log.1:騎士と天使が出会う時
彼等は世界を見下ろしていた。
三つの箱庭のような、作られた限りある世界である。
そこに作りだされた生きとし生けるものたちは懸命に生きていた。
そして彼等は次に人間をその世界に作り解き放った。
三つの箱庭は、時を急速に進められ次々に彩られていった。
彼等は箱庭の目まぐるしく過ぎる時代を見つめ、そして記録する神々だった。
そこに住む人々は世界にある資源を駆使して、一つの箱庭に付き一つの国を作った。
箱庭の国々はそれぞれが独自的な特徴を持ち、それぞれが特徴的な環境をそれぞれ獲得していった。
しかし、神々の世界には箱庭の開闢以前より悪意を持つ邪悪な神も確かに存在していた。
邪神達は外から箱庭に次々と魔物を送り出し、箱庭を浸食して自らのものにしようとして来た。
対して神々から与えられた魔法は、魔物を討伐するに素晴らしき効果を発揮した。
やがて箱庭の世界は、神々の技術とは違う魔法を中心として発展し
魔物と日夜戦う剣と魔法の世界へと進化していった。
やがて、箱庭の世界が住民たちによって『イェツィラー』と名付けられて幾千幾万という年月が流れた頃…
その世界の外側、神々の世界が箱庭より先に満員となってしまった。
増えすぎた人口、過ぎたる文明に埋め尽くされた大地…
箱庭の民が神々の存在をしり、彼らの住む世界として『アッシャー』と名付けたその世界…
神々が総て住み込むには、アッシャーは余りに狭すぎたのだ。
神々は箱庭の時の進みを、アッシャーと同じ早さに整えた。
そしてアッシャーに飽いた神々を箱庭に次々と降り立たせた。
まるで箱庭の中に住んでいる人間達と同じような存在となって、神々は箱庭の大地に降り立った。
三つの箱庭はその時、神々の世界アッシャーと同等の『世界』として認められたのである。
アッシャーの神々は次々とイェツィラーに移住していった。
両世界の秩序を護るため、自らが神々の一柱である事を隠す事を絶対の法として定めて。
時代は人と、人となった神々が共存する世界となっていった。
そして人々は自ずと知っていった。
この世界が、神々に作られた箱庭の世界であるという事を。
イェツィラー、ラルヴァンダードサーバー
幾代とも続く王家の血統が納める国家である。
そのサーバーの外れ、広大な草原の一角にまるでそれを正方形に切り取ったかのような形でそれはあった。
草原の藍々とした草花はその一列から総じて正方形の内側に向かいにび色の塊となり、それが幾つも重ねて描かれたかのように広がる様子を見せながら広がっているのである。
最早一片の長径が1kmに達しようかというその異質な空間を駆ける小柄な姿があった。
無機質に侵食された世界の中で逆に違和感を感じさせるその姿は、踊子のような姿の上にポンチョを羽織った一人の少女
逃げるようにして走るその少女の後ろを、巨大な何かが地面を揺らしながら駆けてくる
その姿は、どこかファンタジーのゴーレムを思わせるような人工物のようでもあり
その模様は顕微鏡から覗いた微生物、あるいはバグを起こした古いゲーム機の画面に酷似していて
それがこの無機質な正方形の主だということを思わせる。
アッシャーに住まう邪悪な神が作り出した魔物、ウィルス
それがこの魔物の総称であり、この無機質に改変された空間はバグと呼ばれ同名の怪生物を撒き散らす。
そうして徐々にイェツィラーを侵食して世界をわが物とすることが邪悪な神の目的なのである。
「ハァ…ハァ……誰かっ…誰かぁ!!」
少女は魔物に追いつかれまいと、バグに侵された空間をひたすら走る。
ウィルスが侵食するのはこの世界を形作るデータそのものであり、それには空間のみならず
其処に住まう物体、生命、そして人間もまた含まれる。
特に、神々の術と物理演算によって存在するイェツィラーの人間はウィルスにとって世界を侵食するための格好の餌食なのである。
「あっ…!!」
やがて石のように固まったバグの植物に躓いた少女はその場に膝をついてしまう。
その隙をみたように魔物は物理法則を無視した動きで少女の目の前に瞬間移動し、そこだけが不気味に有機的な触覚で少女の養生を除き見る
触覚から垂れる粘性の液体が垂れて少女の持つち小さな鞄に触れ、その部位から鞄が徐々にウィルスと同じような模様に代わって生き物のように蠢きだす。
「ひっ…!!」
「IY@@UIHU//YFt[IHYUG@p@.]p@LSWWQIIIIII!!!!!!!!」
少女は咄嗟に鞄を魔物に放り投げるが、魔物は逆上したかのように少女の間近で咆哮を上げる。
少女はあまりの恐怖に固まって身動きが取れず、魔物は無機質なその腕を少女に向かって振り上げた
「ちょっと待ってえええぇぇぇぇぇぇぇええええ!!!!!」
誰に対するかもわからない制止の声に、少女と魔物は一瞬だけ動きを止める。
それは少女のピンチに駆け付けたヒーローの登場というには余りにも緊張感のない悲鳴で
それでもその悲鳴を上げた少年は軍の騎士甲冑を着ていた。 そして、魔物目がけて何故かロケットのように飛んできた。
魔物は咄嗟の時の為にプログラムされた反射反応で、腕を組み少年の突進?を受け止める。
少年もぎりぎりのところで体勢を立て直したのか、魔物の腕には深々と少年の持つ剣がめり込んでいる。
「!!!!!!!!!!!」
魔物は雄叫びをあげて腕を振り少年を吹き飛ばす、しかしもはや浮遊感になれたのであろう少年は着地して少女の前に立ちふさがった。
「何のための騎士か…?そんなの決まってる!!」
視点はほんの少し前のほんの少し遠くに代わる。
「ぁーぁーありゃ見事にバグらされちまってるわ」
大柄の男が双眼鏡越しにバグに浸食された地帯を見て呟く。
彼もまた騎士甲冑をまとっており、傍らにはその場に飛んでくるはずの少年がいる。
「あの広さになってしまっている以上は、もうあの場所も…デバッガが現れるまで放置するしかないんでしょうか…」
「バッカか、あそこにいるウィルスの一体でもボコるくらいしていかんで如何するよ?」
「それじゃ命令違反ですよぉ…あくまで偵察任務なんですよ?」
少年の言葉に、男の眉がピクリと動く。それと同時に面白いものを見つけたように男は「おっ♪」とご機嫌そうな声を上げて少年に双眼鏡を渡す。
少年は渋々双眼鏡を覗いて驚愕する。
「あれは…!なんでこんな辺境に女の子なんか…?」
「よし助けに行こう、ついでにボコろう」
「…ちょっと待ってください、なんで僕をひっつかんで持ち上げ始めているのか説明をお願いします」
「いまにもあわやってところだろうが、今にも目の前で襲われそうな国民を助けずに何の為の騎士かってな?それに…」
いいながら男はひっつかまれてじたばたもがく少年を大きく振りかぶる。
「反抗心っていうのは軍人さんには必要ねえだろうよ…だが人としては必要だ ろ っ!!!!!」
そのまま男は少年をはるか遠くの岡まで、常識外れの力を込めて 投げた。
魔物は力任せに少年の居た地面を殴りつける。
バグに侵され変質した地面は正方形のブロックとなりバラバラと衝撃波に乗せて飛び散る。
しかしもうその場に少年はおらず、少女の手を引いて走り出していた。
「もうすぐ無駄に強い人が来るから、それまで逃げるよ!!」「は ハイ!!」
言ってて情けなくなる…叫んだ後にそう呟きながら少年はあたりの地形を確認し、魔物の動きを見始める。
これでも空間把握能力には自信があるほうだ、最適な位置を確認し少年は少女の手を引く。
「これでも喰らえっ!!」
少年は片手に持った剣を軽く振って柄を折る…否、柄を変形させる。使用に特化した形態に変えたのだ。
構えたその形は、刀身を銃身と言い換えるならばライフルにも酷似したシルエットである。
少年が柄を強く握ると、切っ先に空中から凝固した結晶が纏われていきバチバチと放電を始める。
そして人差し指に力を込めた時、ライフルから銃が放たれるように稲妻を纏わせた結晶の砲弾が魔物目がけて放たれる。
弾足は速く、防御する間もないまま魔物の顔面に当たる部分に砲弾は命中して
バガァン!!と爆発する。 …しかし
「やっぱりこのくらいじゃ効かないか…」
少年は予想通りの結果を確実に黙認する前に走り、魔物との距離を離す。
爆発した魔物の顔面は、その内の闇のような空洞に光る0と1の羅列を点滅らせ、見る見るうちに岩のような外皮を再生させていく。
しかしそのわずかな隙でも少年たちが逃げるには十分な時間稼ぎに…ならなかった。
魔物の姿が消え、まるで初めからそこに有ったかのように少年たちの目の前に立ち塞がった。
「く、邪神の直接干渉か…!!」
少年は再び剣を構え、魔物に今度は何度も砲弾を浴びせる…しかし
「えりうひおrtjtrpjprうぇh87おれーpwhれういw!!!!!!!!!!!!!」
嘲笑うかのような咆哮をあげて魔物は腕を振い、少年の体を弾き飛ばす。
「がっ・・・・」
少年はそのままバグによって変質した植物に打ちつけられ、ガラガラと崩れたブロックの下敷きになる。
「・・・・・・・・・・・・・・・uyoui900999@90088934」
唸り声をあげて魔物は少女に目を向ける。
「ぁ……ァ…………っ!!」
少女は震えて後ずさるが、再び額から血を流した少年が間に割って入る。
「そんな…無茶です、逃げてください!!」
少女はその痛々しい姿に耐え切れなくなり少年に逃げるよう催促する。
魔物の腕はそれでも無慈悲に降りあげられ、息も絶え絶えの少年目がけて高速で振り下ろされた。
・・・・・・ドゴッ!! と、魔物の腕は地面にめり込む。
魔物自身の肩から千切られたかのように、数メートル離れた地面に。
少年の目の前には、拳一つ振り上げた騎士甲冑の男の姿があった。
「上出来だ、アッシュ」
「出鱈目です、カノー隊長」
二人がそう言い交わした直後に、早くも完全再生した魔物が爪を振う。
カノーと呼ばれた男は、後ろに目でもついているかのような後ろ回し蹴りで魔物の腕を受け止め…受け止めるどころか尋常ではない威力で魔物の腕を千切り飛ばす。
アッシュと呼ばれた少年は懐から懐中時計のような機械を取り出してスイッチを入れる。
するとあたり一面の空も、浸食された大地も、景色も、すべてが0と1と光るプログラミング言語の塊へと変換されていく。
『アツィルト界』、プログラムであるイェツィラーの表層を剥がした世界の本質たる光景。
魔物と周囲の存在をアツィルト界に誘い込むことでハッカーからのリンクを断つことで、魔物は著しく弱体化する。
これによって、イェツィラーの人々は魔物の再生能力に対抗できるのである。
「ナイスサポートだ、だが少し余計かもな?」
カノーはそういうと、問答無用で巨大な魔物の顔面付近まで跳び上がり、その正方形の頭部を殴り飛ばす。
「とんだオーバーキルだ」
「687487ghphp89@89ewr[u0-cjhncj[w-000e・・・・・・」
魔物は呻き声をあげてかろうじて千切れずに済んだ頭部を元の位置に戻す…しかしカノーはそのわずかな隙のみを与え
その一瞬の後に、殴る。蹴る。叩き潰す。
メシャッ…と段ボール箱が潰れるような音を立てて、魔物の頭部は一瞬で胴体にめり込んでひび割れる。
「くたばれ!!!!」
カノーが落下速度を付けながら魔物の頭めがけて拳を下ろす。
拳は魔物の頭部を突き抜けてその奥にある紅い宝玉に届く。
そして、その拳が届いた瞬間
パキン という音とともに宝玉は砕け、紅い0と1の羅列となって雲散霧消していく。
「yoo8723p9888801010000100011100000000000000=error..._」
断末魔のような雄叫びをあげて、魔物の体は宝玉と同じように0と1の羅列…否、霧となって霧散していった。
アツィルト界の結界を解除し、再びイェツィラーに戻ってもバグに浸食された大地は元には戻っていなかった。
「ふぅ、満足満足」「……」
本当に満足そうに背伸びするカノーだが、アッシュが無言であることに疑問を抱きその顔を覗き込む。
「どうした?うちどころでも悪くて腹下したか?」
「腹下すわけないでしょうが…いや、この丘も元に戻らないのかと思って…」
「………まぁ、仕方ないさ。12年前の<<大災害>>で先代が死んで以来、次のデバッガが現れない限りバグ地帯は放置するしかねぇ
もっとも、先代のデバッガがあんな死に方したんだ。今代が名乗りを上げるとも限らねぇ
ウィルスを倒しても足止めか憂さ晴らしにしかならねぇ…辛いとは思うがな」
二人は黙って浸食された大地を眺めることしかできなかった…
「あの…」
そんなとき、二人に話しかけたのは先程助けた少女だった。
「ん?どうしたお譲ちゃん」
「私…ちょっと踊ってきます!」
突然にもそう言ってバグ地帯の中心へ駆けだした少女を、アッシュは止めようとする。
「ちょっと、危ないって!また何時魔物が発生するか…ぐえ!?」
しかし今度はアッシュがカノーに襟首を掴まれて止められた。
「な、何するんですか隊長…」「シッ…静かに見てろ」
カノーがそう言って少女の位置を見るようアッシュに促す。
言われるがままに少女を見たアッシュは驚愕に目を見開いた。
ポンチョを脱いだ少女の背中には、小さく折りたたまれてはいたが…解放に歓喜するかのように大きく開いた一対の白く広い翼が生えていた。
その翼をはためかせ、少女は目を瞑る…少女はその閉じた瞳に映る物を感じるがままに
一人にび色の舞台の上で踊り始める
「……・…・・・………・・・・…・・……・・・・・…………♪」
少女は歌う、人間には到底聴き得ない音域で。
しかしその声には不思議と不快感はなく、尚も美しく空間に響き渡る。
カノーはその様を見てアッシュに言う。
「決して彼女に今語りかけるな、彼女を留めるな。
あの子は今、過去のこの草原を見ている…何を言っても耳に届きはしねぇよ…」
カノーの言うように、少女は此処ではないどこかを懐かしむかのように見つめ、歌を紡いでいく。
少女の声に呼応するかのように風が起こる、少女の舞いに付き添うかのように風が舞う
「精神と数式の世界よ聴きたまえ、有と無の狭間に浮かぶ私の声を…聞きたまえ!!」
少女がうわごとのように唱えた言葉に、世界は呼応した。
少女の足元から強い風が駆け巡り、バグ汚染でにび色に染まった大地を円形に一掃する
剥がれ砕けた大地の下には青々とした草が生い茂り、少女の周りから風に吹かれ円形に草原が広がって行く。
その奇跡はアッシュ達の足元をも駆け、周囲の空間は全て緑の草原と化した。
「アッシュよ、騎士どころじゃねぇや。お前今日から英雄って呼ばれるぜ?」
カノーが苦笑いしながら、生まれて初めて見る奇跡を目の当たりにしたアッシュの肩をたたく。
少女は二人に振り向いて告げる。
「フラウ=ニルヴェーナ…です
このデバッガの力を、私達の故郷を護る為に王都まで馳せ参じに来ました…よろしくお願いしますっ!!」
天使のような翅を持つ踊り子の少女…デバッガのフラウは、しどろもどろと緊張しながら確かにそう言って二人に頭を下げた。