藤が抑揚なく言う。

「い、いったい誰がそんなことを…………そうだ、警察! 警察にはもう知らせたのか!?」

「圏外で携帯は使えない」

「じゃあ、すぐにここを出て、助けを呼びに行くべきだろ! 何のんびりしてんだよ、おいっ」

 蕪木が声を荒げると、加藤の声もまた、苛立って大きくなる。

「外を見てみろ! さっきまでは多少落ち着いていたが、今は一転して吹雪だ。こんな状態で森に入るつもりか?」

「哲也の言うとおりだ。それに、足跡の件もある……」

「足跡? なんだよそれ」

 相羽は前庭に残されていた無数の巨大な足跡と、それが森の中へ伸びていたことを蕪木や女子たちに説明した。

「じ、じゃあ、何か? その化け物みてえな足跡の奴が、凜華を殺したってことか?」

「それは……まだ分からん……関連があるかどうか……」

「でも……」そこで前崎が呟いた。「仮にその足跡の者が犯人だとしても、おかしな点が残りますよ」

「……どういう、こと?」

 真っ赤に腫らした目で、市口が前崎を見る。

「冴和木さんの部屋には鍵が掛かっていたんです。その鍵も、ベッドの枕の上に置いてありました……。これで犯人は、どうやって侵入して、また姿を消したんです?」

「それはだから、割れた窓を使ったんだろ?」

「いいえ、蕪木さん。昨夜の天候で窓から侵入するというのは、中々難しいと思います。瓦屋根に積もった雪にも、ざっと見た感じ、不自然な形跡は残っていませんでしたし。そもそも、出入りするには余程小柄じゃないと……あの窓じゃ小さすぎる」

「じ、じゃあ、いわゆる、『密室』だったってことですか?」

 中原が恐る恐るその言葉を発した。およそミステリーもののドラマや小説でしか耳にしないその単語は、全員の表情をにわかに固くさせた。

「もちろん、スペアキーやマスターキーのようなものがあれば、また別だが……。この家の鍵は、どなたが借りたんですか?」

 前崎の質問に加藤が反応した。

「それなら、昨日ここへ来る前に、俺たち全員で持ち主の家に寄って借りたんだ。直接玄関まで訪問して受け取ったのは俺と市口だが、あったのは玄関の鍵と台所の勝手口の鍵、それに二階の部屋の鍵八本だけだ」

 だよな、と市口に視線を向ける。

「ええ……間違いないわ。私もそのとき、鍵はもう、これしか手元にないから、無くさないようにって念を押されたし……」

「手元には無い、ということは、手元以外にはあるってことですか?」

 何かを言い含めるような市口の言葉を、前崎は見逃さなかった。彼女は少し言いよどんでから口を開く。

「う、うん……。昔は、あったみたい。元々この家は、上級スキーヤーや登山家向けに建てた民宿で、先代の父親のものだったらしいの。でも、その人気にも陰りが出た上に、オーナーだった父親も、八年程前に重度の認知症にかかってしまって……あるとき、徘徊を繰り返した末に行方不明になってしまったんですって。それで結局、経営者の居なくなった民宿も廃業になって……その頃から、いつも実家に保管してあったはずのマスターキーも見当たらなくなったらしいの。たぶん、父親が認知症の影響で意味も無く持っていってしまったんだろうっていう話だったわ……」

「おい、ちょっと待てよ? じゃあそいつなら! 鍵を掛けていても、この家に入り込むことは可能ってことじゃねえか!? 偶然見かけた俺たちを、泥棒かなんかと思い込んだとしたら!」

 息を呑んだ蕪木が、床を拳で叩いて叫ぶ。が……。

「いや……それは無理だろう」

「どうしてだよ、哲也!」

「その父親は、八年前の時点で七十を越えていたらしい。今仮に生きていたとしても八十前後……治療を受けていないのなら、病状も相当に進行していることが予想出来る。そんな状態では、人を殺すことはおろか、鍵を開けることすら難しいだろう。……当然、密室を作り出せる知能なんてないはずだ」

 蕪木は歯軋りをする。

「じゃあ、誰か頭のおかしい猟奇殺人者だ! ソイツがその父親から鍵を奪ったんだ! それで――」

「どこかに身を潜めて待っていたと? いつ来るかも分からない俺たちみたいな奴らをか?」

「だってよ、それ以外にねえだろ?」

「さて…………どうかな?」

「……え?」

「みんな――、もっとシンプルな可能性を見逃してやいないか?」

「シンプル? な、なんだよ、それ?」

 すると、加藤は鋭い目つきで、六人をねめつけるようにしてから言った。


「――ここにいる誰かが、犯人である、という可能性だ」

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