第二章③
朝食は、予定より一時間以上遅れた九時十五分に完成した。
昨晩の夕食時に出されたメインの鉄鍋は、その中身をつみれ汁から味噌汁に変えていて、スクランブルエッグにベーコン、ウィンナーが、プラスチックの皿にケチャップを添えて並べられていく。
「まだ起きてきていないのは、竜真と凜華と沙希ちゃんか……」
市口が確認するようにその数を数える。
「俺が起こしてこよう」相羽が膝に手を置いて立ち上がった。「前崎くん。中原くんの部屋を頼めないか? 彼女に関しては、キミのほうが、気兼ねなく声を掛けられるだろう」
「……はい」
正直、寒い廊下に出るのは億劫で、あまり気乗りはしなかったが、同じ大学でサークルの後輩という関係性から、少なからずの責任があるのも否めない。
「待って、二人とも。私も行くわ。真由子と哲也は残りの準備をお願い」
市口がそそくさとエプロンを外すのを待ってから、前崎たちは連なって居間を出た。
「三人の部屋って、どこでしたっけ?」
前崎が階段を上りながら訊ねる。
「えっと、凜華が左斜め前の5号室。で、沙希ちゃんがその向かいの6号室ね。それから竜真は……」
「前崎くんの隣の1号室だ。あいつの部屋には俺が行こう」
「じゃあ、冴和木さんの部屋は市口さん、お願いします。中原の部屋は俺が」
「うん、了解」
三人は二階に上がると、それぞれ左右に別れ、担当の部屋に向かった。
前崎はドアに付けられた『6』というプレートを確認すると、そのドアを二回ノックして呼びかける。
「おい、起きてるか?」
『…………ふあぃ』
暫く待つと、部屋の中から微かな生返事があった。それから、身じろぎするような気配がしたかと思うと、
『え――――う、うそっ! もうこんな時間!?』
バタバタした音と共に、酷く慌てた声が聞こえ出し、前崎はため息を吐いた。
廊下の向こう側では、腕を組む相羽と、髪をアチコチへ跳ねさせた寝起きの蕪木が、何やら言葉を交わしているのが見える。どうやら無事に起こせたようだ。
その一方、真後ろの部屋の前では、未だに市口が呼びかけを続けていた。
「冴和木さんは、どうですか?」
「う~ん。それが、反応ないのよね……。おーい、凜華ー。起きてるー?」
市口は再び手首のスナップを利かせた二度のノックと共に声を掛けて様子を窺った。が、やはり向こう側からの反応は何も返ったこない。
「体調でも崩したんでしょうか?」
「かもしれないわね。昨日も、ぬるま湯に入ってたくらいだし……」
困ったように腰に手を当てて言う。
「お、お待たせしましたっ!」
そのとき、最低限の身だしなみを整えた中原が、飛び出すようにして廊下へ現れた。
「おはよう、沙希ちゃん。竜真も起きたし……とりあえず、私たちだけで先にご飯食べちゃいましょうか。凜華も、お腹が空けば後で降りてくるでしょうし」
「そう、ですね……」
少し迷ったが、前崎たちは冴和木を残して一階へ降りると、七人で朝食を摂り始めた。
さすがに寝起きの中原と蕪木は、あまり箸が進まないようだ。特に蕪木は、昨日の酔いもまだだいぶ残っているようで、ほとんどお茶しか飲んでいない。
「そういえば、相羽さん」
「なんだい、前崎くん」
「昨日言ってた鍵の件、やっぱりまだ見つからないんですか?」
すると、相羽は思い出したように膝を叩いた。
「あ、そうそう! いやそれが、実は、今朝荷物の中を確認したら、ザックの中にあったんだ……みんな、すまなかったな。なんか、騒がせちまって」
相羽が頭を下げると、市口は首を振って微笑む。
「いいえ、見つかったのなら何よりだわ。気にしないで。ところで、今日の予定なんだけど……」
彼女は窓ガラスと障子戸で二重に遮られた外の様子を窺うように視線を向ける。今にも壊れそうなほどにガタガタと揺れているところだけ見ても、天候が回復したとは到底思えなかった。
「――やっぱり、雪中登山は無理ね……。冬ならではの山菜や木の実なんかを探して、当時の食生活から伝承のアプローチをしたかったんだけど……今日はじっとしてましょう」
「山沿いの天候は不安定だからな。仕方ないだろう」
加藤が割り切るように言って腕を組む。その横で、
「ラッキ~。これで一日寝てられるぜ」
蕪木が大仰に笑った。