第一章⑩
午後六時二十一分。
夕食から暫く経ったにも関わらず、いまだ、あまり打ち解けられていない空気を気にかけたのか、中原は積極的に紙倉へ質問を投げかけていた。
「――それで、どうして真由子さんは今の大学に?」
「えっと……高校三年生の夏休みに、オープンキャンパスでこの大学を見学したんです……その時に、このサークルの勧誘を受けまして……」紙倉はどもりながら答える。「所属していた先輩の説明を聞いていたら、なんか、ちょっと興味が出て……」
「へえー。その人って、もしかして部長の葉子さん?」
「……あ、いえ。今はもういない方なんですが……」
「あら、そうなんですか」
「ええ。でも、上手く話せない私にも凄く優しくて……」
コップの中のオレンジジュースに視線を落としながら、懐かしそうに、その目を細めて言う。
そのとき、懐中電灯を持ってトイレに行っていた冴和木が戻ってきた。
「――ねえ、哲也。悪いんだけど、お風呂の薪の火を一旦取り出してきてもらえないかしら?」
「んあ? どうしてだよ?」
「さっき、お風呂の湯加減見てきたら、いい感じだったのよ」
冴和木の右腕には、すでに着替えとタオルが用意されている。
「……いい感じって、沸かし始めてまだ一時間弱ってとこだろ? ちょっと早くねえか?」
加藤が言うと、相羽も眉根を寄せる。
「俺も、この気温だったら、もう少し掛かると思うが……」
「いいのいいの。私はぬるい位が好きだから。そのほうが肌に良いし、熱すぎたら結局うめることになっちゃって、後の人にも悪いじゃない」
「――ったく、それで一番風呂とは、しょうがねえお嬢様だ」
「お願いね」
加藤は冴和木から懐中電灯を受け取ると、渋々ウェアを着直し、玄関へ向かった。