前編
「ふあ~あ。よく寝たぁーっ」
大木の幹に寄りかかり、座りながら大きなあくびを噛み殺し、首をポキポキ鳴らしながら両腕で伸びをする。
そして目をしょぼしょぼさせ、右手で目をこすりながら立ち上がる。
すると俺の目の前に濃い緑色の視界が広がっていた。
「森?……」
周りの景色を眺めながら思わずそんな感想が口から洩れる。
「ってちょっと待てよ? 森? 確か俺は道路崩落に巻き込まれたはずだったんだが、足元が崩れてそれなのにどう考えても森だよな? 一体全体どうなっているんだっ⁉」
そんな言葉がつい口をついて出る。
「ここはいったいどこなんだぁーっ⁉」
俺の悲痛な叫び声が森に響き渡った。
十分後。周辺を見回してみても森という景色と情報以外全く頭に入ってこなかった俺は、ある仮説を思考する。
「これってもしかして、小説によくある異世界転移ってやつなのか⁉」
そうどう考えてもそれしか思いつかなかった俺は、異世界転移もののお約束をいろいろ試してみることにした。
右腕を前に出してキーワードを口にする。
「まずはステータスオープンッ」
すると俺の目の前に半透明の板が現れた。
俺のステータスを見てみるとこうだった。
スキルなし
魔法なし
職業中年ニート時々アルバイター
このステータスからして、どうやら俺には異世界転移特典は存在していないようだった。
「ならばこれはどうだ?」
俺はまた右腕を前に出して手の平を開いて力強い言葉を口から紡ぎ出す。
「ファイヤーボールッ!」
しかしダメもとで試した俺の右手からは、火の玉はおろか火の粉すら現れなかった。
この事実からして、やはり俺に転生もとい厳密にいうと、異世界転移特典はないらしいことが判明した。
俺はいきどおった。
転移特典がない転移者の末路などたかが知れているからだ。
「どうしよう……」
絶望に暮れる俺。
その時だっガサガサと茂みが揺れたのは。
「なんだ」
こちらの世界の名称は分からないが、よくゲームや異世界ラノベ物で出てくる真っ白な毛に全身を覆われた全長三十センチほどの額から角をはやしたウサギだ。たぶんラノベなんかでよく見かける初級の魔物、角ウサギだ。
可愛い。実物はフワフワのモコモコでとても愛らしいフォルムをしてらっしゃる。
角さえなければまるでウサギだ。
「おーよしよし怖くないぞーこっちっこっちおいで」
角ウサギのあまりの可愛さに、ついつい猫なで声を出してしまう。
ここでウサギが近づいてきたまではよかったんだが、あと一歩で手が触れると思った瞬間ウサギは小さな牙をきらめかせ、額の角を俺のほうへ向けて突進してきた。
「なっ⁉」
さっきまで大人しかったウサギの豹変ぶりに驚きを隠せない俺は、無防備にウサギの角につかれそうになってしまうが、とっさに何とか身をひねってかわすことに成功していた。
「なっなっなっウサギさんが攻撃してきた⁉」
予想外の恐怖に俺は一目散に逃げだしていた。
角ウサギ怖い。角ウサギ怖い。早く逃げなくては。
がむしゃらに走る。
そうこうしているうちに何とか森を抜けだしていた。
街道があった。その先に町も見える。
とりあえずこのままここにいても仕方ないと思った俺は町に行ってみようと考えた。
問題は言葉が通じるかどうかだな。
道を進み町に近づけば近づくほど露天商やバラックでできた小屋が目に付くようになる。
この様子からして、町の周りには何らかの理由で街に入れない者たちや街道を行き交う人々を相手に商売をしている人々がかなりの数いるようだった。
町は五メートルほどの城壁が囲んでいて、しっかりとした石でできた城門の左右に四人ほどの門番が槍を手にして立っていた。
言葉が通じるかどうかわからないが町に入る門に並んでいる人たちの最後尾につき、俺の順番が回ってきたときに、ええいままよと意を決して話しかけてみた。
「町に入りたいんですが」
「身分証は」
「身分証?」
聞き返す俺に対して門兵と思われる門番はめんどくさそうに返してくる。
「冒険者ギルドのギルド証。つまり冒険者カードか商業ギルドのギルドカード。または治癒士のギルドカードだ。ただの町民なら町が発行している住民証だ」
「何にもないんですが」
「なら通行料銅貨二枚だ」
「これじゃダメですかね?」
財布から紙の紙幣や五百円玉を見せる
「ん。なんだこの紙っ切れは? それにこの銀貨に似ているがこのような硬貨この国では使えないぞ? この国エゼル王国が発行しているエゼル硬貨でないとな」
「どうにか通れませんかね」
「身分証も金もないのではどうしようもないな。」
「そこを何とか」
「帰れ帰れしっしっ」
犬のように追い払われる。
そんなこんなで俺が途方に暮れていると、見かねたのか、ほかの兵士が声をかけてくる。
「おっさん。あんたが通ってきたバラックの中に冒険者ギルドの出張所があるから、まずはそこで冒険者登録をして身分証を手に入れるんだな。見ればわかると思うが剣と酒樽の絵が描いてあるからすぐにわかるはずだ」
「わかりましたありがとうございます」
俺は親切な門番さんに礼を言うと、門番さんのアドバイスに従って通ってきたバラック小屋が並んでいる通りへと向かった。
バラック通りには、色とりどりの小屋が並んでいた。
この様子からして、個々のバラックは日常化していて、もう何年も経っているようだった。
少し歩くと、剣と酒樽を模した看板が目に入ってくる。
ここが冒険者ギルドの出張所か。
俺は意を決して冒険者ギルド出張所の門をくぐることにした。
冒険者ギルド出張所の中は酒場と共用しているようで、そこかしこの木のテーブルに酔っ払いが酔いつぶれている光景が目に入って来た。
そんな中で俺は受付と思わしき場所を見つけると、一歩づつ近づいて受付カウンターにいる受付嬢と思わしき人物に声をかけた。
「あの冒険者カードが欲しいんですが」
「はい冒険者登録希望の方ですね」
ウサギ耳をした獣人の娘さんが対応してくれた。
ケモ耳だ。ぜひもふりたい。
「はい」
「冒険者登録は初めてですか?」
「はいそうなります」
「ではまず適性診断をしますね。この水晶球に手をかざしてください」
「はい」
俺が透明な水晶球に手をかざすと、水晶球が真っ白な光を放った。
「治癒魔法の適性がありますね」
「治癒魔法ですか」
「はい。俗にいう治癒士、冒険者でいうところのヒーラーというやつですね」
「ヒーラーですか」
「はい。高位の治癒士やヒーラーなどは中々いないので成長すれば引く手あまたですよ♪」
「なるほど、では今は」
「う~ん。初級ヒーラーは初期呪文のローヒールしか使えませんから、中々パーティに組み込まれにくいんですよね~」
つまり地雷か。
これは少しどころか大いに困ったな。どうするべきか?
「どうします? パーティに組み込まれるのを待ちますか? それともソロでできる依頼を受けますか?」
「とりあえず町に入りたいので身分証の発行をしてもらえませんか?」
「身分証ですかわかりました。銀貨二枚になります」
「あのお金がないんですが」
「銀貨二枚もですか?」
「はい恥ずかしながら」
「本当に駆け出しなんですね。だとしたらまずは仮の身分証を発行します。この身分証は町に入ることはできませんが、冒険者ギルドのGランクの依頼だけなら受けることができます」
「Gランクですか?」
「はい最下級ランクの証ですね。この証を使って、お金を貯めてギルドカードを手に入れてくださいね」
「わかりました。ではそれでお願いします」
「はい。ではGランクの依頼をいくつかご紹介しますね」
棚の下からいくつかの紙を出してくる。
「まずこれが薬草採取ですね。依頼を完了するには薬草十束納品が条件で、これがパン屋さんのゴミ出し、要するに下働きの依頼ですね。あとは、犬の散歩などですかね? どれも達成報酬は銅貨二十枚になります」
「あの薬草採取とかいうのは、どうやって薬草を見分けるんですか?」
「う~ん。そうですねぇ。この見本の紙を見ながら薬草かどうか見極めていただきます」
うさ耳の受付嬢さんが丁寧に見本の紙を見せてくれる。
「なるほど、あとモンスター(角ウサギ)ってでませんよね」
「はい。草原はバラックの近くにあるので野生動物(角ウサギ)以外は出ませんよ」
よかった。草原に角ウサギはいないんだ。報酬は安そうだが、それなら受けることにしよう。
「では薬草採取でお願いします」」
「はい。では薬草はバラック通りを出た先の草原に生えていますから、そこで採取してくださいね」
「はい。わかりました」
「あっそうそうくれぐれもゴブリンやコボルトが出るので、森には入らないようにしてくださいね」
ゴブリンにコボルトか。どうやらこの世界にはあの凶悪な角ウサギ以外にも、俺の知らない異世界の魔物みたいなものがいるらしい。少し注意しなければ。
「わかりました」
「あっそういえば自分の適性は分かったんですが、適性がなくても魔法とかスキルとかって身に着けることは可能なんでしょうか?」
「適正によるところが大きいのは確かですが、魔法やスキルは努力次第では身に着けることは可能ですよ」
よしそれならこの世界で生き抜くために少しづつでも覚えていこう。
「ちなみに魔法やスキルってどうやって使うんですか?」
「魔法やスキルの使い方ですか? 私は魔法使いでも剣士でもありませんので何とも言えませんが、普通の魔法使いさんなら、呪文詠唱とか。治癒士さんなら神に祈りをささげるとかですかね」
「呪文詠唱ですか? 例えばどういう呪文詠唱ですか?」
「そうですね……。世にあまねく精霊たちよ我が魔力を糧に彼の者に癒しの奇跡を起こしたまえ! とかですかね」
「なるほどわかりました練習してみます」
にしてもゴブリンにコボルトか。ファンタジーとかでよく出てくる俗にいう人にあだなすモンスターだ。まだレベル一みたいなもんだし、極力森には近づかないように気を付けないと、いきなり詰みになっちまうからな。
そんなことを考えながらバラック通りを抜けて草原にでた俺は薬草採取を始めた。
「う~ん。これか? いやこっちか?」
薬草の姿が描かれている紙とにらめっこしながら、草同士を見比べる。
「こっちのは葉が丸すぎるし、こいつは葉がギザギザすぎる」
そうこうして何とか薬草を集めていると不意に、草むらがガサガサと動き始めた。
「確か動物が出るって言ってたな? モンスターでなければ襲ってこないだろう」
俺が楽観視していると、草と草の間から何かがが飛び出してきた。
「ぎぃ人間……殺す」
錆びた鉈を振りかぶってくる。。
「やられる⁉」
俺が反射的に両腕をクロスさせて顔を覆う。
ドサッ鉈を振りかぶった体制で前のめりに倒れる。
「へっ⁉ 死んだ……」
モンスター同士の争いか冒険者にでもやられたんだろう。多分血まみれのこの状態からして、このままだと死ぬな。
「死……に……ない」
「ん?」
「死に……た、ぐ。なひ……」
「ん……」
俺を殺そうとしといて自分は死にたくないとかよく言うよな。
ハァ。
「だが、命は命……か。試してみるか」
小学六年生ほどの細マッチョな緑色の肌をしたゴブリンを仰向けにする。
「肩から腹にかけて切られていて血がすごいな。これは早く処置しないと手遅れになるな」
でも俺にやれるか? いくら冒険者ギルドで治癒士やヒーラーの適性があるって言われていても、初めて使うヒールだ。
ま、だめで元々だ。やってみるか。
俺は意を決して、ゴブリンの傷口に両手を置いて集中する。
「ローヒール」
何の反応もない
「やっぱダメか?」
もう一回よく集中して、
「ローヒール」
ポワンッ光が手の平から漏れる
「おっ今のいいんじゃね。もう一度だ」
今度は詠唱をつけ足して集中。
「大地に住まう精霊たちよ。我が呼びかけに答え、彼の者に癒しの奇跡を起こしたまえ、ローヒール」
ポワワワンッ
ゴブリンの傷口にかざした手の平から白い優しい光が生み出された。
すると、みるみるというほどではないが少しづつ傷口が塞がっていく。
「とりあえずこれでよし、と」
ゴブリンがこれ以上血を流さないように傷口を塞いだ俺は、誰にも見つからないようにゴブリンの身体を、できるだけ長い下草が生い茂るほうに引きずっていく。
「ま、ここに置いとけば気が付くまでは誰にも見つからないだろう」
そうしてゴブリンの身体を下草に隠した俺は街へ帰ることにしたのだが、その時草花がカサカサ動き始めた。
そして、草花の間から飛び出してきたもののフォルムを見て俺はつい声を上げてしまう。
「角ウサギ⁉ いないっていってたのにどうして⁉」
逃げるしかねぇっ俺は刈り取った薬草を手にすぐさま町へととんぼ返りしていた。
「ハァハァハァ受付のお姉さんっお姉さんっ」
「そんなに息を切らしてどうされましたか?」
「角ウサギッお姉さんが言ってた草原に出ないって言っていた角ウサギが草原に出ました!」
「角ウサギ? ああホーンラビットのことですか?」
「多分そうだと思いますっそれが出たんですよ草原に!」
「そりゃホーンラビットは野生動物ですからでますよ」
「へ? 角ウサギもといホーンラビットってモンスターじゃないんですか⁉」
「違いますよ。それから彼らの生息地は森と草原ですよ。薬草採取なら出会ってもおかしくありません」
「あんなに凶暴なのにモンスターじゃないんですか」
「ええ違います。それよりゴブリンやコボルトには遭遇しましたか?」
ここで出会ったなどと言ったらゴブリン討伐依頼が出てしまうかもしれないから言うのをやめておこう。せっかく助けた命だしね。
「いえ特に問題ありませんでした」
「そうですか? では早速薬草の確認に移行しますね、二つ隣の換金窓口においでください」
「薬草が十一個に雑草が六個ですね。一応依頼は達成となります。こちらが報酬の銅貨二十枚になりますね」
「はい。それとあの食堂ってどこかにありますかね? それとどこか格安で泊まれる宿とかはありますか?」
「食堂なら安くておいしくって量もあるギルド経営の食堂がいいですね。あと宿屋は銅貨二十枚だと泊まれるところがありません」
「え、だとしたら自分はどうすれば……」
「大丈夫ですよ。そういう駆け出しの人たち様に、ギルドに併設されている修練場で寝泊まりできますから」
「修練場?」
「はい魔物と戦う訓練をする場所を貸し出しているんです」
「あの修練場で訓練や寝泊まりするのって無料ですか?」
「はい低レベル冒険者さんたちの生存率を上げるための仕組みですから、どなたでも無料でご利用いただけますよ」
「ではご飯を食べた後に使いたいのですが」
「はい大丈夫ですよ」
そうあの時ホーンラビットに遭遇して逃げ帰ってしまった。せめてモンスターにやられないように長生きがしたい。そのためにはせめて自衛できるだけの力は欲しい。そのための訓練をしようと思うのだ。
こうしてこの世界での俺の午前中は薬草採取。午後は訓練という予定が決まった。
がその前に飯だ。
ギルドに併設している飯屋に注文をする
「今日の定食で」
「はいよ銅貨五枚だよ」
俺が銅貨五枚を支払いしばらくすると、生姜焼きみたいなものに黒パンが一つついた定食が目の前に置かれた
生姜焼きを食べる。黒パンは固いが水に浸しながら食べた。
やはり俺の居た世界と比べると味は落ちるが、それでもうまいほうなのだろう。食堂は盛況だった。
さて飯も食ったし、修練場に行ってみますか。
とりあえず俺は修練場への道がわからないので受付嬢に聞いてみる。
「あの修練場ってどこにありますか?」
「ギルドの裏手にありますよ」
「わかりましたありがとうございます」
丁寧にお辞儀をして礼をする。
修練場についた俺は自主練をすることにした。
木の箱に放り込まれている木剣を手にして素振りをしてみた。
「おもっ木でも重たいんだな」
というのが率直な感想。
「とりあえず素振り千回一、二、三、……十五……三十ぅハァハァハァハァたった数十回ふっただけでこれかよっ体力ねえなぁ俺」
だがここでやめるわけにはいかない。俺は腕がプルプルするなか素振りを続けた。
「九十九……百! もうだめだ」
腕がプルプルしながら素振りをして、腕が限界に達した俺は大の字に地面に横たわりながら木刀を手放した。
「ふぃー素振りって思ったよりきついのな。だがこんなことぐらいで休んでいるわけにはいかない次はローヒールの特訓だっローヒール。ローヒールと」
し~ん。
「う~ん。やっぱさっきのはまぐれだったのか? もう一度ローヒール」
ポワッ
「おっ少し出たっ次はさっきみたいに詠唱をしよう」
俺は精神を集中させる。
「大地に住まう精霊たちよ。我が呼びかけに答え、彼の者に癒しの奇跡を起こしたまえ、ローヒール」
ポワワワンッ
「やった使えた! ローヒールが使えた! よしこの調子でガンガンいくぞ!」
それから数時間、俺はローヒールの訓練をした。
そのおかげでもあってか、ローヒールはかなりの確率で使えるようになっていた。
「ふぅもう日も落ちてきたし、今日はこんなもんでいいかな?」
すっかり日も暮れ始めた修練場の片隅で、俺は自分の甘さに活を入れる。
「いいや駄目だ! このままじゃ駄目だ! このままじゃここに来る前とおなじになっちまう!」
パンパンッ両掌で両頬を叩き気合を入れる。
「甘さは弱さだっ自分のためにも人のためにもよくねぇ!」
俺は現実世界にいたころと同じように、自分で作った座右の銘を思い出しながら自分に活を入れた。
ここは現実だ。死が隣り合わせの世界だ。この油断一つが命取りになっちまう。死にたくなければ人より多く努力し、より大きな力をより多くの選択肢を手に入れるしかねぇ!
そう覚悟を決めた俺は日が傾き真っ暗になる前にともされたかがり火の近くまで移動すると、再びそこでローヒールの訓練を開始した。
「う~ん眩しい」
どうやらローヒールの練習に夢中になっていつの間にか眠ってしまっていたらしい。
しかしローヒール一つを夢中になって修練していたおかげで、詠唱さえすれば百発百中でローヒールは発動できるようになっていた。
「さてとローヒールは何とかものにしたし、素振りでもするか」
そう思ってその場で立とうとするも、立ち上がることができなかった。
その原因は皆知っての通りの筋肉痛だ。そう運動不足の俺の身体はたったの素振り百回で悲鳴を上げたのだった。
「くそっ困った。これじゃローヒールの呪文詠唱以外の修練が何もできないぞ」
困った俺は考えを巡らせる。
「ん。待てよ。ローヒール。もしかしたら……」
と思った俺はもしかしたらを実践してみることにした。
「大地に住まう精霊たちよ。我が呼びかけに答え、彼の者に癒しの奇跡を起こしたまえ、ローヒール」
いつもは何もない虚空に向けてローヒールを放つのだが、それを俺は自分の体に向かって放ってみたのだった。
つまり体の傷を治すことができるのなら、筋肉痛は体の筋繊維が傷ついてできると聞いたことがある。もしそれが本当だったら、筋肉痛の原因である筋繊維を治すことができるのなら、体の疲労もローヒールで治るのではないかと思って、俺は自分で自分にローヒールをかけてみることにしたのだった。
効果はてきめんだった。ローヒールのおかげで俺の身体はみるみる筋肉痛が癒されて、いつもの調子を取り戻していった。
もしかして、このやり方を利用すれば素振り千回も夢じゃないのでは? 俺はふと思いついた考えを実際に移すことにした。
俺の考えはこうだ。素振りで疲労した筋肉痛になる前の壊れた筋肉をローヒールでなおし、また素振りを再開するというやり方だ。このやり方が正しければ俺は筋疲労を起こすことなく永遠に素振りを続けることができるはずだからだ。
そのことに気が付いた俺が修練場の片隅で素振りをやっていると、声が聞こえてきた。
「おいっまだやってるぜあのおっさんっ」
「ああ、素振りなんかしたって何にもなんねぇのにな」
「そうそう所詮才能がものをいう世界だからな。最初の段階で魔法やスキル持ちでないと大成しないってのに、ただの治癒士の才能しかないのによくやるぜ」
「だよな」
「おいおっさんもしヒールが使えるようになるか、素振り千回出来たら俺らのパーティに荷物持ちとして入れてやるよ!」
「そうそう」
「そうなったらな」
それだけ言うと、男二人女一人の三人パーティっぽいやじ馬たちは去っていった。
少しばかり鼻につく言い方をされたが、俺は黙って聞き流していた。
なぜなら彼らの言うことは、この世界の道理だと思ったからだ。
強ければ生き弱ければ死ぬ自然の摂理だ。
それがこの世界なのだろう。
とりあえず早朝訓練を終えた俺は、銅貨五枚でギルドの食堂で朝飯を食ってから薬草採取クエストに出かけた。
昼頃薬草採取クエストから帰った俺は、また訓練を開始した。
そうして三日が立ち、俺が素振り千回を出来るようになったころ。俺は剣術スキル1と、無詠唱のローヒールを覚えていた。
そして今の俺の所持金はこうだ。三日分の稼ぎが銅貨六十枚。一日三食飯代が銅貨十五枚。三日分の食費が合計銅貨四十五枚。残りが銅貨十五枚だ。
銅貨は一枚百円ぐらいの価値だから、一日銅貨五枚貯蓄するとして冒険者カードは銀貨二枚だから冒険者カードを手に入れるには、単純計算であと四十日はかかる計算だ。
「結構時間かかるな」
まぁその間は己を鍛えなおす時間にしてしまえばいいさ。けどいい加減自主練ばかりだと訓練が単調になりがちだ。モチベーションを保つためにも何とかしなくては。
そういえば戦闘訓練とかってギルドで受けられるのだろうか? 受付嬢さんに聞いてみよう。
「戦闘訓練ですか? 街中の冒険者ギルドに行けば簡単な戦闘訓練程度ならやっていますが、本格的な戦闘訓練となると、隣町の中にある大きな冒険者ギルドに行かないとやっていませんね」
「戦闘の基本を教わりたいので簡単なものでいいんですけど」
「それでしたら町の冒険者ギルドの修練場に訓練官がいますので、その方にお願いしてみたらいいと思いますよ」
「それって有料ですか?」
ここは大事なところだ。なぜなら今の俺の稼ぎは朝昼晩とギルドの食堂で飯を食ったら残金が銅貨五枚しか残らないのだから。
「修練場の目的は新人冒険者の育成になりますからもちろん無料ですよ」
「よかった」
「確かに訓練は無料なんですけど、今はやっているかどうかわからないんですよ。」
「わからないって、理由をうかがっても?」
「人が集まりません」
「人が?」
「はい。新人冒険者は日銭稼ぎで忙しく訓練する暇がありません、たいていは飲み食い分を稼ぐので精いっぱいのその日暮らしで、訓練をする余裕がないんです」
「なるほど。じゃあもし訓練を受けたいなら町の冒険者ギルドに行ってみないとわからないってわけですね?」
「そうなりますね」
「情報ありがとうございました」
「いえそれでは自主訓練頑張ってください」
「はい」
俺はそれだけ受付嬢さんにお礼を言うと、午後の訓練をこなすことにしようとしたが、あることを思い出して聞いてみることにした。
「あのもう一つ質問だあるんですが」
「なんでしょう?」
「治癒士ってローヒール以外の魔法ってあるんでしょうか?」
「あっもしかして。ローヒール覚えちゃいました」
「はい何とか」
「それでしたら次はヒールかキュアを覚えるのがいいと思いますよ」
「ヒールとキュアですか?」
「はい簡単に説明しますと、ヒールはローヒールの上位互換で傷口がふさがる速度が上がり骨折程度なら治すことが可能になります。で、キュアは毒や麻痺を治すことができるようになりますよ」
「ヒールにキュアですか。わかりました頑張って覚えてみます」
「はいそうしてください。ヒールとキュアさえ覚えてしまえばパーティを組んでもいいという冒険者さんもいますので」
「はい頑張ってみます」
俺はヒールとキュアの特訓を開始した。
「ヒール」
ポワンッ
「キュアッ」
ホワワンッ
「う~ん一応発動するにはするけどきちんと効果が出せているようにはみえないな」
やっぱよう特訓だな。ただ二個動時に覚えるのは効率が悪いので俺はとりあえずヒール習得に時間をかけることにした。
そうしてまた三日の時間が流れる。
俺はヒールの無詠唱を覚えた。
俺の手持ちも銅貨三十枚に増えた。
ヒールを覚えた俺はさっそくパーティを組むことにした。
なぜなら自分一人では限界を感じていたからだ。
「受付のお姉さん。パーティを探してほしいんだが」
「あっヒール覚えたんですか?」
「ああ、なんとかな。キュアは練習中だがヒールはできるようになった」
「そうですかそれならパーティメンバーが見つかると思いますよ」
俺が受付嬢さんにパーティの仲間募集を頼んでいると、聞きなれた声が近づいてきた。
「おいおっさんっあんたヒール使えるようになったんだってな。なら約束通り俺たちの荷物持ちとして使ってやるよ」
腰にロングソードを刺している十代と思わしき少年が声をかけてくる。
「そうそうあたいらがあんたを使ってやるよ」
先端に小さな赤い宝石のついたロッドを持った赤い髪の長い少女が続く。
「だな」
最後に短い髪を逆立たせ、背中に大きなリュックを背負い槍を持った少年が口を開いた。
「どうしますか? パーティへのお誘いお受けしますか?」
受付嬢さんが聞いてくる。
「ん、ああ。どうしようか?」
「う~ん。できればあまりお勧めできませんが」
耳打ちしてくる。
「なぜだ?」
俺も受付嬢さんにぎりぎり聞こえるぐらいの小声で返す。
「Eランクパーティ風の牙は、特に新人つぶしという呼び名が付いていまして、あまり評判がよろしくありません」
「新人つぶし……ねぇ」
「どーすんだおっさんっ早くしねぇと閉め切っちまうぜ」
「ジェイドそのおっさんうちらと組みたくないんじゃね?」
「そんなことあるわけないだろ? 荷物持ちとはいえ将来有望な俺ら風の牙に入れてやろうって言ってるんだからよ、なぁクラマ?」
仲間の肩を抱きながら言う。
「そうだぜジェイドの言う通り、俺らのパーティに入りたくないわけないわななぁクリス」
「ええそうよっそうよっあたいたち風の牙に入りたくない奴なんていないんだからっ」
「ああわかったわかった入ってやるよ」
「よろしいんですか?」
「ああ、どうせいつかはどっかのパーティに入らなければいけないんだし、それなら早いほうがいいからな」
もしこいつらの誘いを断って逆恨みされて、変な噂でも流されたらどこのパーティも入れてくれない気がする。それに、こいつらの性格からして俺が入らない限り騒ぎ立てるだろう。そうすると受付嬢さんにも迷惑がかかると思った俺は渋々ながら了承することにした。
「あ~なんだ俺の名前は太一だ。よろしく頼む」
右手を出して握手を求めた。がパシィと握手を求めた手は弾かれた。
「何図に乗ってんだよっお前は俺らの荷物持ちっ単なる荷物持ちが俺と握手しようたぁ百年早えっちっとはわきまえろ!」
「そうよそうよあたいたちとあんたが同格だと思わないことね!」
腰に手を当ててまるで貴族が平民を相手にするかのように見下してきた。
「わかったならおっさん。そらよっ」
巨大なリュックを投げ渡される。あまりの重さに俺はよろよろとよろついてしまった。
「これが俺らの荷物だ。こいつを持ってついてきな」
「うわッと結構重たいな」
「なんだもうへばったのか? これだからおっさんは使えねぇ」
「そうそうしっかりしなよおっさん」
「ああ、悪い」
今回はさすがに俺が悪かったと思うので謝る。にしてもこんなに冒険者の荷物が重いとは思わなかった。こりゃ修練場で素振りをやってなかったら持てなかったんじゃないか?
「さて行くぞおっさん」
「行くってどこにだ?」
「Eランククエスト森の中のゴブリン退治だ」
それから俺たちは冒険者ギルド出張所から草原へ向かい。草原から森に向かって歩きながら話し始める。
「なんでもあるEランクパーティがボス格のゴブリンに致命傷を与えたらしいんだが、逃げられちまったんだとよ」
「今回はその傷ついたゴブリンの探索及び退治が依頼だ」
「そうそうわかったおっさん?」
ゴブリン退治。しかもボスゴブリン退治か。ゴブリンは確か魔物だ。退治なんかできるのかこいつらに。
「なんかおっさんのその面、俺ら風情にゴブリン退治なんかできるのかって言いたそうだな?」
「そんなことは思ってないさ。ただ魔物であるゴブリンをたった三人で相手できるのかなぁと思ってな」
「その点なら問題ねぇ。こう見えても俺ら新進気鋭の風の牙は、もう何度もゴブリン退治をしているからよ」
「そうそうおっさんは黙ってあたいらの後ろからついてくりゃいいんだよ」
「ああわかった」
ここまで来ちまったんだ。今はこいつらの実力を信用するしかない。
俺はそう決めると、余裕しゃくしゃくで俺の前を歩いていく若き冒険者たちの後をついて森に分け入っていった。
しばらく森の中を歩いていると先頭を歩くジェイドが静かに声を上げた。
「ゴブリンだ。皆戦闘態勢に入れ」
腰に差しているロングソードを引き抜くジェイド。
「おう」
槍を構えながら返事を返すクラマ。
それに応じるかのようにクリスも頷きながらロッドを構える。
俺はリュックをつかむ手の平に力を込めて、草葉の陰からゴブリンがいると思わしき方向をのぞき込む。
居た。木に隠れてよく見えないが小学三年生ほどの人間の子供の様な背丈をした頭に小さな一本ヅノを生やし、緑色の肌をしたまるで小鬼みたいなものを視界にとらえた。
あれがゴブリンだろう。俺は二度目に見るゴブリンを視界にとらえながら恐怖を覚え息をのんだ。
「クリスは遠距離から魔法で攻撃、クラマは中距離から槍でけん制。そこに俺が突っ込む」
「わかった」
「オッケー」
「大気を漂うマナよ、我が呼びかけに答え小さき火種を我に与えたまえ……」
呪文詠唱を終えたクリスがジェイドのほうを向きながらこくりと頷く。
どうやらクリスは魔法の準備ができたらしい。
「よし行くぞクラマッ」
ジェイドがクラマと頷きあう。
そして、
「行けクリス!」
ジェイドがクリスに合図を送る。
クリスが魔法を解き放つ。
「スモール・ファイヤーボール!!」
するとクリスのもつロッドの先端から拳大の炎の塊がゴブリンに向かって打ち出される。
拳大の炎の塊はゴブリンの顔に着弾して、周囲に炎をまき散らす。
そこへクラマの槍がゴブリンの脇腹をかすめ、ジェイドが気合の声を上げながら切り込んでいった。
「ハアアアッ!!」
ザシュウウウッとクリスのスモール・ファイヤーボールとクラマの槍に気を取られていたゴブリンは、ジェイドのロングソードにわき腹を切り裂かれていたのだった。
その場にくずおれるゴブリン。
「よしっ俺たちの勝ちだ!」
ジェイドがロングソードを天に掲げて勝ち名乗りを上げる。
「やったなジェイド!」
「やったわねジェイド!」
クラマとクリスがジェイドの勝ち名乗りに乗っかり、ジェイドに駆け寄る。
「ギィッ人間め……」
「まーだ生きてやがったか?」
ロングソードを振りかぶりゴブリンの首筋目掛けて振り下ろした。
「止めだ!」
だがジェイドのロングソードがゴブリンののど元にたどり着く前に、どこからか飛来した矢によって弾かれる。
「なんだ⁉」
「どうしたジェイド」
「いったいなに」
ジェイドたちが辺りを警戒する。
次の瞬間森のそこかしこから現れたのは、錆びた剣や槍、弓矢で武装した十体以上のゴブリンたちだった。
「な⁉ いつの間に⁉」
知らぬ間に周りを取り囲まれていた俺は声を上げた。
「くそがっこのゴブリンは俺たちをおびき出すための囮だったのかよ!」
ジェイドが憤る。
「どうするジェイドッこのままだとまずいぞ!」
焦燥感にかられたクラマが声を荒らげる。
「そうだよジェイドッ早く逃げないと!」
クリスは不安そうにジェイドのほうを見つめる。
「よし作戦Bだっクリスの魔法でゴブリンたちを混乱させたのち、俺が突破口を開くっみんなついてこい!」
「おう」
「わかったわ」
クリスが呪文詠唱を開始する。
「大気を漂うマナよ、我が呼びかけに答え小さき火種を我に与えたまえっスモール・ファイヤーボール!!」
クリスの繰り出したスモール・ファイヤーボールは、一番手薄と思われるゴブリンたちの壁に向かって飛んでいくと、ゴブリンにぶち当たり周囲に火の粉をまき散らした。
「ギャギャッ⁉」
魔法に驚いたゴブリンが手にしていた剣を地面に落とす。
「今だ! 行くぞっ風の牙!」
ジェイドは掛け声とともにひときわ手薄になったゴブリンたちの壁目掛けて突進をかけた。
ジェイドのおかげで何とかゴブリン包囲網を突破することに成功したが、追手を振り切ることには失敗した。
「まずいジェイドやつら追ってくるぜっ」
クラマが言えばクリスも口を開く。
「ジェイドこのままだとまずいよっ」
「こうなったら奥の手を使うしかねぇなっおいおっさん!」
ジェイドが最後尾を走る俺に声をかけてきた。
「なっなんだ」
俺は息を切らせながら答える。
「このままだと追いつかれるっ俺たちがしんがりをつとめるからおっさんは先行してくれ!」
「ああわかった」
俺が速度を上げようと足に力を籠めた瞬間だった。俺の足が空中を空回りしたのは。
そうジェイドたちと入れ替わる瞬間を狙って、ジェイドが俺の足を引っかけてきたのだ。
「なっ⁉ いったい何を⁉」
「わりいなおっさん。おっさんには俺らの殿を務めてもらう」
「なっそんなの無理に決まってるだろ⁉ 俺は戦う武器すら持ってないんだぞ!」
俺がジェイドに文句を言うが時すでに遅く、ジェイドたち風の牙のみんなの背中は森の木々に隠れて見えなくなっていた。
「くそがあああっっっ」
俺は悲痛な雄叫びを上げると、背負っていたリュックを放り捨てて全力疾走を開始した。
駄目だ。乳酸がたまってもう思うように足が動かない。
俺はその場に倒れてしまう。
そして俺は俺に追い付いてきた武装したゴブリンたちに囲まれて捕獲された。
そして木で出来たかごに入れられた俺は、ゴブリン集落まで連行されて行った。
俺の連れていかれた森の中の開けた部分にあるゴブリン集落は、草木で造られた小屋や木のうろで造られた家が点在していた。
そして俺の入っている木のかごを囲むようにして、錆びた鉈や剣を持ち集落にいるゴブリンたちが集まってきた。
「この人間どうする?」
「みんなの仇だ八つ裂きにしろ!」
「そうだ! そうだ!」
多数のゴブリンたちの放つ殺気にあてられて、俺は木のかごの中でただ震えていることしかできなかった。
そんな中、ほかのゴブリンより体格のいい一匹の鉈を持ったゴブリンが木のかごに捕まっている俺の前に現れる。
「待ってぐれっその人間はおでをだすけてぐれだ人間だ!」
「人間がゴブリンを助けた? そんなことあるはずがない」
「そうだっそうだっ」
「だがじじづだ! おではごの前この人間にもうだめだと思っだどぎ命をだすけられだ! 誇り高いゴブリンの戦士として借りはがえす!」
鉈を振り上げ咆哮を上げた。
「ごの人間ごろず、おで。ゆるざない! この人間ごろずならおでをごろじでからにじろ!」
その時だ。先ほどジェイドたちに切られたゴブリンが、俺の捕まっている木のかごの近くまで進み出てくると俺のほうを指さして訴える。
「俺、人間に殺されかけた。それでも人間助けろと?」
「うぐっだがあの人間とこの人間はぢがう」
二匹の不毛な言い争いが始まろうとしていた。
俺を助けようとしてくれるゴブリンと、俺を殺そうとするゴブリンたち。俺はそんなゴブリンたちを見て心を決めた。
ただ震えてるだけじゃだめだ。俺にできることをやろう。
そして俺にできることといえばこれしかない。
俺は木のかごから怪我をしているゴブリンに向かって右腕だけ出すと、たった一言呟いた。
「ヒール」
すると俺にヒールをかけられたゴブリンの傷がみるみる癒えていった。
「なっ人間がゴブリンを助けた!」
俺が施した治癒魔法を見て、たくさんいるゴブリンの中の一匹が口にする。
するとそれは波紋のように広がって、次々とゴブリンたちの殺気が薄れていく。
「人間が俺たち助けた」
「この人間いい奴なのか?」
「人間は敵じゃないのか?」
「やはりこの人間他の人間とぢがう」
俺はただ治癒魔法をかけただけなんだが、それだけのことなのに場の空気が一変した。
「人間よ、頼みがある」
振り返ると杖をつくヨボヨボのおじいさんゴブリンがいた。
「わしらを助けてくだされ」
助ける? 戦闘はおろか、初期の治癒魔法しか使えない俺が? ゴブリンたちを助ける? はたしてそんなことができるのだろうか?
ゴブリン爺さんは俺の顔に出ていたのがわかったのか、安心させるように言ってくる。
「な~に怪我人を少しばかり、先ほどの魔法で治してもらえればいいだけですじゃ」
「俺の治癒魔法で?」
「はいですじゃ。実は人間や魔物たちとの戦いで、わしらの村では怪我人が多数出ておりましてな。難儀していたところなのですじゃ。そこへあなたのような人間が村に来てくれた。これも天の導きとおもいますですじゃ」
俺が役に立つ? 何のとりえもない万年バイトのこの俺が?
「どうですかの? もし断られても人間の町まではお送りしますですじゃ」
「わかりましたっどこまで尽力できるかわかりませんがやりますっいえっやらせてください!」
声を張り上げる。
「で、怪我人はどこに?」
「家の中ですじゃ」
そうしてゴブリンたちの治療を了承した俺は木のかごから出されて、怪我人を探してゴブリンの村を見回ることになった。
「まず最初に診てもらいたいのは、重症ゴブリンがいる区画からですじゃ」
まずゴブリン爺さんは、こっちですじゃと言いながら、ゴブリンの村でも一番大きい木のうろへと入っていった。
俺がゴブリン爺さんについて行き、木のうろの中に入ると、そこには阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた。
碌な治療もされずに地面に寝かされている十体を超える手足を失ったり、大火傷を負ったゴブリン。そのすべてが痛みに耐えかね殺してくれなどの奇声を発している姿だった。
「どうですかの、治りますかの?」
俺をじっと見つめるゴブリン爺さん。
俺は期待に応えられるかわからないことを正直に言うことにした。
「う~ん正直言ってわからないですね。俺の治癒魔法はまだ初歩らしいので」
「そうですかの。じゃあできる範囲でお願いしますじゃ」
「はい」
俺はそう返事を返すと、一番近くに寝かされていた体に大火傷を負ったゴブリンに近づき精神を集中させてゴブリンに向かって右手をかざす。
「ヒール」
すると火傷の跡が徐々に塞がり始める。
「いけるか?」
俺は火傷の治り具合を真剣な様子で見守るが、案の定というべきか、ヒール一回では火傷は完治させることができなかった。
落胆する俺の様子を見ていたゴブリン爺さんは、
「そう落胆しないでくだされ、やはりこやつの大火傷は人間の治癒士さまでも無理だった。ということですじゃ……」
ゴブリン爺さんの落胆したような声は俺の耳には入ってこなかった。
ゴブリン爺さんとは違い俺は落胆してはいなかった。なぜならたったのヒール一回でこれほどの大火傷の三分の一ほどを治せたのだ。この調子なら治癒魔法を重ね掛けしていけば治せると確信した。
「もう一度だヒール」
「もう無理ですじゃ諦めましょう」
「さらにヒール」
徐々に本当に徐々にだが俺のヒールは大火傷を癒していった。
「なっ⁉ まさかあの大火傷を治してしまうとは⁉ あなた様はいったい……」
「俺はただのしがないアルバイターさ」
額の汗をぬぐいながら答える。
「アルバイターとは?」
「いやなんでもない。それよりほかのゴブリンたちも診てやらないと」
「おっとそうでしたな。引き続きお願いしますですじゃ」
「ああ」
俺は途中何度も魔力枯渇で気を失いかけながらも、根性で何度もヒールを重ね掛けして何とか重症のゴブリンたちの傷を癒していった。
そうして最後木のうろの一番奥にいた右腕を失った巨大なゴブリン。いやもはやこいつはホブゴブリンと呼ぶべきだろう。そいつと相対することになった。
まず右腕にヒールをかけてみる
「ヒール」
だが腕は再生しない。もう一度
「ヒール」
だが腕は再生しない。もう一度。
「ヒール」
だが腕は再生しない。
「うむ。そ奴の傷はグリズリーウルフにやられたんじゃ。ヒールでは治らんよ」
ゴブリン爺さんが言う。
「クソッヒールヒールヒールヒールヒールヒールヒール!! いー加減治れよ! 腕生えてこい!!」
俺が声を荒げながらも治癒魔法を行使していると、ゴブリン爺さんが俺の右肩に手を置いて声をかけてくる。
「いくらやっても無駄じゃ。ヒールでは部位欠損は治せんのじゃ」
「そうなのか?」
俺は全身汗だくになりながらゴブリン爺さんに聞き返した。
「うむ。いにしえの賢者様が使うハイヒールならあるいは。じゃがそれはおとぎ話の中の話ですじゃ」
「ハイヒールか」
俺にはまだ使えない治癒魔法だ。
「うむ。じゃからそう気を落とさないでくだされ」
ゴブリン爺さんが俺の右肩を叩いてくる。
「ああ」
そのあとは比較的軽傷な者たちがいる木や草で造られた家屋を回り、何度も小休止をはさみながらゴブリンたちの傷を癒していった。
そして、ほとんどのゴブリンたちの傷を癒した俺は、完全に魔力枯渇に陥り、深い眠りに落ちていった。
数日後。
「ふあ~あ」
目が覚めた俺が両腕を伸ばして大きなあくびをしていると、カタンと角ウサギの丸焼きや木の実などの乗った葉っぱが俺の横に置かれる。
「これは?」
「皆からのささやかなお礼ですじゃ」
「ありがとう」
「どういたしましてなのですじゃ」
「それにしてもあれから何日たったんだ?」
「数日眠りこけておりましたですじゃ」
「数日か」
「そうですじゃ」
冒険者ギルドは俺のことを心配しているだろうか? いやそれはないな。たったの数日世話になっていただけだし、それよりジェイドたちは無事逃げ切れたのだろうか? って捨て石にされた俺があいつらの心配をしてやる必要はないな。俺は自分の甘さを呪った。
グゥ腹の音が鳴る。どうやら自分で思っていたよりも腹が減っていたようだった。
そんな俺の様子を見ていたゴブリン爺さんが促す。
「どうぞお食べになってくだされ」
「ありがとう」
俺は遠慮なく葉っぱに乗っかっている角ウサギの丸焼きにかじりついた。
初めてのゴブリン飯は味がしなかった。
どうやらゴブリンには、料理に塩や香辛料を使って味付けをするという文化がないことが分かった。
だが腹が減っていたために肉の味しかしない角ウサギ、ホーンラビットをありがたくいただく。
「俺が初めて村に来た時よりも、村の様子が少し明るくなった気がするな?」
俺は草木の隙間から村を見ながら感想を口にしていると、ゴブリン爺さんが笑みを浮かべながら答えてくる。
「すべては人間様のおかげですじゃ」
「その人間呼びはやめてくれないか」
「ではどうお呼びすればよろしいですかの?」
「俺の名前は太一だ」
「太一殿ですか。わかりましたこれからはそのように」
「そういえば爺さん名前は?」
「わしの名前ですかの? そんな御大層なものありませんわい」
「ならみんなあんたのことは何て呼んでるんだ?」
「じじいもしくはじいさん。または長老様ですかの」
「爺さんこの村の長老様だったのか⁉」
「そんな御大層なものではありませんよ。ただみなより少しばかり長生きしておるだけですじゃ。そうしたらいつの間にか長老とか呼ばれるようになってしまいましての」
なるほど年功序列という物は、人間社会だけでなくゴブリン社会でも通例となっているようだった。
「でも名前ないの不便じゃないか?」
「そう言われればそうですな。では太一殿が何か良い名前を付けてくださいませぬかな」
「名前か……ゴブリンだから、ゴブじいさん。だからゴブとか」
「ゴブですか? 気に入りましたぞ今日からわしはゴブじいさんですぞ」
ゴブじいが了承した瞬間。ゴブじいの身体が光を発すると共に、俺の身体から何かが抜けていった。
「おおっ力があふれてきますぞ!」
ゴブじいが両手を上に向けわなわなと震えながら声を上げる。
「なっなんだ⁉ 何が起こってやがる⁉」
光が収まった後には、少し体が大きくなり筋骨隆々に若返ったゴブじいがそこにいた。
「なんだいったい今のは何だったんだ? それにゴブじいその身体……」
「どうやら名付けにより、太一殿からわしに魔力が流れ込み、進化してしまったようですじゃっ」
ゴブじいも自分の身体に起こった変化が信じられないのか驚きを隠しきれずにいた。
「進化⁉ それってゲームやファンタジー小説でよくあるあれか?」
「ゲームとか小説とかのことはよくわかりませんが、進化ですじゃ」
「進化か……で何に進化したんだ」
「もともとわしはゴブリンだったのが、ゴブリンアーチャーになりましたのじゃ。弓の扱いは任せてくだされ。それと頼みがありますですじゃ。できれば皆の名付けをお頼みしたいですじゃ」
「皆の?」
「はいですじゃそうすれば皆の死亡率が下がりますじゃ」
「確かにそう言われてみればそうか。わかったやってみよう」
俺はゴブじいに頼んでゴブリンたちを広場に集めて演説を開始した。
「ここで望むもの皆の名付けをしようと思う。名づけをされたいものは一列に並んでくれ」
ざわざわ名付け人間が? 俺たちの名付け親になるだと⁉ 疑問や怒りの声が上がる。
他のゴブリンより体格のいい一匹が前に進み出てくる。
「おで名前ほしい。名付け頼む」
「ああ、お前の名前はゴブロウだ」
「おでの名前ゴブロウきにいった」
ゴブロウが了承した瞬間俺の身体から魔力が抜かれる。
そしてゴブロウの身体に変化が起きる。
ゴブリンソルジャーだったゴブロウは先ほどの倍近い体躯のホブゴブリンに進化した。
「な⁉ 名前をもらっただけで進化したぞ⁉」
「あの人間、やはりただ者でないのか⁉」
俺も俺もと名付けを求める列が続く。
そうしてゴブリンたちの名付けを終えた俺は魔力枯渇により意識を失った。
次の日
「これでこの村も安泰ですじゃ太一殿ありがとうですじゃ」
「いや俺はたいしたことはしてないよ」
「いえいえゴブリンたちの名付けによる進化は大ごとですじゃ。普通のゴブリンはただ一度の進化すらできずにその一生を終えますじゃ。それをたった一度名付けをしただけでゴブリンたちを進化させた太一殿はすごいことをしたのですじゃ」
そんなにすごいすごい言われると少し照れると思いながら、右手で後ろ頭をかく。
「して、太一殿はこれからどうするのですかな?」
「どうするとは?」
「何人間と敵対するわしらゴブリンたちに肩入れしてしまった手前、人間の国に帰りずらくなっているのではないかと思いましてな」
確かにゴブじいの言う通り人間と敵対しているゴブリンに肩入れしたのだ。人間の国には少しばかり帰りずらいというのもある。けどだからと言って他に帰る場所がない俺は考えこんでしまう。
「太一殿さえよかったらわしらとここで一緒に暮らしませんかな?」
ゴブじいが提案してくる。
「ここでゴブリンたちと一緒に暮らす?」
「はい。どうですかな?」
ゴブじいの提案は、俺の考えていなかったことだった。
それもいいのかもしれない。どうせこのまま人間たちの居る街に帰っても、また裏切られるかもしれないのだ。そんなことになるのは嫌だ。俺の心はゴブリンたちと暮らすほうへと傾きかけていた。
その時だ。急報が飛び込んできたのは。
「コボルトだ! コボルトが攻めてきたぞ!」
ゴブリンたちの叫ぶ声がする。
俺とゴブじいはゴブリンたちの声が聞こえてきた方向へ向かって急行した。
「どうしたのじゃ」
「長老っ怪我だらけのコボルトが急に村に入ってきて」
ゴブリンが指さすほうを見れば、ボロボロの衣服に身を包み全身傷だらけのコボルトが錆びた鉈や斧、剣や弓を持ったゴブリンたちに囲まれている姿が目に入って来た。
「コボルト?」
見た目は犬だ。それが二足歩行で立っていた。普段ならぴんと立つ尻尾や耳があるはずなのだろうが、今はゴブリンたちに囲まれたせいでいしゅくして、耳も尻尾もだらんと垂れ下がっていた。
そんなコボルトの姿を見ながらもゴブじいが一歩前に進み出て問いただす。
「コボルトがゴブリンの村に何ようかの?」
ボロボロの武器を持ったゴブリンたちに囲まれて委縮していたコボルトは、意を決したのか事情説明してきた。
実はコボルトの里に、オークの軍勢が来て里が壊滅状態になった。だから救援を出してほしいという話だった。
「なるほどオークがの」
「長老どういたしますか?」
「うむ。誇り高きゴブリン族がコボルト族にとはいえ助けを求められた。ならば微力ながらご助成するというのが道理なんじゃろうが、わしらと主らはいまだ敵対している身。悪いが普通なら助力など出せるはずもないんですじゃ」
「しかし長老っオークは我らゴブリン族とコボルト族共通の敵。コボルトの里が滅ぼされたら次は我らゴブリン族の番になってしまうのは必然。ここは古き盟約にのっとり助成するのが最良ではないかと思いますが」
「しかしの。コボルト族とはほんの少し前にもやりあったばかりじゃ。そう簡単に助成するわけにもいくまいて」
「そこを何とか頼む。長老殿」
コボルトが頭を下げてくる。
「そんなことを言われてものう」
「どうしても我らコボルトだけでは手に余るのです! どうかどうかご助成を! ご助成いただけなければ何のために使者として自分がつかわされたのかわかりませぬ」
コボルトが土下座してくる。
「う~む。どうしたものかのう」
「どうかっどうかゴブリン族の長老殿っ我らコボルト族にご助成を!」
コボルトがゴブじいにすがり付いてくる。
「こらっ長老を放さぬか!」
「どうかどうかご助成を……」
言ったままコボルトは倒れ込んでしまう。
どうやら思いのほか傷が深く気絶したらしい。
「ヒール」
「太一殿?」
「とりあえず敵対しているとはいえ使者に死なれても困るだろう?」
「お気遣い痛み入りますじゃ」
「とりあえず小屋に入れて寝かせておいてやればいいんじゃないか」
「そうしますじゃ」
長老の命令でゴブリンたちが、傷の治ったコボルトの両脇を抱えて小屋に連れて行った。
「さて、問題はこれからどうするべきかですじゃ」
「コボルト。助けてやればいいんじゃないか?」
「しかしオークは強敵ですじゃ。いくら我らが進化したとはいえ侮れぬ相手ですじゃ」
「ならコボルト族もみんな進化させたらどうだ?」
「それならばあるいは……しかし……そうなるとコボルトの里に太一殿にもついてきてもらわねばならなくなります。太一殿を危険にさらすわけにはいきませぬ」
「まぁ乗り掛かった船だし、それに守ってくれるんだろう?」
「それは……守りますが……確実に守るとは言いきれんのですじゃ」
「それでも俺は、コボルトとはいえ頼ってきた相手をないがしろにしたくない」
「太一殿……わかりましたっやりましょう! 皆聞いてのとおりじゃ我らゴブリン族はコボルト族を助けに行く! 皆の者っ戦支度をせい!!」
「うおおおおおおーーー!!!」
ゴブリンの村で力強い歓声が鳴り響いた。
「ここがコボルトの里……か?」
あの後怪我を治療して眠りから目覚めたコボルトと共に行き着いた先は、たくさんの小さな岩が連なってできた岩山だった。
「はい。この岩山の中をくりぬいた穴の中を通って、我らコボルトの里に行き着きます」
「岩山の中か……ゴブじい。オークたちの動向は?」
「それならば太一殿、今斥候を出して調査させておりますですじゃ」
「そうかなら斥候が戻り次第先に進もう」
「はいですじゃ」
約三十分後斥候が戻ってくる。
「この岩山周辺と中の様子はどうじゃ?」
「はっ岩山の周辺にオークの影なし、岩山の中もオークの影はございませんでした」
「うむご苦労。ということはオークどもはもうコボルトの里になだれ込んでいるということかのう」
「どうします長老殿」
「うむ皆軍備を整えコボルトたちの救援に向かう」
「太一殿もそれでよろしいかのう?」
「ああ、急ごう」
「はいですじゃ」
岩山の内部はヒカリゴケが生えていて、目を凝らさずともはっきりと周囲の環境がわかった。
「ところでゴブじいこの洞窟内にオークがいないってことは、やっぱりもうオークたちはコボルトの里になだれ込んでいるということになるのか?」
「そうとも言えません」
「なんでだ?」
「コボルトの里は我らゴブリンの村と違って、この岩山のおかげで天然の要塞とかしているのですじゃ。じゃからそう簡単にはオークの進軍を許さないはずですじゃ」
「なるほどな」
ヒカリゴケのある岩山の洞窟の中を十分ほど進んでいると、明かりが見えてくる。
「どうやらついたみたいですじゃ」
ここがコボルトたちの里か。
コボルトたちの里は小さな岩で造られた家屋がいくつも並んでいて、そこかしこに小さな犬の手足の様なものが散乱しており、その手足や家屋にはいくつもの血の跡がこびりついていた。
「おそかったか」
倒れているコボルトたちを見て俺が呟くと、ゴブじいが意見を述べてくる。
「まだですじゃ。まだ間に合うかもしれませぬ」
「父さんっ母さんっ」
「おい待て!」
今まで俺たちの後ろをついてきていたコボルトの使者が前に進み出ると、俺の制止を振り切りコボルトの里の奥に向かって走っていく。
「くそがっゴブじいっ」
「はいですじゃっゴブリンソルジャーは前へっゴブリンアーチャーはいつでも矢を射る準備をして進むのじゃ」
「はっ」
コボルトの里奥は、今まさにオークとコボルトの一大決戦が行われていた。
「矢を放て!」
コボルトの指揮官と思わしきものの声が洞窟内に響き渡る。
数十にも上る矢が何体ものオークの巨体目掛けて降り注いだ。
しかしコボルトの扱う矢のことごとくは、オークが纏っている朽ちかけた木の鎧や革の鎧に弾かれて用をなさなかった。
そこへ駆けつけたゴブリンアーチャーが、コボルトの扱う矢よりも大きな矢を放ち鎧を貫通させる。
「今じゃゴブリンソルジャー!! 突撃いぃぃ!!!」
ゴブじいの掛け声とともにゴブリンソルジャーたちがオークたちに斬りかかっていった。
「ゴブリンソルジャーたちよっ太一殿を通す道をつくれいっ」
「ウオオオオオオッ!!」
「今ですじゃ太一殿ッ奥へ!」
「ああ」
俺とゴブじいはゴブリンソルジャーが開いた道を突き進み、コボルトの里の奥へと向かった。
「ここがコボルトの里の奥か」
コボルトの里の奥は、薄暗く洞窟の最奥みたいになっていて、そこには怪我をしたものや女子供やコボルトの里の長たちに、それらを守るコボルトソルジャーやコボルトソーサラーがいた。
「コボルトたちよよく聞けいっこれから太一殿が名付けを行うっ力が欲しいものは集まれい!」
コボルトの奥里にゴブじいの声が響き渡る。
「名付けだって?」
「そんなことできるのか?」
「いきなりそんなこと言われても」
次々と疑問の声を上げる。
「時間がないんじゃっはようするのですじゃ!」
「ゴブリンよ、いきなりそんなことを言われても困る。それに我らは敵対している身ではないか? でおじゃる」
「コボルトよ。主らが我らに使者を送って救援要請をしてきたのではないかっいまさら何を言っているのですじゃ!」
「それはそうだが、いきなり来て名付けをするから集まれと言われても困るのでおじゃる」
「はようせんと外の者たちだけでは手に余るのじゃっ」
「そんなことを言われてもな。それに名付けがうまくいったとしてもここにいるのは怪我人ばかり、大した戦力にはならぬでおじゃる」
「ああもうああ言えばこう言う。太一殿っコボルトたちの傷をっ」
「ああ、わかってる」
俺は手近にいて傷がひどいコボルトの傷口に右手をかざす。
「ヒール」
みるみる傷が癒えていき怪我人コボルトは元気になった。
「なっ人間が……コボルトの傷を癒した。だと⁉」
「太一殿ですじゃ。太一殿は人間の身にありながら我らゴブリン族の傷を癒し、名付けまでしてくれる聖者様みたいなお方ですじゃっ皆の者平伏するがよいのですじゃ!」
「よしこれで前線に復帰できる! ありがとうっ」
「まぁまつのじゃ」
「?」
「今のままの主が前線に戻ったところで大した戦力にはならん。ただ怪我人か死体が一体増えるだけじゃ」
「ぐぅ」
「そこでじゃ太一殿に名付けを行ってもらうのじゃ。さすれば生存率も上がるし、戦力増強にもつながるのですじゃ」
「うむぅ」
「太一殿」
「ああ、力が欲しいのなら俺の名付けを受けてほしい」
真剣な目で怪我から復帰したコボルトを見つめる。
コボルトは俺とゴブじいの意思をくみ取ってくれたのか、ようやく了承の意を示してくれた。
「わかった。頼む」
「ああ、任せろ」
俺は精神を集中させる。
「お前の名前はコボだ」
安直なネーミングで名前を付ける。
「俺の名はコボ……了承した」
コボルトが名付けを了承したと同時に、俺の中から魔力が抜けていくのを感じた。それと同時にコボルトの身体に変化が訪れる。
細くやせ細った体は筋肉を増し、体躯は今までの倍になった。
コボルトソルジャーの誕生だ。
「おおっ本当に名づけで進化したっ」
コボルトたちが騒ぎ出す。
次第に我も我もと押しかけてくるようになった。
それから俺は名付けとヒールによる治療を並行して行うことになった。
小一時間後コボルトの里の奥にはコボルトソルジャー十体にコボルトアーチャー五体ホブコボルトソーサラー一体に、ホブコボルト一体が誕生していた。
「おおっなんという戦力! これならばオークどもにも引けを取らないでおじゃる!」
コボルトアーチャーになった長、おじゃるが喜びの声を上げた。
こうして俺たちはコボルト軍団を引き連れて、ゴブリン軍団の援護に向かうことになった。




