手がとどかない
それは恋でしょ。
昼休み、冗談半分に言われた事には耳を疑った。
は?恋?って、あの、レンアイ?
聞き返そうにも周りは既に別の話題に花を咲かせていて、僕だけが彼の発言に動揺したらしかった。
恋。
なんだか違うぞ、と誰ともなく呟く。そんな、甘酸っぱいものじゃないんだ。少なくとも、恋なんかでは。
確かに僕はよく彼を見ていた。でもそれは決して恋なんかじゃなかった。
だって彼はとても綺麗な手をしてたから。だから気になってしまったのだ。
元々僕は手が綺麗な方で、女の様だと貶しているのか褒めているのかよくわからない事を時々言われた。だから曲がりなりにも自分の手が綺麗な事は知っていた。
でも彼の手は別格だった。
そもそも骨格から違う。彼のはもっとごつごつしていて、骨がでていて、でもがりがりとかじゃなくて、男性らしい、かっこいい手だった。彼が僕にプリントを渡す度にどきどきするくらいに。
僕は引っ込み思案だから、そんな事口に出せなかったけれど。
席替えをして、彼は僕の後ろになってしまった。せめて前方に居てさえくれればまた見れたのに、と残念でならない。でもプリントを渡す時に手が触れるのは良しとしよう。
そんな時だった。
彼が僕の手を掴んだのは。
授業が終わって後は帰るだけで、僕は何をするでもなく椅子に座っていた。その手を、彼はむんずと掴んで
「ちょっといい?」
と言ってのけた。
いやいや、逆じゃないのか順序が。
でも今僕の手を包んでいるのは紛れもない憧れの彼の手で。
いいよ、という言葉はばくばくという心臓の音よりも小さかったかもしれない。
彼は僕の手を顔に近づけて、おお、だとか、うーん、だとか言っていた。
僕はその間どぎまぎして、体なんてかちこちだった。
なんでだろう。多分、俯いている彼の顔がいつもより綺麗だったから。
いやいやいや、綺麗ってなんだ綺麗ってーーー。
「綺麗だね。」
「は?」
え?綺麗?
「手がさ。つるつるで。白くて。そこいらの手タレに引けをとらんよ」
「え。いやいやいや。それは。無いよ。そんなこと。絶対。」
思いにもよらなかった言葉にしどろもどろになってしまった。
いやでもだって。彼はそのまま聞いててこそばゆくなるくらい僕の手を褒めた。
線が細いだの爪が綺麗だの小指が長いだのなんやらかんやら。
「あ、あの、もういいから。
そんないいもんじゃないから。」
やっとの事そう言った頃には僕は恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がなかった。
だって、自分の憧れの手を持っている人に、手を褒められるだなんて。恥ずかしいというか、少し惨めだった。
でもちょっと嬉しかったのも事実であって。
「あの、また、触ってもいい?」
逃げたい一心で席を立つ僕に、彼は控えめに問いかけた。
僕はその時、なにがなんだかわからなくて、ただ恥ずかしくて、
「またなんて、ないよ」
とだけ言って逃げてしまった。
それから彼は僕の手に触れない。
僕は彼の事がまともに見れなかった。
唯一見れるのは後ろ姿だけ。
なんであんなこといってしまったんだろう。
多分、恥ずかしかったから。
じゃあなんであんなに恥ずかしかったんだろう。
彼に話しかけようとする度にそうやって自問自答を繰り返した。
何度もやったからって答えが出るわけでもなく。
なんでって、それはきっと、認めたくないけれど。
ねぇ、ちょっと、と口に出せなかった。
伸ばしかけた手は宙に浮いたまま、何を掴むでもなく静止した。
何故言えなかったのだろう。あの肩を掴めば良かったのに。
でももしそう出来たとしても、それから先を言葉を口にできたかどうかは怪しかった。
開きかけた口閉じて、伸ばしかけた手を下ろして、また僕は彼の背中を見送った。
あぁ、また。
いつもこうなのだ。
いつもこうだなんて。
僕はなんていくじがないのだろう。
読んで下さって有難うございます。
小説を書くのは楽しいですね。
精進していきたいです。