10年越しの約束
今日も息子のお迎えで車を走らせる。
♪恋人はサンタクロース…♪
車内に流れる軽快なメロディー。
「サンタが来なくなって何年たつかしら…」
浮気相手にプレゼントを渡す夫の姿が浮かんで、思わず苦笑い。
プップッ!
交差点の信号待ちで隣の車にクラクションを鳴らされた。女一人だと思ってバカにしている?無視、無視。こういうのは無視するに限る。
プップッ!
しつこい!文句の一つも言ってやるか…。私は相手の方に顔を向ける。
「あつ!」
微笑みながら手を振っているのは日下部さんだった。
「どうして…」
日下部さんとは学生の頃に少しだけお付き合いをしたことがあるの。私が神戸に来ることになって何んとなく終わっちゃったけれど。
信号が青に変わった。日下部さんが合図をして車を出した。ついて来てって言っているみたい。私は彼の後に続いた。彼はコンビニの駐車場に車を止めた。
「久しぶりだね!相変わらずキレイだね」
キレイと言われて思わずにやけてしまう。
「どうして?日下部さん、東京でしょう」
「今日は何の日か知ってる?」
「何の日って、クリスマス…」
「正解!君に会いたくて飛んできたんだ。ここで会えたのは偶然だけどね」
「私、息子のお迎えが…」
「そっか…。その後で少し時間あるかな?」
夫はたぶん浮気相手と一晩を過ごす…。息子を一人で置いて出るわけにはいかない。
「あの…。こぶつきでもいいのなら…」
「もちろん、OKだよ。そうだ!僕も一緒に行くから、帰りに三人で食事でもしよう」
息子が不思議そうに彼を見ている。
「この人だれ?」
「お友達」
「ふーん…。ねえ、ボク、これ食べたい」
夕食時のファミリーレストラン。家族連れが多い。どの家族も幸せそう。だけどウチは…。あーあ…。思わずため息が出ちゃう。
「ため息なんかついてどうしたの?」
いけない!せっかく声を掛けてくれた日下部さんに失礼だわ。でも、日下部さんは本当にわざわざ私に会いに来てくれたのかしら…。
「ううん、なんでもない。それより、日下部さん、私に会いに来たって本当?」
「ねえ、覚えてる?10年前のクリスマス」
「ええ、もちろん」
「僕にとっては一番の思い出だよ。だから、また君と一緒にクリスマスを過ごしたくて」
「でも、住所も電話番号も分からないのに…。会えるかどうかも分からないのに来ちゃうなんて」
「一度、年賀状をもらったじゃない。もちろん、同じ住所に居なければアウトだったけどね。でも、会えたよ」
そうね。ちゃんと会えたわね…。
10年前…。付き合い始めて最初のクリスマス。こんな風に二人で食事をしたわ。もちろん、こぶつきではなかったのだけれど。
そして、彼はプレゼントをしてくれた。マフラーと私が大好きだったユーミンのCD。そう!今も車で聞いているあのCD。二人で過ごした最初で最後のクリスマスだったけれど…。
食事が終わる頃には息子も日下部さんになついてきたみたい。日下部さんは優しいから。子供って優しい人はすぐに分かるのね。まあ、ウチの旦那もある意味優しいわけよね。
お腹いっぱいになったら眠くなったみたいね。息子がウトウトし始めたので、日下部さんはそろそろお開きにしようって、息子を抱えて私の車まで運んでくれたの。
「ありがとうございます。すっかり、ごちそうになっちゃって」
「そっくりだね」
「えっ?」
「息子さん、君にそっくりだね」
「そうですか?」
「うん。これ…」
日下部さんがきれいにラッピングされた小さな箱を渡してくれた。
「メリークリスマス!こんなに楽しいクリスマスは10年ぶりだよ」
そう言って、日下部さんは自分の車に乗り込むと、そのまま行ってしまった。チェッ!キスでもしてくれるかと思ったのに。でも、そういうところが彼の優しさなのよね。
家に帰ると、予想通り夫は帰って来て居なかった。息子を寝かしつけてから私は日下部さんにもらった箱を開けてみた。指輪だった。メモが添えられていた。
“約束を果たすのに10年かかっちゃった”
これって…。
10年前のクリスマス。食事の後、街を歩いているとガラス越しにこの指輪が目に入った。値段を見て、ため息が出た。学生だった私たちに手が出るような金額ではなかった。
「就職したら頑張って働いて、いつか、これをかおりにプレゼントしてあげるよ」
「本当!嬉しい。私、いつまでも待っているからね。約束だよ」
お互いの小指を絡めて彼はそう約束してくれた。
日下部さん…。
「メリークリスマス!」