破滅へのカウントダウン 前
その日、王都から最も人気のある化粧品が消えた。
貴族御用達の商人は、仕方なく今まで不評だった質の悪い化粧品を売り出す事となった。
その数日後には、ほとんどの町で同じ現象が起きた。
それから少しして、途轍もない価格で化粧品が販売された。
今まで銀貨一枚(一万円相当)だった化粧品が、銀貨十枚となったのだ。
商人達は、何とか安くならないかと生産元へ赴いたが、色良い返事は貰えなかった。
また、その少し後に、服屋から絹を素材とした服が消えた。
こちらも化粧品と同じように、数日後にはほとんどの町から無くなり、後日高額となり販売される。
他にも、ワインなどといった嗜好品から、冒険者や騎士団に必要なポーションの類も同じように高騰した。
だが、これに困ったのは貴族や有力者だけである。
平民の月収は、銀貨十枚から十五枚程度である。
その為、今回高騰した物は、元々が高価である為、平民には何も影響が無いのだ。
そして、その影響を一番に受けたのが王宮である。
何せ、逆ハーと化した取巻きでもっとも権力を持つ男が、今まで通り国庫から金を出しては湯水の如く使い、化粧品や、絹で出来たドレスをリリアに買い与えたのだ。
それらが今までの十倍以上の価格になっているとも知らず。
そうなれば、国庫が底を突くのは明白である。
故に、国庫の担当者は、泣きながら頭を下げる。
「殿下、どうかこれ以上お金を使う事はお止めください。これ以上は国庫が持ちませぬ! どうか、どうか!」
「馬鹿を申すな! その程度で国庫が底を突くはずがなかろう!」
「突いてしまうのです! このままでは! 殿下はご存知ないかもしれませんが、ここ少しの間で物価が考えられない程高騰しており、殿下が使われた金額は、今月に入りすでに金貨百枚を超えております!」
「何だと!?」
知らなかったとはいえ、一月でこれ程使えば、近いうちに国庫は底を突く。
基本的に、王侯貴族の買い物はその場で金を支払わない。
余りにも金額が大きい為、後日請求という形を取るのだ。
それ故に、自分がいくらの物を買ったのかわからない事も多々ある。
「何故これ程高額となっているのだ! 先月と変わらぬ程度しか買い入れておらぬぞ! その時は金貨二枚程度だったはずだ!」
金貨二枚を程度といえるあたり、どれだけ金銭感覚が狂っているかわかるが、本人にとっては、これが当たり前なのだ。
「化粧品やワインなどといった嗜好品の類は約十倍に。絹を素材とした服は数十倍になっております。」
「馬鹿な!そんな事が許されるはずがなかろう!」
「しかし事実、ライアーノ領から入る物全てが高騰しているのです!」
「ライアーノ領だと! なるほど、あの女、私との婚約が破棄になった腹いせにこのような事を! よかろう! 私が直接ライアーノ領へと赴き、あの毒婦に目に物を見せてくれるわ!」
意気揚々と言い放ったそのタイミングで、外交を担当する部署の者がやってくる。
「失礼致します。殿下、陛下がお呼びです。」
「わかった。すぐに向かう。」
王の執務室へ向かうその背を、国庫の担当者は哀れんだ目で見送った。