第31話 国境からの緊急依頼
黒い結晶をめぐる調査に一区切りをつけたカイゼルたち。
冒険者として次の依頼を探していた三人のもとに、国境付近で起きた異変の報告が届く。
魔物の群れが街道を襲い、さらに角を持つ者たちの姿が目撃されたという。
それは、人間と魔族の対立に関わる事件だった。
カイゼルはまだ知らない。
二千年前、自分の両親が共に戦った人間と魔族が、今では互いを敵として見ていることを。
「国境付近で魔物の群れが出現……か」
冒険者ギルドの受付で、カイゼルは報告書に目を通していた。
報告によれば、王国北東部の国境街道で魔物が急増し、複数の商隊が襲撃を受けているという。
さらに、現場付近では武装した魔族の集団も目撃されていた。
「魔族が魔物を操っている、ってことなのかな?」
リリアが報告書をのぞき込む。
「まだ分かりません。魔物が増えた原因も、魔族が現れた理由も、今の情報だけでは判断できませんね」
セレスは慎重に答えた。
受付の職員も頷いた。
「その通りだ。現段階では、魔族が襲撃に関与しているという確かな証拠はない。ただ、国境付近で魔族の姿が確認された以上、放置するわけにもいかない」
「具体的には、何をすればいいんですか?」
カイゼルが尋ねる。
「まずは街道の状況を確認し、襲撃された商隊の救助と護衛を行ってほしい。魔物の討伐も必要だが、魔族との接触があった場合は、むやみに戦闘を仕掛けないこと。状況の報告を最優先にしてくれ」
職員は三人に依頼書を差し出した。
依頼の目的地は、王国北東部にある国境の街――ヴァルネス。
王国と魔族領を隔てる山脈に近く、両陣営の交易路が交わる場所だという。
「魔族領、か……」
カイゼルは依頼書に記された地名を見つめた。
彼にとって、現在の魔族領は未知の土地だった。
かつての世界では、人間と魔族は互いに手を取り合っていた。少なくとも、カイゼルが両親から聞かされていた歴史ではそうだった。
だが、今の人間たちは魔族を警戒している。
その理由を、彼はまだ十分に理解していなかった。
「カイゼル、受けるんでしょ?」
リリアが尋ねた。
「ああ。現場を見れば、分かることもあるはずだ」
「私も賛成です。困っている人がいるなら、助けに行きたいですから」
セレスも微笑んだ。
三人は依頼を受け、翌朝に出発することを決めた。
◇ ◇ ◇
翌朝。
街の門を出たカイゼルたちは、ヴァルネスへ続く街道を歩いていた。
国境までは、通常なら二日ほどかかる距離だ。
街道沿いには商隊の荷車が行き交っていたが、いつもより人影は少ない。
「国境に近づくほど、商人が減っているみたいだね」
リリアが周囲を見回した。
「襲撃が続いているなら、商人たちが街道を避けるのも無理はないでしょうね」
セレスが答える。
カイゼルは道の脇に目を向けた。
車輪の跡が乱れている場所がある。
さらに、地面には鋭い爪で引っかいたような痕跡が残っていた。
「ここで何かが起きたようだ」
三人は足を止め、周囲を確認した。
街道脇の草むらには、壊れた木箱と、荷車の車輪の一部が転がっていた。
カイゼルは地面に残る魔力の反応を探る。
微弱な魔力が複数、散らばっている。
その中には、魔物が残したものと思われる反応もあった。
「魔物が何匹もいたみたいだな。ただ……」
「どうしたの、カイゼル?」
「魔力の流れが、少し不自然なんだ」
カイゼルは地面に手をかざした。
黒い結晶を見つけた場所で感じた歪みとは違う。
だが、複数の魔力が不規則に重なり合い、周囲に広がっているような感覚があった。
「黒い欠片と関係があるの?」
セレスが尋ねる。
「今のところは分からない。似ている部分もあるけど、同じものだと決めつけるのは危険だ」
カイゼルは周囲を見回した。
草むらの奥には、森へ続く獣道がある。
その先から、かすかな物音が聞こえた。
「……誰かいる」
三人は警戒しながら、ゆっくりと草むらへ近づいた。
すると、木の陰から、一人の男性が姿を現した。
商人らしい服装だったが、衣服は泥と血で汚れている。片腕を押さえ、足元もふらついていた。
「た、助けてくれ……!」
男性はカイゼルたちを見つけると、力なく膝をついた。
「大丈夫ですか!?」
セレスがすぐに駆け寄り、回復魔法を使った。
淡い光が男性の腕を包み、傷口の出血が少しずつ治まっていく。
リリアは周囲を警戒し、カイゼルは男性の呼吸と魔力の状態を確認した。
「ゆっくり話してください。何があったんですか?」
カイゼルが尋ねる。
男性は何度か息を整えてから、震える声で答えた。
「商隊が……魔物に襲われたんだ。護衛が応戦したが、数が多すぎて……」
「魔物はどこへ?」
「森の奥へ……。だが、そのあと、角のある連中が現れたんだ」
リリアの表情が引き締まった。
「それが、魔族?」
「ああ……。俺たちを見ていた。助けてくれるのかと思ったが、何もせずに立ち去ったんだ」
男性は悔しそうに唇を噛んだ。
「魔物に襲われている人間を見捨てるなんて……。やっぱり、魔族は俺たちを敵だと思っているんだ」
カイゼルは黙って話を聞いていた。
男性の言葉には、恐怖だけでなく、魔族への強い不信感が込められている。
だが、魔族がその場にいたというだけで、襲撃に関与しているとは限らない。
「商隊の人たちは、まだ森の中にいるんですか?」
セレスが尋ねた。
「分からない……。俺は逃げる途中ではぐれたんだ。仲間がどうなったのか……」
男性の声が途切れた。
セレスは彼の肩に手を添えた。
「大丈夫です。私たちが探します。今は無理をせず、ここで休んでいてください」
「ありがとう……」
カイゼルは森の奥を見つめた。
魔物の気配が、まだ残っている。
それだけではない。
少し離れた場所から、複数の人間の魔力が感じられた。
その中には、商隊の護衛と思われる弱った反応もある。
「二人とも、森の中へ行こう。まだ助けを必要としている人がいる」
「うん!」
「分かりました。私はこの人に簡単な防護をかけてから追いかけます」
セレスが男性の周囲に薄い防護結界を張ったあと、三人は森へ向かった。
◇ ◇ ◇
森の中へ入ると、地面には争った痕跡が続いていた。
折れた枝。
踏み荒らされた草。
そして、ところどころに散らばる血痕。
カイゼルは魔力の反応を追いながら進んだ。
やがて、木々の向こうから声が聞こえてきた。
「くそっ……! まだ来るのか!」
護衛らしい男性が、短剣を構えて後退している。
その前には、狼型の魔物が五匹。
いずれも通常より体格が大きく、目が赤く光っていた。
魔物の魔力は乱れている。
しかし、これまで黒い結晶の近くで見つけた魔物とは、少し違うようだった。
「リリア、右側を頼む。俺は正面の魔物を止める」
「了解!」
リリアは短剣を抜き、木々の間を素早く駆けた。
一匹の狼が彼女へ飛びかかる。
リリアは身体を低くして攻撃をかわし、すれ違いざまに短剣の柄で魔物の側頭部を打った。
狼が体勢を崩した隙に、リリアは距離を取る。
「よし、まず一匹!」
カイゼルは正面から迫る二匹へ手をかざした。
魔力を練り上げ、足元へ薄い障壁を展開する。
狼たちが障壁にぶつかり、動きを止めた。
その隙に、カイゼルは聖性を使い、乱れた魔力の流れを探る。
魔物の魔力は、外部から何かを与えられたように不自然に高まっていた。
だが、黒い結晶のように、周囲の魔力を吸収しているわけではない。
「……原因は別か?」
カイゼルは魔力の乱れを一時的に抑えた。
狼たちの動きが鈍り、赤く光っていた目の輝きが弱まる。
「今です!」
セレスの声とともに、護衛の男性が後退する。
リリアは残る魔物の攻撃をかわし、脚への素早い一撃で体勢を崩した。
カイゼルは最後の一匹の前に障壁を展開し、魔力を安定させる。
やがて、五匹の狼は攻撃をやめ、警戒するように後ずさりした。
しばらくすると、彼らは森の奥へと姿を消した。
「……助かった。ありがとう」
護衛の男性が、深く息を吐いた。
「ほかの人たちは?」
セレスが尋ねる。
「少し先の岩場にいる。何人か怪我をしていて、動けないんだ」
「すぐに向かいましょう」
三人は護衛の案内で森を進んだ。
岩場には、荷車の残骸と、数人の商人や護衛がいた。
怪我人はいたが、全員が命を失わずに済んでいた。
セレスは一人ずつ傷を治療し、リリアは周囲の安全を確認する。
カイゼルは倒れた荷車や地面に残された痕跡を調べた。
すると、荷車の車輪の近くに、小さな金属片が落ちているのを見つけた。
金属片の表面には、細かな刻印が施されている。
ただし、それは黒い結晶を扱う装置で見つけた円形の刻印とは異なっていた。
カイゼルは金属片を拾い上げ、表面を確認した。
「これは……」
「何か見つけたの?」
リリアが近づいてきた。
「ああ。ただ、今まで調べていたものとは違うようだ」
カイゼルは金属片を魔法収納へしまった。
この襲撃と関係があるのかは、まだ分からない。
しかし、魔物の異常な行動と、魔族が目撃されたという報告。
その二つが偶然重なっただけなのか、それとも何か理由があるのか。
確かめる必要があった。
◇ ◇ ◇
救助した商隊の人々を街道まで送り届けたあと、カイゼルたちは森の入口付近で休憩を取っていた。
「ひとまず、全員無事でよかったね」
リリアが安堵の息をつく。
「ええ。でも、魔物の魔力が乱れていた理由は分かりませんでした」
セレスが考え込む。
「黒い結晶が関係している可能性は?」
「完全には否定できない。ただ、今回の魔力の乱れは、これまでのものとは違っていた」
カイゼルは森の奥へ目を向けた。
「それに、魔族が現れた理由も分からない。商隊を襲ったのが魔族だったという証拠もない」
「でも、商人の人は魔族がいたって言ってたよ?」
「そうだな。だから、直接話を聞いてみたい」
カイゼルの言葉に、リリアは少し驚いたように目を見開いた。
「魔族と話すの?」
「ああ。話をしなければ、何も分からないからな」
セレスは静かに頷いた。
「そうですね。見た目や種族だけで、相手が何を考えているのかは分かりませんから」
その言葉を聞き、カイゼルはかすかに目を伏せた。
二千年前、人間と魔族は共に戦った。
互いに異なる種族でありながら、同じ敵に立ち向かい、平和を築いた。
少なくとも、カイゼルが知る過去はそうだった。
それなのに、今の人間たちは魔族を警戒し、魔族もまた人間と距離を置いている。
何が二つの種族を変えてしまったのか。
その理由を知ることは、彼自身の過去を理解することにもつながるかもしれない。
「まずはヴァルネスへ向かおう。そこで、魔族についての情報を集めたい」
三人は立ち上がり、国境の街へ向かって歩き始めた。
森の向こうには、険しい山々が連なっている。
その先にあるのは、魔族が暮らす土地。
そして、カイゼルがまだ知らない、この世界の現実だった。
第31話を読んでいただき、ありがとうございます!
第2章「人魔対立と迫る戦火」が始まりました。
今回は、国境付近で魔物に襲われた商隊を救助し、魔族の姿が目撃されていることを知りました。ただし、魔族が襲撃に関与した証拠はなく、魔物の魔力が乱れていた原因も不明です。
カイゼルは、相手の種族だけで敵だと決めつけず、まずは事実を確かめようとしています。




