第二章②
一際大きな風雪が建物に吹き付けた瞬間、びくりと身体を痙攣させた前崎は、咄嗟に目だけを動かし、周囲を見渡した。
普段と違う部屋の景色や、その臭い、ゴワついた布団の感覚で、現状を思い出す。
「……夢か……」
滲み出ていた脂汗を拭うと、思わず安堵の息を吐いた。ドッと疲れた気分だ。それに、まだ眠気が抜けていないせいか、どうにも頭がぼんやりする。それでも、腕時計で時刻を確認した前崎は、思わず自分の目を疑った。
「八時、過ぎ……?」
もうそんな時間なのか?
絶句するほど驚いたのには理由があった。
というのも、前崎は常に六時半に起きるのが当たり前であったからだ。それは身体のサイクル的なものであり、目覚ましをかけずとも、誤差、十分の範囲で必ず目が覚めてしまうのだ。……けれど、今日はそれを一時間半もオーバーしてしまったことになる。そんなことは、ここ数年で一度もない珍現象だった。
――とにかく起きよう。
突き刺すような寒さの中、まだ、だるさの残る身体に鞭を打って布団を出ると、身支度を済ませ、トレッキングの際に借りたウェアを着込んで部屋を出た。
二階の廊下はまだ静かで、それが一抹の不安を感じさせる。……妙に嫌な夢を見たせいだろうか。
階段を降りると、台所で物音がしたことに気づき、そっと戸を開けてみた。
そこに居たのは、
「市口さん……?」
「あら、前崎くん。おはよう」
市口は、ちょうど、かまどに火を入れているところだった。
「おはようございます……あの、他の皆さんは?」
「んー、まだ寝てるみたい。私もさっき起きたところなのよ。七時には目を覚ますつもりだったのに、ちょっと寝坊しちゃったわ」そう言ってから、欠伸を隠すように口元を押さえる。「あ――そうだ。囲炉裏のほう頼んでいいかしら? 下が暖かければ、みんなも起きてくるだろうし」
「ええ、分かりました」
前崎は必要な道具を持って台所を出ると、その足で玄関へ薪を取りに行った。磨りガラスの玄関戸には、雪が張り付いていて、まるで建物自体が巨大な冷蔵庫になっているかのような気分にさせる。
居間へ入ると、冷え切った灰の中央に少しの薪と炭を並べ、着火剤を使って火をつける。気温の低さを現すように、口から吐き出した白い息は、いつまでも滞留して中々消えていかない。
しばらくして、台所で朝食の準備を始めていた市口からホットコーヒーが届けられると、それを飲みながら、前崎は作業を進めていった。
ほどなくして火にも適度な勢いがつき、その熱が徐々に部屋の空気を暖めて広がっていくと、市口の言葉を体現するかのように、紙倉、加藤、相羽が次々と起き出してきた。
「すまない、前崎くん。任せきりになっちまって」
「おはようございます、相羽さん。構いませんよ」
「ああ、さむっ。あまりに寒くて、目が覚めたとき凍え死ぬかと思った」
面目ないと頭を掻く相羽の横で、加藤が大あくびをしながら、囲炉裏の傍に座り、肩をふるわせる。所在なさそうにしていた紙倉は、市口の手伝いに行くと言い残して、台所へ向かった。