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幼馴染は包み込む

作者: なおい
掲載日:2026/04/02

「あれ、楓じゃん」


 夜九時、近所の公園のブランコに座っている人影に見覚えがあった。

 彼の名は楓。保育園からの朱華の幼馴染で、高校生となった今でも良く一緒に遊んでいる仲だ。


「·······朱華」


 楓の近くまで歩み寄った朱華を見上げ、彼が小さくその名を呼んだ。

 目と目が合い、楓の可愛らしい顔が朱華の脳に投影され、気付く。

 彼の綺麗な瞳が、潤んでいた。


「わっ」


 気付けば身体が動いていた。涙を瞳に溜めた楓の小さな身体をぎゅっと抱きしめていた。

 その朱華の急すぎる行動に楓は一瞬戸惑ったのか身体が強張ったが、すぐに柔らかくなった。


「よーしよーし」


 まずは何も聞かず、楓を落ち着かせる事に朱華は注力する。

 楓の涙の種は朱華も理解しているし、何十回と話を聞いているが、だからと言っていきなり彼の心に踏み込むことはしない。

 優しく囁いてみたり、頭を撫でてみたりして、楓を癒す。人間のスキンシップにはバカに出来ない力がある。

 彼の事情を良く知り、堂々と彼を抱いてやれるのは自分だけだと朱華が自負しているからこそ出来ることだ。


「―――」


 楓は朱華の肩に頭の体重を乗せて黙っている。再び彼の身体が強張る。朱華の背中に爪が軽く立てられている。

 ()()に朱華は何も言わない。楓の気持ちが晴れるまで待つ。


 星明かりを隠す曇りの夜、車通りも滅多に無く環境音もしない静かな時間。――耽るにはピッタリな世界だと思う。

 恐らく楓は『夜の散歩』に出ていた。悩み悩んだ末に外に逃避することを選んだ。

 そして、たまたま夜食を買った帰りに公園を通りかかったところ楓を発見した、といった流れだろう。


「ありがとう朱華、もう大丈夫だよ」


「うん、それなら良かった」


 朱華との抱擁を交わすこと約三分、楓はとりあえず落ち着けた様で、背中に回る腕が解かれる。

 距離が空き、再び目と目が合う。楓の目が赤くなっている様に見えた。


「······まだ恥ずかしがってるの?」


「朱華の距離感が近すぎるんだよ······」


 楓の事は絶対に離さない。抱き合うことは止めても、彼の冷たい手は握っていたい。


「――弱くたっていいじゃない。生きていれば」


「······ありがとう」


『弱さ』、それが楓の心をどうしても蝕んでしまう悩みだった。

 大人達は許してくれない『弱さ』、自ら解決する事が極めて困難な「罪」。それを楓は高校生になってからずーっと気にしていた。


「嫌になっちゃうよね〜。両親も先生も、『しっかりしなさい』っていうスタンスなんだから」


「······あの人達は、()()()()()()()()()()から」


 しっかりしなければ、勉強して学力を付けなければ、強く在らなければ、生きていけない。だから『弱い』のはダメだと、大人達は楓を責める。

 楓も「弱い自分はダメなんだ」と自分で自分を責めている。

 しかしそれは、立場の強い人間達が『弱い』ことを許してくれなかった故に生じてしまった考えだ。


「強く在れる人間なんて、多いわけじゃないのにね」


 学校が辛い、勉強が辛い、苦手な人が居る。誰しもが持っているストレスを、楓は人一倍強く感じてしまうだけだ。

 それだけで、楓を「悪い子」だと決めつけるのは余りにも早計すぎる。


「楓はすごーく優しくて誰かを想いやれる『良い子』なのにね」


「······よくそんなこと平然と言えるね」


「な〜に照れてるの〜?可愛いねぇ」


 現代社会を生きる上で、『優しい』というステータスかプラスになる事は極めて少ないだろう。

 皆『勉強』しか見ていない。勿論、「勉強が出来る」というステータスは生きる上で大きな効果を持つが、何もそこに限定する必要はないだろう。

 彼の『温かい心』だって、考慮すべき立派な長所だ。


「つまり、間違ってるのはこの世の中······?」


「······そうだね」


 流石に飛躍しすぎだとは思うが、朱華も楓も、そんな考えを持ってしまっている。

 皆が『当たり前』だと思っているモノが朱華の大切な人を苦しめ、泣かせ、少しずつ『死』へと追いやっている。

 彼を覗こうとせず、頭ごなしに否定し、優しく包み込んでやれない人間達が、朱華は憎かった。


「わっ」


「私はいつだって、楓の味方だよ」


「······うん」


 彼には味方が居ない。皆彼の『弱さ』を包み込んでやれない。だから、朱華だけは彼の味方で在りたいと願った。

 自分を肯定してくれる人が居るというのは、物凄く心強いのだ。「こんな自分でも生きていていいんだ」と思えるし、『敵』に反発出来る余裕を生むことも出来る。

 だから朱華は楓の『味方』になって、彼をずーっと側で支えていく。


 彼を救えるのは、自分しか居ないから。


「もうちょっと、お話していこ?」


「――うん。ありがとう」


 抱きしめられる楓の声音は、震えていた。

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