表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/47

第一章⑨

 全員が揃って囲炉裏を囲むと、メインとも言える自在鉤に吊られた鉄鍋の蓋を市口が開けた。

 閉じ込められていた蒸気が一斉に舞い上がり、醤油の香りが立つ、つみれ汁が満を持して姿を現す。誰とも無く歓声が沸き、その視線が集まる中で、それぞれの器にたっぷりと汁がよそわれていく。

 それから八人のコップに、ビールやジュースが注がれると、代表の市口がひとつ咳払いをしてから口を開いた。

「それじゃ、みんな、今日はお疲れ様。明日は雪中登山の予定だったんだけど、夜から寒波が襲来するらしいから、場合によっては中止することになるかもしれないわ。……まあ、これは今から考えてもしょうがないわよね。……とりあえず、今日の新たな出会いと、感謝を込めて、――乾杯っ!」

 市口の音頭の元、隣り合うメンバーと紙コップを当てると、乾いた音が、古めかしい木造家屋の高い天井に響いて弾けた。

 八人は談笑しながら、囲炉裏の火を囲んで料理に舌鼓を打つ。

 バターで焼かれた鮭は、割り箸を入れればホロリと崩れ、口の中に入れた瞬間に油が溶け出す。下茹でし、細かく刻まれたほうれん草は、胡麻の風味と食感がアクセントを生み出し、これまた白米を進ませる。

 そして、つみれ汁は、団子状に成形された、すり身の旨味と十数種類のキノコや野菜による複雑な味が、醤油ベースの汁に融合して、疲れた身体に優しく染み渡る。後からやってくる仄かな生姜の香りも絶妙だ。

「みんな、お味はどうかしら?」

 市口の問い掛けに、中原が感動すら覚えたように言う。

「すっごくおいしいです! 葉子さんの味付け、最高ですよ!」

「ありがと。でも、沙希ちゃんも真由子も、一緒に手伝ってくれたじゃない。みんなのおかげよ」

「そ、そうですけど、なんか手際が違ったっていうか……」

 中原の目配せに紙倉も「ですね……」と微かに笑って同意する。

「米も上手く炊いたじゃないか」

 相羽が白米を頬張りながら言うと、中原は安堵したように大きく頷いた。

「かまどを使った薪での炊飯なんて正直不安だったんですけど、これも葉子さんのアドバイスが凄く的確で」

「昔の人の知恵を忠実に守っただけよ。初めちょろちょろ中ぱっぱってやつ」

 市口が照れくさそうに笑って、つみれ汁に口をつける。

「私たちの年齢で、その内容を理解しているのも凄いと思うけれどね」

 冴和木が冷静に指摘すると、

「実家が小料理屋だったから、炊飯器を使わずに土鍋で炊く機会も多かったのよ。おばあちゃん扱いしないでよね?」

 そう言って冗談交じりに頬を膨らませた。

 その一方で――、

「竜真、お前もう二本目かよ」

 加藤の呆れた声に、空になったビール缶を振りながら、蕪木が余裕綽々と笑う。

「ビールなんて、俺にとっちゃ水みたいなもんよ」

「ちょっと、あんまり飲みすぎないでよ、竜真。潰れられたらこっちが迷惑するんだから」

 冴和木の嫌味節もなんのそのといった様子で、一蹴するように鼻を鳴らす。

「おっと、前崎くんもどうだい?」

「あ、いえ、俺は……」

「まあまあ! いいじゃねえか。せっかくなんだ。二十歳も越えてるんだろ?」

「……一応」

「なら遠慮することはねえじゃねえか。さ、一杯」

 そう言って、蕪木はビールの缶を傾ける。

 前崎は少し考えた後に、残っていたお茶を飲み干すと、

「じゃあ、少しだけ」

囲炉裏を挟んで身を乗り出し、コップを差し出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ