友達4人
「ふぁ~.....」
わたし、花野沙也香。19歳。
今はわたしが通う、「月の丘大学」で、一ノ瀬教授のある論理説を聞いてるわけなんだけど....
「ん~.........」
難しすぎて、何がなんだかサッパリ分からない。まるで、呪文を唱えてるみたいに教授はずっと話してるから、もう睡魔と戦っている最中。そして、負けそうな寸前である。
あぁ......。もう、ダメ.....寝ちゃう.......
頬杖をついている手がぐらりと揺れ、そのまま バタッと机に突っ伏す。
「........沙也香~」
夢に入る直前で、わたしを呼ぶ声が聞こえた。
そして.......
「沙也香っ‼︎」
「ひっ!」
耳元で名前を呼ばれ、びっくりして顔を上げる。むっとして、隣をみればわたしの親友、蒔田美咲が怖ーい顔をしてこっちを睨んでいた。
「あ..................」
これは、危険だ。
と、わたしの中の危険装置が警報を鳴らした。
美咲は、小学校からのわたしの親友で頭が良くて、スタイルもいい。背は163センチと女性にしては高めの身長。
責任感が強く、中学では学年委員。高校では、生徒会の役員を務めていた。
そして、そんな美咲がこっちを怖ーい顔で睨みつけている。
「.........沙也香。一ノ瀬教授の話、いつも聞いてないでしょう?」
目は鋭さを秘めたまま、眉間にしわをよせて尋ねてくる。
「あっ.....えっと...................」
聞いてない。
教授の話なんて。
だって、眠くなるんだもんっ!
こんな、だらだらと呪文を唱えて.....眠くならないはずがない。
「ったく......沙也香は、なんでいつも寝るのかな......」
美咲が、呆れたようにぼそっと呟いた。
チラリと、美咲のノートを見ると、ノート一面に文字か埋まっていて、蛍光ペンやカラーペンで見やすくまとまっていた。
「そーゆう、美咲はよく眠くならないよね.....」
あははっと、苦笑いしながらも聞いてみる。
美咲の目はさっきよりも鋭く、口元がピクピク動いていた。
「あ、あのね.........それが普通なのっ‼︎」
美咲がそう言った直後、授業終わりのチャイムが鳴り響いた。っていうことは、次は......
「あっ!やったぁーーーー!お昼だっ‼︎」
即眠気が吹っ飛び、思わずその場で立ち上がって万歳。大喜びするわたしと裏腹に美咲は、大きく一つため息をついた。
「もう、手に負えない...............。」
月の丘大学の食堂は、たくさんの人で賑わっていた。校内を一歩出れば、まるで一つの街のようになっているこの大学は、日本でもかなりの人気があって、年々入る人が増えてるんだとか...。
わたしは今、美咲と一緒に購買でパンを買って、カフェの外にあるバルコニーのパラソルが付いた円テーブルに向き合って座っていた。
わたしが、ミックスサンドイッチとクリームパン。美咲がメロンパンに焼きそばパン。
購買で売ってるんだけど、なかなかの味で学生の間では密かに人気があるんだよね。
わたしは、今自分の中でブームになっているクリームパンを、パクっと一口かじる。
ふわっとした食感の中から、トロッとした冷たくて、甘いクリームが口の中に溢れてくる。
「ん~!これ、本当に美味しいっ!たまんないね‼︎」
そして、またパクっと一口。
「もう、沙也香ったら......確かに購買のクリームパンは美味しいけどさ、その前にちゃんと教授の理論を聞いてから、ご褒美として食べたらどうなの?」
美咲は、呆れながらも、毎日買っている焼きそばパンを口に入れた。
「そうなんだけどさ、一ノ瀬教授の話って、よくわかんないんだもん!せめて、日本語で話して欲しいよね~!」
「......日本語だけどね」
パンを飲み込んだ美咲が、後から突っ込みを入れる。
「だってぇ~」
わたしは、おもわず頬ふくらませる。
美咲はわたしにとって、お姉ちゃんみたいな存在。親友ではあるけど、いつもしっかりしてるからついつい、頼っちゃうんだよね。でもそれが、わたしのいけないとこでもある。
高校を卒業して、まだ半年近くしか経ってないけど、この月の丘大学にこんなにも早く馴染めたのは、美咲が居てくれたからこそかもしてない。
わたしだったら、どの授業も欠席になっちゃうもん。
どこがどこだか分かんなくなって、迷子になってる......。
って!わたしは、頭の中で想像した自分に苦笑いをしてそれを振り払うように、頭をぶんぶんと振った。
そして、もう一口クリームパンを頬張ろうとした時。
「よっ。隣、空いてる?」
突然 頭上から声が降ってきて、驚いて反射的に顔を上げる。と、そこにはわたしと同い年で男子の、黒羽恭輔と、谷口陸大がいた。
「あっ!恭輔と、陸大じゃん!久しぶり!」
そう。彼らは、わたしの友達。中学1年の時、わたしと同じクラスだったんだけど...恭輔とは本が好き同士とか、好きなアニメが一緒とか、なんとなく話があって仲良くなったんだよね。
陸大は、幼稚園が一緒だったんだけど、あんまりお互い覚えてなくて...お母さん同士がたまたま、同じ職場になってそれから何らかの共通点で仲良くなった。........ハズ。
まあ、高校は2人とも別だったんだけど奇跡的に、この月の丘大学で再開したってかんじかな?
あと、今言える話じゃないけどわたしは中1のころ、恭輔が好きだった。...というか、初恋の相手だったんだよね。
今は.....まぁ、うん。ちょっとは、意識してるけど....あっちがどう思ってるかは今だに謎だし.....実らなかった。ということ。
「空いてるよー」
わたしが、考え事をしている間に美咲がテーブルの空いている2席を指差していた。
この円テーブルは4人席で、わたしと美咲が向かい合って座っているから、空いているのはわたしと美咲の両サイド。
「あっ、うん。いいよ。座って、すわって。」
わたしも慌てて、隣の席の椅子を引く。
「おっ、サンキュ」
陸大がテーブルに、パンらしきものが入った袋をおいて、椅子に腰を下ろした。
「本当、久しぶりね。1カ月近くあってなかったんじゃない?」
美咲が、思い出すように人差し指を唇に当てた。
「あぁ.....そうだな。最後にあったのは確か、俺たちが相模教授を尋ねた時.....だったな。」
「そうそう、廊下でバッタリあったんだよね」
恭輔が言ったことに、思わず合図値を打つ。
「俺たち4人で、飯食うなんて中学生の時以来じゃね?」
陸大が、いつものイタズラ笑顔で笑った。
「うん。....あ。そういえば、一昨日たまたま部屋を整理してたら、中1のころの文集が出て来てよ。」
懐かしかった、と笑う恭輔。
「あー、そんなのあったかもな。」
わたしも、記憶を辿って行く。
「でも、多分俺。今頃、焼却炉で炭になってるかも」
ばーちゃんが、間違えて捨ててた気がする。と苦笑いの陸大。
おいおい、とみんなの突っ込みが入る。
「それでさ、文集の最後に"みんなの将来の夢"みたいなとこがあって。俺さ、水族館の飼育員って、書いてたんだぜ⁈びびったよ.....」
恭輔が続けた。
「ははっ、何それっ!でも、なんか恭輔らしいわー」
美咲が吹き出して、笑ながらコーヒーを、口に入れた。
「らしいとか、言うなよ!その後に、ペンギンを見たいって書いてあったんだよ⁈」
「それ、ただの鑑賞でしょ?」
中1のころ恭輔が言ってたことを思い出す。確かに、「ペンギン見て~」とか言ってたけど、それは仕事って言うか鑑賞なんだよね....て、その時にも同じツッコミを入れた気がする。
「陸大はー?なんて書いたのー?」
美咲が話を進める。
「えっ?俺?」
「そう、俺」
「えー」
「早くー」
「......サッカー選手」
いかにも、''いやだオーラ''を出しながらも口を開く。
「「「でたっ!」」」
いい具合に、3人の声が揃った。
「男子って、大体サッカー選手だよねー」
小学校から、男子が書いていたのを思い出してつぶやくわたし。
「そーそー。つまんないよねー」
はぁーと、ため息をつく美咲。
「いや、それが通常だから‼︎」
「なぁ、恭輔?」
「..........将来の夢が水族館だった俺は、何も言えねぇ.....」
「こいつ~‼︎」
「さっさと、「はい、そうですね」って言えよ!俺が、恥ずかしくなるだろーが‼︎」
「なんでたよ?別にいーじゃねえか!俺なんか、水族館だぞっ⁈水族館‼︎」
「よくねぇよ!ありきたりすぎて恥ずいんだよ‼︎てか、おめーは、どーでもいい!」
「俺を、巻き込むな‼︎」
恭輔を、指で差しながらごちゃごちゃと話す陸大。
本当、変わってないなー。この2人も。
にがやかなんだか、やかましいんだか....2人のやりとりを見て、くすっと吹き出してしまう。
「なに、笑ってんだよ。って、それよりお前はなにになりたかったんだ?1人だけ言わないのはずりーぞ。」
ムッとしたように、恭輔が尋ねてくる。
「え?わたし?..........自分の喫茶店開くことだよ。」
当たり前のように言ったわたしだったが、そのあとしばらく沈黙が続いた。
「変わってないのは、沙也香も同じね。」
少しの間があってから、美咲が苦笑いしながらも口を開いた。
「小学校。中学校。高校。そして、大学。将来の夢が変わってないのは沙也香らしいね。」
「喫茶店かぁー。いいなそれ。俺も、店開きたいな。」
恭輔と、陸大のゴタゴタが終わりサンドイッチを口に入れたまま話す恭輔は「なぁ?」と陸大に問いかけた。
「え?あぁ......。なんつーか、沙也香らしぃーよな。」
少々戸惑った陸大に美咲が助け舟を出す。
「で?夢は順調?」
「え?えっと...んー.................。実は、今度からお母さんのお兄さんが開いてる喫茶店でバイトすることになったんだ。でもね、そのおじいさんがかなり厳しいらしいの。」
これは本当のこと。お母さんにおじさんのことを聞いてみたところ、厳しい人でバイトをするなら、スパルタになるかもね。何て言われた。
わたしがついて行けるか、ちょっと心配。
「そうだったの⁈だった、もっと早く行ってくれればよかったのにぃー」
「ごめん、ごめん」
手を顔の前で合わせて謝る。
「まぁ、いいけど。で、いつから?今日が9月28日だから10月くらいから⁇」
おじさんには10月始めからって言われたような.....。
「まだ、はっきりしてないんだけど10月からなのは確かだよ。」
後で、いつからかおじさんに聞きに行って見ようなか。じゃないと、分かんないし。
「だけど、アレだよな。その、沙也香からしておじさんとかいう人がスパルタでも、頑張れってことだ。」
陸大がカレーパンを頬張りながらも、口をもごもごと動かし人差し指をピンと立てた。
「だな!喫茶店開いたら、俺たちが沙也香の喫茶店の一番客になってやるよ。」
「いいね!みんなで、押しかけゃお!」
「楽しみだな。どんな、喫茶店になるか....」
「俺はねー.......」
わたしは、こんなみんなのやりとりを見て、どんなに嬉しかったか。それは、まるで明かりのない陰に一筋の光が差したようだった。秋の匂いを運んで来た優しい風は、わたしの長い髪を揺らし、空は、ブルーの水彩絵の具で塗ったようなあざやかな色をしていた。
「頑張ろう。」
そう小さく呟いた声は、小さすぎて誰にも聞こえなかったようだが、わたしは強く決心した。
からなず、喫茶店を開こうと。
わたしにはできないって思ってた。でも、小さいころからの夢を、もうそろそろ実現できてもいいんじゃないだろうか?
今がきっと、その時だ。
今が、チャンスなんだ。
私は、うつむき加減だった顔をゆっくりと上げる。
目の前には、大切な友達3人の笑顔があった。