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エンドリア物語

「桃海亭の魔術師達2」<エンドリア物語外伝11>

作者: あまみつ

 キケール商店街の会長ワゴナーさんがオレの店に来たのは、12月に入ってすぐのことだった。

「ムーとシュデルを貸してほしいって、どうかしたんですか、会長」

「来週、歳末大売り出しのイベントを2人に手伝ってほしいと思ってね」

「今年の売り出しは抽選会だけでイベントはなしと決まったはずですが」

「何もないのは寂しいからね、ムーくんに召喚でもしてもらおうと思ってね」

「それ、本気で言っていますか」

「もちろんだよ」

 笑顔で言う会長。

「召喚獣というのは非常に珍しいと聞いてね。召喚魔法を実演するとなれば、人が集まると思うんだ」

「珍しいですか?」

 オレは窓を指さした。

 外でウネウネと動いているのは、緑色のゲル状のモンスター。昨日、ムーの召喚失敗でやってきた。人に直接危害を加えるようなことはしないので放置されている。

「キケール商店街の入り口に”緑の液状のモンスターがいます。踏まないでください。靴を盗られます”という張り紙をしたのは会長ですよね」

 危害は加えないのだが、踏むと靴を盗られる。貼りついてとれなくなるのではなく、ゲル状の触手が器用に靴を脱がせるのだ。脱がせた靴は、ゲルが飲み込んで見えなくなる。

「いや、あれじゃなくて、もっと、こうだね。派手な、そうドラゴンのようなのを呼んだらいいかなと」

「会長、ドラゴンを見たいんですか?」

 会長が目をそらせた。

「先月のこと、忘れていませんよね?」

 召喚失敗で来たのは巨大な竜もどきだった。鱗に覆われた長い身体、羽があって、尻尾があって、空を飛べたから、ドラゴンと言っても過言ではない。顔だけが、豚だったが。

 見ていると脱力しそうな豚の顔をしていたが、攻撃力はあり得ないレベルの強さだった。

 空に舞い上がると、いきなりブレスを吐いた。紅黒色の炎。ムーが即座に巨大な防御結界を張った。ニダウの街を覆う巨大結界。竜が吐く獄炎が何度もニダウの空に砕け散る。その度に結界が振動して、町中の空気が揺らいだ。シュデルが鎖の魔法道具でドラゴンを拘束して地上に落とし、チェリースライムが落ちたドラゴンを丸ごと密閉した。後始末をしたのは、いつも通り超生命体モジャだ。そして、オレとムーはいつも通り、城に呼び出されて、長い説教をされた。

「現世召喚とかいうのは、ダメかね。あれなら、この世界にあるものしか呼べないんだろ?」

 諦めずに食い下がる会長。

「ムーに現世召喚ができるかは知りませんが、もし、召喚して、失敗して、ゴールデンドラゴンが来たら、会長が責任とってくれますか?」

 ゴールデンドラゴンを怒らせたら、人類破滅、らしい。

「わかった。ムーくんの召喚は諦める」

 その後に「けれども」と続けた。

「シュデルくんは貸してくれるだろ?」

「オレは構いませんが、何をやらせるんです?」

「キケール商店街オリジナルタオルがあるんだ」

「オレは聞いていませんが」

 毎回欠かさず商店街の会合にはでているが、オリジナルタオルの話を聞いた覚えがない。

「10年以上前に商店街のPRに作ったんだが、全然売れなかったんだ」

「それをシュデルに売らせようと」

 会長がVサインを出した。

 正解らしい。

「肉屋のモールが桃海亭をのぞいている女の子がよくいるから、シュデルくんが売れば、彼女たちが買ってくれるかもしれないと言って」

 ポケットの中からハンカチサイズのタオルを取り出した。

「ほら、これだ」

 真っ白な正方形のタオル地に、黒い太字でキケール商店街と文字が入っている。

「これ、売るんですか?」

「やっぱり無理だと思うか?」

「無料配布でも厳しいかと」

 女の子がこれに金を出すとは思えない。

「5銅銭なら赤字にならなくてすむんだが」

 ペロペロキャンディ1本分。

 どうしても売りたいらしい。

「無理だと思いますが、やってみますか?」

「頼む」

 オレはシュデルが了承したらということで、引き受けた。

 真面目なシュデルは快く引き受けてくれた。



「大変だ!」

 会長が桃海亭に飛び込んできたのは、シュデルが「手伝いに行ってきます」と出てって5分も経っていなかった。

「来てくれ!」

 オレはすぐに会長と一緒に、キケール商店街オリジナルタオル販売所に向かった。

 販売所を囲むようにすごい数の人が集まっている。ほとんどが若い女の子。

 その中心にあるもの。

「水晶ですか?」

「そうみたいなんだ」

 情けない声で会長が答えた。

 オレンジほどの大きさの水晶が、山になっている。

 水晶の奥に見慣れたピンクの布。

「シュデル!」

 水晶は重い。オレンジの大きさでも、これほどの量があれば、下敷きになった人間は大怪我をする

 人混みをかき分けて、水晶の山にたどり着いた。

「シュデル、大丈夫か!」

「大丈夫です」

 いつもと変わりない平静な声。

「水晶の重さはかかっていません」

 ぎっしりと密集している水晶。

 近くで見て気がついた。

「この水晶、もしかして姿写しの水晶か?」

「はい、そうです」

 姿写しの水晶。

 魔法道具だが、桃海亭で扱うような魔術師が使う商品とは違い、一般家庭で使われる安価な魔法道具のひとつだ。名前の通り、写したい対象の水晶に写し、その瞬間を保存する。一回限りの使い捨ての水晶だ。安いとはいえ魔法道具。1個銀貨2枚はする。銅銭なら2000枚だ。

「出てこられるか?」

「いま、ここから出してもらえるよう、説得しています」

 シュデルは道具に甘い。

 優しく話すだろうから、時間がかかるだろう。

 オレは道具に嫌われても、気にしない。

「おい、水晶ども」

 水晶がわずかに動いた。

「今すぐ地面に並べ。シュデルに嫌われるぞ」

 一瞬だった。

 綺麗に地面に並んだ姿写しの水晶。

 300個をこえる水晶でつくられた透明な絨毯。

 シュデルが起きあがった。

 おそらく水晶が話しているのだろう。水晶を見て、うなずいている。

「でも、君たちにはそれぞれ買ってくれた人がいるだろ。君たちをきっと大切にしてくれる。だから、お帰り」

 また、水晶が話しているのだろう、困った顔をしている。

「わかった。その代わり終わったら帰るんだよ。約束したよ」

 シュデルが話し終わると、水晶が一斉に浮き上がった。

 微笑んでいるシュデルの正面に通り過ぎながら光ると、そのまま持ち主らしき女の子の手元に戻っていった。

「きゃあ!」

「うそぉ!」

 次々あがる悲鳴。

 どう聞いても恐怖ではなく、歓喜の声。

 理由を絶叫した子がいる。

「シュデルが写っている!」



 その後、すごい混乱が起きた。写った水晶をみようとする人々、水晶を持ってこなかった子がシュデルに持ってくるから待っていてと頼もうとしたり、数人で水晶を買った女の子のグループ内で奪い合いがおきたり、若い女の子たちの甲高い声がキケール商店街に響きわたった。

 靴屋のデメドさんと肉屋のモールさんが大柄で筋肉質な体格でシュデルを囲み、近寄ろうとする女の子たちから守って桃海亭まで連れて行ってくれた。オレは誰にも注目されず、普通に歩いて戻れた。

 桃海亭はデメドさんの忠告に従って閉店にした。歳末大売り出し中だというのに売り上げゼロの日となった。

 翌日会長が礼にきた。タオルは無事全部売れたそうだ。女の子たちがたくさん買っていってくれたそうだ。

「新年の売り出しにキケール商店街オリジナル皿を作って売ろうかと思っているんだ。シュデルくんに売ってもらえないかと思ってね」

 シュデルは仮面のような笑顔で言った。

「この間、ご迷惑をおかけしてしまいました。売るのは他の人でお願いします」

「そんのなことはいわずに」

「申し訳ありません」

 拒絶が露わな態度で、シュデルは優雅に頭をさげた。

「ウィルくん」

「シュデルの頭は、水晶より硬いんです」

 そのまま帰ってくれたので諦めたと思ったのだが、歳末大売り出しの打ち上げで、また話をもちだした。

 オレが断る前に、フローラル・ニダウの奥さんが笑顔で言った。

「会長に若い女の子の気持ちがわかるのですか」

 すごく恐かった。

「女の子だからと馬鹿にしていません?女というのは、現実的な生き物なんですよ」

 会長をはじめ、男たちは口をはさめそうもない。

「タオルが売れたのは、シュデルくんが水晶に写ってくれたお礼とでも思っているのですか」

 会長が恐る恐るうなずいた。

「違います。水晶が傷つかないように幾重にも包む為に、激安のタオルが買われただけです」

 オレもお礼だと思っていただけに、少しショックをうけた。

「皿なんて、何に使うんです。買いませんよ。売り子のシュデルくんを見て終わりです」

 奥さんが帰った後、会長が「皿を買ってくれた子には、シュデルくんが握手をすれば」と言ったが、残っていた商店街のメンバー全員が反対した。

 シュデルがタオルを売った日、商店街のうりあげは通常の半分にも達さなかったらしい。水晶をめぐる女の子たちの混乱は夕方近くまでも続き、買い物客を激減させたらしい。

 オレは謝ったが、みんな気にするなといってくれた。

 たぶん、モールさんの言った言葉が、みんなの気持ちなのだと思う。

「シュデルくんも桃海亭の魔術師だからな」


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