第一章⑨
全員が揃って囲炉裏を囲むと、メインとも言える自在鉤に吊られた鉄鍋の蓋を市口が開けた。
閉じ込められていた蒸気が一斉に舞い上がり、醤油の香りが立つ、つみれ汁が満を持して姿を現す。誰とも無く歓声が沸き、その視線が集まる中で、それぞれの器にたっぷりと汁がよそわれていく。
それから八人のコップに、ビールやジュースが注がれると、代表の市口がひとつ咳払いをしてから口を開いた。
「それじゃ、みんな、今日はお疲れ様。明日は雪中登山の予定だったんだけど、夜から寒波が襲来するらしいから、場合によっては中止することになるかもしれないわ。……まあ、これは今から考えてもしょうがないわよね。……とりあえず、今日の新たな出会いと、感謝を込めて、――乾杯っ!」
市口の音頭の元、隣り合うメンバーと紙コップを当てると、乾いた音が、古めかしい木造家屋の高い天井に響いて弾けた。
八人は談笑しながら、囲炉裏の火を囲んで料理に舌鼓を打つ。
バターで焼かれた鮭は、割り箸を入れればホロリと崩れ、口の中に入れた瞬間に油が溶け出す。下茹でし、細かく刻まれたほうれん草は、胡麻の風味と食感がアクセントを生み出し、これまた白米を進ませる。
そして、つみれ汁は、団子状に成形された、すり身の旨味と十数種類のキノコや野菜による複雑な味が、醤油ベースの汁に融合して、疲れた身体に優しく染み渡る。後からやってくる仄かな生姜の香りも絶妙だ。
「みんな、お味はどうかしら?」
市口の問い掛けに、中原が感動すら覚えたように言う。
「すっごくおいしいです! 葉子さんの味付け、最高ですよ!」
「ありがと。でも、沙希ちゃんも真由子も、一緒に手伝ってくれたじゃない。みんなのおかげよ」
「そ、そうですけど、なんか手際が違ったっていうか……」
中原の目配せに紙倉も「ですね……」と微かに笑って同意する。
「米も上手く炊いたじゃないか」
相羽が白米を頬張りながら言うと、中原は安堵したように大きく頷いた。
「かまどを使った薪での炊飯なんて正直不安だったんですけど、これも葉子さんのアドバイスが凄く的確で」
「昔の人の知恵を忠実に守っただけよ。初めちょろちょろ中ぱっぱってやつ」
市口が照れくさそうに笑って、つみれ汁に口をつける。
「私たちの年齢で、その内容を理解しているのも凄いと思うけれどね」
冴和木が冷静に指摘すると、
「実家が小料理屋だったから、炊飯器を使わずに土鍋で炊く機会も多かったのよ。おばあちゃん扱いしないでよね?」
そう言って冗談交じりに頬を膨らませた。
その一方で――、
「竜真、お前もう二本目かよ」
加藤の呆れた声に、空になったビール缶を振りながら、蕪木が余裕綽々と笑う。
「ビールなんて、俺にとっちゃ水みたいなもんよ」
「ちょっと、あんまり飲みすぎないでよ、竜真。潰れられたらこっちが迷惑するんだから」
冴和木の嫌味節もなんのそのといった様子で、一蹴するように鼻を鳴らす。
「おっと、前崎くんもどうだい?」
「あ、いえ、俺は……」
「まあまあ! いいじゃねえか。せっかくなんだ。二十歳も越えてるんだろ?」
「……一応」
「なら遠慮することはねえじゃねえか。さ、一杯」
そう言って、蕪木はビールの缶を傾ける。
前崎は少し考えた後に、残っていたお茶を飲み干すと、
「じゃあ、少しだけ」
囲炉裏を挟んで身を乗り出し、コップを差し出した。