第一章⑫
夜十時半を過ぎた頃、入浴と片付けを済ませた全員が再び居間に集まると、明日の朝食の時間や予定などの確認を兼ねた簡単なミーティングを行った。
「他に何か連絡のある人はいる?」
市口が周囲を見渡す。
すると、肩にかけたタオルで濡れた短髪を拭いていた相羽が、少しバツの悪そうに手を上げた。
「あ……連絡ってわけじゃないんだが……」
「どうしたの、省吾?」
「いや、その、実は、俺の部屋の鍵が、なんか、どっかいっちまったみたいでな……誰か、見てないかと思って」
「部屋の鍵? 無くしちゃったの?」
相羽は曖昧に首を捻る。
「いや……ちゃんとズボンのポケットに入れておいた、はずなんだが……。もしかしたら納屋にでも落としてきたのかもしれんな……。明日、明るくなってから探してみることにするよ」
「そう……じゃあ、みんなももし見つけたら省吾に教えてあげて」
「ったく、しっかりしてくれよな~」
すっかり出来上がってへべれけになった蕪木が、おぼつかない口調で言う。
それを遮るように市口が手を叩く。
「はいはい……それじゃあ、ミーティングは終わりっ。囲炉裏の火は消しちゃうから、寝支度を済ませたら早めに二階へ上がってね。――後、全員にペンライトを配っておくから、トイレに行くときなんかは、それを使って。ランタンも、常夜灯代わりに階段脇へ置いておくわ」
あてがわれた真っ暗な自室へ入ると、前崎は借りたペンライトで照らしながらベッドへ寝具をセットした。
窓を拭って外を覗けば、細かい雪が、斜めに降り注いでいた。微妙な風向きの変化に伴って、その大群が建物の壁に当たるたび、まるで、砂や小石でも投げつけられているかのような音を立てる。
「…………っ」
ガラス越しに伝わってくる冷気と、どこかから入り込む隙間風は、首筋を撫で回し、筋肉を萎縮させる。たまらず、ぶるりと全身を震わせた前崎は、埃っぽい布団にそそくさと潜り込むことを決めた。
この暗闇でやれることはないと思いつつも、日課である読書をしないというのはどうにも落ち着かず、枕元に置いたザックの中から文庫本を取り出すと、懐中電灯を使ってページを捲り始める。
しかしそれも十五分と経てば、手はかじかみ、上手く動かせなくなってくる。そしてなにより、妙な気だるさが、その目元をぶれさせていた。
文字の列は二重三重に歪んでしまい、全く頭に入ってこない。
――おかしいな……。
疲れてるのか?
あるいは飲み慣れていない酒を多少ながら口にしたからだろうか? ……いや、それにしても……。
目を擦ってみるが、尋常じゃないまどろみは、増幅するばかり。前崎はたまらず読書を諦めて早々に文庫本を閉じると、懐中電灯を消し、布団をかぶって瞼を閉じた。