表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

紅葉のぬくもり

作者: 三坂結城

お婆さんが地面に転んだ。

それを助けたのは大きな小僧でもない。

紅葉の手を持つ小さな女の子だった。


俺の名前は木口裕貴、性格以外は平凡な高校生だ。身長、髪型、体重、顔全てが水準である。この頃の高校生が生きるために必要となる糧はゲームの攻略情報とか芸能界の的外れな噂話とかだろう。まあそんなわけで凡人らしく暮らしていたわけだが俺には優しさというものがこれっぽっちも見当たらなかった。

「ああ、面白いこと起きないかなぁ」

俺は帰宅中にそう呟く。実際この年になって面白いことが起こったことなどない。殺人現場に出くわしたとか飛行機が墜落しそうになったとかそんなのは中々起こらないのである。そんな俺の人生の楽しみといえば、

ガタッ、ゴロゴロゴロゴロ、

一人の老婆がスーパーの袋を地面に落として果物などが地面に散乱した。老婆は誰かに助けを欲していたが俺は勿論無視するだけである。何故なら俺の人生の楽しみは他人の幸せではなく他人の不幸であるから。他人の不幸は蜜の味と諺であるが俺は改めて実感した。

「あの、すみませんが手を貸してくれませんか?」

その老婆はどうやら俺の助けが必要だったらしく丁寧に頭を下げて頼んできた。一般人がその後どう行動するかは知らないが俺の取る行動はいつも決まっていた。

「婆さん、人に頼るようじゃ駄目だ」

俺は他人ごとに干渉したくないあまりいつもそう言っていた。自分のことは自分でしろよ、婆さん。俺だって勉強とかで忙しいのに。誰も助けてくれないだろ。人間はいつも冷え切っているからな。

「ああ、そうですか…………すみません」

俺はそうやって困っている人を見つけては優越感に浸っていた。そんな俺を余所に小学生になって間もなくといった女の子が婆さんに駆け寄った。

「お婆ちゃん大丈夫? この荷物ぐらいなら私が代わりに運ぶよ」

その女の子は丁寧に果物をスーパーの袋に戻した上に更にその袋を婆さんの目的地まで運ぼうとしている。いや、でもその紅葉の手では無理だろう。小学生の女の子の手って紅葉みたいだよな。小さい。

「何であの子はあそこまで人に優しく出来るのだろうか?」

俺は紅葉の手よりも大きい手を見て弱弱しさを痛感した。小さな紅葉の手は強く、大きな俺の手はあまりにも弱かった。

「どうして婆さんを助けるんだ?」

 紅葉の女の子の乱入のせいで優越感から劣等感まで覚えるようになった俺は聞く。

「…………そんな悲しいこと言わないでよ。多分、お兄ちゃんは悩んでいるんだね。そうだ! 明日良かったらここに来てよ。きっと大切なことが見つかる筈だから」

 そういって小学生の女の子は一枚の紙を渡してくる。

「俺は悩んでいない! ……老人ホーム?」

 老人ホームの紙を渡された俺。老人ホームの名前は未来老人ホームと記されている。でも何で渡されたの? 正直意味が分からない。「未来老人ホームとやらに俺が行く理由は一つもない。悪ふざけか小学生?」

 俺は渡された紙を半分に破り道端に捨てる。

「悪ふざけなんかじゃないよ。お兄ちゃんが何を悩んでいるのか知らないけど答えはここにあると思うから渡したの。絶対来てよ!」

 少女はそう言ってお婆さんと一緒に目的地まで向かった。夕日の影のせいか分からないがその子の背中を俺はとても大きく感じた。


「くそっ、あいつ生意気だったな! 澄ました顔で大人ぶりやがって!」

 帰宅して疲れた俺は風呂に直行して怒りを言葉にしていた。

「誰があんなところに行くか! あの野郎、小学生のくせに」

 俺はしばらく風呂に愚痴を聞いてもらい、むしゃくしゃしたのか面倒くさかったのかは定かではないが髪を乾かさずに青いベッドへと倒れこむ。

「何だったんだ、あの女? 俺は絶対に行かないぞ、老人ホームなんて!」

 そう言って俺は一枚の紙を取り出す。セロハンテープで補強されている、元は半分に破られた紙を。

 …………明日と明後日学校休みだから、まあ、明日暇なら少し見るぐらいならいいかな。そう俺は勝手に納得して眠りについた。

 俺はその日過去の出来事を夢で見た。あれは俺が小学校低学年の時の嫌な記憶だ。

 ~~過去の俺~~

「お婆ちゃん肩を叩いてあげるよ」

 幼い俺は豪華なペンションの外の木で一休みしているお婆ちゃんの肩を叩いていた。その頃は優しい男の子だったのだろう。

 小学生の俺はお婆ちゃんっ子でいつもお婆ちゃんの家に遊びに行っていた。

「あらあら、偉いわねえ、ゆうくん」

 赤茶色の眼鏡を掛けたお婆ちゃんはいつも俺を撫でて優しくしてくれた。

 そして、ゆうくん、と呼ばれていた俺は上機嫌にお婆ちゃんの為に行動し、お婆ちゃんを少しでも助けようと努力した。

「俺は出来る限りお婆ちゃんを助けるからね。だって俺はヒーローだから」

 その時期に俺がはまっていたものは戦隊ものでヒーローが大好きだった。誰に対しても優しく強いヒーローは俺の心の中にある夢だったのかもしれない。あの事件が起こる前までは、俺は笑顔でいられた。

 あの事件、それは俺の夢も希望も置いてきてしまった出来事である。

「猛烈ジャベリングヒート!」

 俺はお婆ちゃんの家の前にある道路で戦隊ごっこをして遊んでいた。お婆ちゃんは外に椅子を置き編み物をしていた。

「ゆうくん、気をつけて遊ぶんだよ」

 お婆ちゃんは編み物の手を一回止め俺に優しく微笑んだ。

「ヒーローは怪我なんかしないぜ」

 一丁前に発言をした俺は背後に迫りくるスピードのある黒い物体に気付かなかった。

「ゆうくん、危ない!」

 俺が言い終わる頃に何かに気づいたお婆ちゃんは重い体で全力疾走し、俺を突き飛ばした。

「…………お婆ちゃん?」

 俺の目の前に横たわっていたのは赤く染まったお婆ちゃん。他に目に映ったのはナンバーが取れた黒い車だった。

「お婆ちゃん! お婆ちゃん!」

 俺はお婆ちゃんに詰め寄り何度も老婆の体を動かすが返事は無かった。

お婆ちゃんは数分後、救急車に運ばれて亡くなり俺は事情聴取の為に警察へと連行された。黒い車が消えていた為。

取調室で平生を保っている俺と刑事さんは重い空気を共有する。

「仕方無いぞ、坊主、今回は飲酒運転の上にひき逃げの犯人だったからなあ、お婆ちゃんが死んだのも…………まあどちらにしても良い知らせではないな」

 ベテランの顔つきの刑事は俺の頭を軽く撫でる。

 警察官はそこに俺とお婆ちゃんしかいなかった為、俺を事情聴取の対象とした。実際は飲酒運転のひき逃げの犯人がいたわけだが。

「…………あの、帰っていいですか。もう落ち着いているので。いや、最初から」

 交通事故が遭ってお婆ちゃんが死んだと報告されても俺の涙腺は緩まなかった。それどころか俺は悲しむ顔一つ見せなかった。

 俺がドアノブに手を触れたときに刑事さんに呼び止められる。

「少しおっさんの世間話に耳を傾けてくれ坊主、今回の事件は確かに深刻だった。だからこそお前は変わらなければいけない。それにお前は落ち着いてなどいないはずだ。その年で落ち着いていられる奴はこの世にいない。ただお前は悲しみが一周してんだよ。だから思いつめんなよ、少年」

 刑事の人はそう言った後、煙草の煙を吐く量を増やし、煙に隠れ表情が見えなくなった。

 一時の沈黙の後、俺は頷き退室した。

「お婆ちゃんがひき逃げで殺された。いや違う、俺が殺したんだ。俺があの忠告を聞いていて車に気をつけていたらお婆ちゃんは庇うことなく死ぬことはなかった」

 光らない虹彩で遠き我が家へと帰る。多忙な両親が迎えに来るはずもなく渡されたタクシー代を使わずに足を棒にして帰った。

 そして、俺はこの日から感情を生み出すことを止めた。おそらくこれからも。

ジリジリジリジリ、ジッジリジ―――、

 目覚まし時計の音で目が覚める。十年の愛用品の為、音がとぎれとぎれではあるが、お気に入りの必需品だ。

「くそっ、嫌な夢を見た。一生思い出したくなかったのに。ああっ、もう!」

 俺は髪の毛を掻き毟り重い身体を置きあがらせる。それにしても嫌な目覚めだ。

 その後した行動は特別変わったことではない。階段を下りて台所へと足を踏み入れる。モダンな長い机に椅子が三つあるが、俺一人腰掛け、朝ご飯のコーンフレークを食べる。特別変わったことではない。いつも朝ごはんは一人で食べる、そんな日常。

「行ってきます」

 返ってこない返事の為に外出の挨拶をする。


「ここが老人ホームか…………思っていたよりは小さいな。本当に合っているのかな?」

 名のある山の頂上付近にあるゴルフ場の更に上にある小さな家の前に俺は立っていた。印象に残るのは家を囲むぐらい多い向日葵の数と外で元気に活動する老人たちだった。

「あっ、お兄ちゃん! 来るって信じてたよ。ちょっと手伝って欲しいことがあるんだ」

 先日会った小学生の女の子は満面の笑みで俺を呼んでいる。来るって信じていたって…………ただ俺は暇だから来たのに。

「えーと、俺はお前のことを何て呼べばいいんだ?」

 よくよく思い返すと俺はこいつの情報を一つも持っていない。名前さえも。

「あ~そうだったね、私の名前は市ヶ谷紅葉、紅葉って呼んでね♪ お兄ちゃん」

 紅葉は軽い自己紹介を終えて俺の手を引きどこかへ連れて行こうとする。

「俺の名前は木口裕貴だ。裕貴でいい。っていうか俺は老人ホームに手伝いをしに来たんじゃないぞ。ただの暇つぶしだ」

「うん、分かった。お兄ちゃんって呼ぶね」

 …………理解してねえ! お兄ちゃんって呼べって、一言も言ってねえけど。意思疎通全く出来てないけど!

「お兄ちゃん、こっち、こっち」

 紅葉は手招きして老人の輪の中心に俺を立たす。まるでドーナツの真ん中に立っている気分だぜ。今から何をやらされるんだ?

「今日から未来老人ホームでお仕事をするのはこのお兄ちゃんです」

「………え?」

 何言っているんだ? 紅葉? 俺は一文字の言葉を最大に表現する。………だって疑問符しか出てこないぜ、この状況。暇つぶしには来たが仕事をしに来たわけではない。やっぱりここに来るんじゃなかった。

「おい紅葉俺は───」

 横目で紅葉を見て自分の言い分を言おうとする前に代表者の老人に遮られる。

「よく来たのう、わしも最近もんてきたばっかしじゃからなぁ、まあお前さん、色々とよろしく頼むのう」

「いや、あの………だから」

 俺は言葉を濁す。その期待した目を止めてくれ! 思考回路が遮断されるじゃないか!

「じゃあお兄ちゃん手伝って」

 無理やり引っ張られ俺は老人ホームの中へと入る。こんなつもりじゃなかったのに。

 中に入ると様々な事情を持った老人たちで集まっていた。眼が見えないお年寄りや耳が不自由な人、病気ではないものの話し相手がいなく独り身の老人など。

「お前はここに毎日来ているのか?」

「うん、小学校がある日も終わってから来ているよ、ここに」

 紅葉は当然のように返す。

「そうか………」

「どうしたの、お兄ちゃん?」

 紅葉は俯いた俺の顔を覗き込むようにして見てくる。

……だって落ち込むだろう。この年でここまで差を見せられ、優越感に浸って人を見下している俺の不甲斐無さを改めて実感したんだから。

「いや、何でもない。俺はどうしたらいいんだ? 悪いが特技も趣味も何一つ無いぞ」

 木口裕貴という赤ちゃんが生まれてから十七年、俺は何の才能にも恵まれず悠々と生きてきた。……そんな奴に何しろって?

「特別なことはしなくていいよ、ただお婆ちゃん、お爺ちゃんとお話ししてくれたら」

 紅葉が仕事内容を伝える。

え? 会話だけでいいのか? それなら俺にも出来るがやけに簡単だな。てっきり力仕事や介護知識が必要不可欠の仕事とかだと思ったぜ。

「じゃあお兄ちゃんそっちは任したね」

 紅葉は外を指さす。その後紅葉は屋内にいる老人の場所へと移動する。正直、小学生の紅葉がいないと心細い。

「これからどうしようか?」

 俺は一人小さな声で呟く。感情が復活したかのように焦りの念が頭をよぎる。会話をして下さいって簡潔に言われてもなあ………。

「あんちゃんは、どうしてこげな所にきようと思ったんだ?」

 棒立ちしている俺を気遣ったのか木の杖を持った一人のおじいさんが話しかけてきた。なまりはあるが口調がはっきりしていて周りよりは若く、病気も軽い方なのではないだろうか?

 こげな所? ……ああ、この場所のことか。方言は全く分からないから対処に困るな。

「ここに来た理由は主にはありません。ただあの紅葉って言う小学生に誘われたんです」

 その老人は「そうか、そうか」と相槌を打って俺の話を真剣に聞く。他にも何か話さないといけないのか? 

「正直ずるいですよ、紅葉は。無邪気にこの現実を生活出来て良いですよね。ああいう子は裕福な家庭に生まれて呑気に時を過ごしている。本当に羨ましいですよ」

 俺は何を言っているんだ? こんなしわくちゃなお爺さんに人生の理不尽さを言っても何も変わらないだろ。

「あんちゃん、壁にぶつかっているんだな。よしっ、爺さんを、ちょっくら、屋内に案内してくれねえか?」

 お爺さんは俺の人生を分かったように満足げな顔をする。

「屋内、何の用ですかお爺さん?」

「ふふっ、若えもんの踏み台にでもなれたらと思ってなぁ」

 俺は階段に気をつけながらお爺さんを屋内に安全に移動できるよう補佐した。

「ありがとう、………あんちゃん、ちょっとお爺さんの話聞いていってくれよ」

「は………はい」

 どういう経路でこの爺さんの話を聞くことになったんだろう? 話、長そうだ。

「ある女の子がおった。その子は裕福な家庭で老人ホームを経営していて看板娘として働いていた」

 ………何の話だ? もしかして紅葉?

「ある日両親が死んだ。どげな偶然か二人はその子の誕生日に病気でぽっくりと死んでいった。その子は葬式で泣かんかった。小学生の若さで誕生日に死んだという偶然に罪を感じ、感情を押し殺したんだ」

 俺は長い面倒な話だと思っていた自分の考えを改めて大事な話を一言一句漏らさず聞く。

 …………この子と俺は同じなのかもしれない。現に俺もお婆ちゃんが死んだのを罪に思っている。

「彼女は臆病になっとった。人生全てが斜線を引かれて邪魔されているような気分に苛まれ殻に閉じこもっとった。それが彼女の姿じゃった。けどなぁ、その子は強かった。くじけて、くじけて人生が泥まみれになっても希望だけは捨てずにいた。だから今の生活があるんじゃないか」

 …………もしかして、

「もしかしてそれは紅葉ですか?」

「ああ、君の思っている通りじゃ」

 俺はその場で何も言えなくなり頭の中で色々な感情が蘇った。

俺は罪の念に縛られ今まで生きてきた。あいつは俺と違って楽しく生きていると思っていた。けどそれは勘違いだったんだ。今は高校生の自分、紅葉は小学生、同じ時期に同じ境遇に陥った。けどあいつは変わったんだ。

「お前さんの目を見れば想像出来る。お前さんも罪の意識を持って生きているんじゃな。じゃがなあ坊主、命が亡くなって命が守られたんだ。お前さんは人生を二倍楽しまなくちゃ駄目じゃろ。その人の人生分以上に楽しまなくちゃ失礼じゃ」

 お爺さんは俺に最も効果ある力説をする。ここまで俺の心の痛点を突く行動は熟年者にしか出来ない領域なのかもしれない。

 紅葉が俺に気付き声を掛ける。どうやら紅葉は老人ホームの仕事を一段落ついたようだ。

「お兄ちゃ~ん、どうしたの? 外で仕事をしてって言ったのに………ってどうしたの?  お兄ちゃん、泣いているの?」

 俺は溢れんばかりの涙を流し、手で隠そうとするが床に涙が落ち、ぽちゃん、と涙の音がする為、誤魔化し切れなかった。

「余世をどう送るかはお前さん次第じゃ。もう既に理解しとると思うがのう」

 そう言って爺さんは杖をついて外へと出る。って、いうか爺さん補助無しで外いけるのかよ。一人で外に出て行ったよ。

「………紅葉は何でそんなに強いんだ? 俺はお前の年を過ぎても過去から克服出来ないでいる。俺はこれからの人生も無力なままなのに。何故過去を忘れられたんだ?」

 何でその過去を清算出来るんだ? どうやって? それしか今は頭の中に浮かばない。

「忘れることは出来ないよ、お兄ちゃん、過去は清算するものじゃない。過去を受け入れることで強くなれるんだよ。それに私は一人で前を向けた訳じゃない。色々な人たちが支えてくれたから私は今があるんだよ」

 紅葉は俺に優しい笑顔を見せてくれる。少し大人びた笑顔だった。

「そうか、紅葉は良い人たちに恵まれたんだな。俺は全く恵まれなかったよ。この年になってもまだ過去に罪の念を持っている」

 俺の両親は冷めていた。子どもに虐待はしないものの愛を与えてはくれなかった。両親の似顔絵を描いてもゴミ箱行き。保護者会なんて一度たりとも顔を出すことは無かった。これじゃあ俺が変わることも出来ないよな。

「…………人は変われるよ。お兄ちゃん。例え実力不足でも世間からのバッシングを受けている人でも変われる。だって私だって変われたんだから。人間は変われないんじゃない、変わろうとしていないだけなの」

「紅葉…………うっ、うっ」

 俺はその場でまた泣いた。赤ん坊といわれても泣き虫と言われても良い。今は涙を流したかった。鼻水を垂らしながらでも。

「お兄ちゃんも辛かったんだね。今は泣いても良いんだよ。そしたら明日は泣いた時間以上に笑えるはずだから」

 紅葉は俺の背中をそっと抱き慰めてくれる。くそっ、情けねえ、こんな手も足も大きい高校生が紅葉の手を持つ小学生の女の子に慰めてもらうなんて。うっ、情けねえ………。

「うっ、ぐすっ、俺は最低な奴だ。老人を見たら助けるどころか自分のことの方が上だという優越感でいっぱいだった。紅葉、それでも変われるっていうのかよ?」

「お兄ちゃん、さっきも言った。変われる!

それに、これからお兄ちゃんがお爺さんとお婆さんを手助けすればいいんだよ」

 そしてその姿のまま俺は涙を流し続けた。

「「…………」」

 あれからどれだけ時間が経っただろう? 三時間以上過ぎたのかもしれない。もしかしたら五分も経っていないのかもしれない。時計を見れば分かることだが俺は見なかった。今は現実に戻りたくなかったんだ。

「あ~、頭が痛い。十五年分は泣いた」

 俺は頭痛に悩まされ老人ホームのソファーに寝転がっている。

 泣いた後の後遺症と表現すべきか。涙を流した後は頭痛が一段と響く。それに鼻水と向日葵の匂いが融合し、何ともいえぬ匂いが嗅覚に影響を与える。

「あはは、お兄ちゃん顔が青いよ。はい、これ水。少しでも落ち着かなきゃ」

「ははっ、水で体調が回復するかよ」

 俺は紅葉らしい発想に笑った。自分でも気付かなかったが笑えるようだった。

「あれ? 俺が笑ってる?」

 お婆ちゃんが死んでから笑ったことが無い俺にとってそれは衝撃だった。俺の中では。

「お兄ちゃん、笑ってるよ! はい、水」

「だから何で水なんだよ。ははっ」

 俺と紅葉は顔を合わせて笑った。今日は色々な感情を取り戻した。焦り、純粋の怒り、

涙が出るほどの悲しみ、笑顔が出るほど楽しいこと。俺は取り戻せたんだ。俺より小さい女の子と年寄りだけど力強いお爺ちゃんお婆ちゃん達のお陰で。

「俺もう帰るよ。仕事という仕事は出来てないけど為になった。俺がこんなに素直に言えるのも珍しいけどな。ははっ」

 頭の痛みも治まった俺はソファーから起き上がる。

「帰るのかい坊や? 今日はありがとう」

「若いのに力を貰ったよ、若いってのは、良いねえ………わしゃも昔は……」

「こげな場所に来てくれて嬉しかったよ」

 向日葵が咲いているのが見える玄関で俺は立っていた。見送りにお爺ちゃんお婆ちゃんが集まる。

「ありがとうございました。俺は上手いことは言えないけどお爺ちゃんお婆ちゃんに力を貰いました。そして守る側は俺のはずなのに守られる側の女の子に救われました」

 俺は木の枝が折れるぐらいに曲がって礼をする。今までの老婆や障害者に対しての優越感を味わっていた下種な俺の本気の謝罪も兼ねて。………今日はありがとうございました。そして、今まで申し訳ありませんでした。

「じゃあ、帰るよ」

「お兄ちゃん!」

 俺が帰ろうと背中を向けると紅葉が俺を呼びとめた。どうした紅葉?

「お兄ちゃん、また来てね、なんて言わないよ。………明日も忙しいんだから来ないと駄目だよ。これは最低限のマナー。学校が休みの日は来て貰うんで、これから頼むね。お兄ちゃん♪」

 ははは、子どもって凄いなぁ。いや、紅葉だからかもしれない。俺は正直ここに何度でも来たかった。でもまた来てもいいよ、なんて言われたら来づらかった。けど強制なら行かなきゃいけないな、紅葉。十何年の固く閉ざされた俺の心が今日開く音がした。もっと爺さん婆さんの教えを聞きたい。

「はははっ、明日も仕事が多いのかな」

「うん、こ~~~~~んなにあるよ」

 紅葉は手を大きく広げ表現する。

「ははっ、それだと地球規模じゃないか」

「お兄ちゃん。来ないと怒るからね」

「勿論行くよ。これからも、うん。俺が優しい普通の人間になるまでは」

 普通になるのはとても難しい。優れた人になるより悪人になるよりずっと。普通の基準は何だろうか? 考えても仕方無いことばかりである。だから人生は面白いのだ。俺は駄目人間だった。でもそのお陰で出会えたんだ。


「紅葉って温かいな」


 帰宅中、俺は言ってやったよ、あ~~~、人生って面白い!





  

 


良ければ厳しい感想をお願いします。

 稚拙な文章で申し訳ありませんでした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ