きっと、みんなで
「ねぇ悠介、一年経ったけど、答えは見つかった?」
「そうだな。答えって言う答えは、とうとう見つからなかったな。」
夏を超えて、秋を終えて、冬が来た。
浩介の一周忌、それを終えた後、少し時間が経った。
春ちゃんは卒業論文を仕上げて、ちょっと時間があるから、って俺の家に顔を出してくれた、そう言えば、あの約束から一年が経つのか。
とうとう答えは出なかった、浩介を好きなまま、春ちゃんと付き合って良いのか、それとも断るべきなのか、それはわからなかった。
ただ、その答えを今出さなきゃならない、それはわかってる。
「……。俺と、付き合ってくれるか?浩介の事が一番好きで、馬鹿な俺と。それは生涯変えられない、でも、春ちゃんの想いにも応えたい。」
「……。馬鹿ね、最初から二番目で良いって言ってるのに。私にとって、貴方と浩介は生涯のパートナー、そう見えた。でも、私だって支えたい、貴方の事が、好きだから。浩介程愛せるのか、って言われたら、わからないけれど、でも、貴方の事が好きなの。」
「指輪でも買いに行こうか。浩介との指輪は、浩介が少し稼いだらって約束だったんだ、まだそれはやってない。春ちゃんとの思い出、最初に指輪を作りに行くって言うのは、どうだ?」
「素敵だね、とっても素敵。でも良いの?私、院の方が忙しくてバイトも出来てないよ?」
「無駄に稼ぎだけは良いからな、任せなさいな。」
「ふふ、ありがとう、悠介。」
これで良かった、これで良かったんだよな、浩介。
浩介の事が生涯一番好きな俺だけど、そんな俺を好きだって言ってくれる春ちゃんと一緒になる、それは間違いなんかじゃないって、きっと言ってくれるよな。
そう思いながら、寒空の下、春ちゃんと手を繋いで、一緒に買い物に行く。
「そうだ、春ちゃんは院を卒業したら、フランスに留学しに行くって言ってたよな?どれ位の間行くつもりなんだ?」
「ん、それね。悠介の答え次第でどうするか決めようって思ってたんだ。断られたら行こう、付き合ってくれたら諦めようって。」
「なんでだ?遠距離恋愛になるけど、行きたいなら行った方が良い気がするけど。」
「そうだね、最初はそう思ってた。でも、子供達が来て、悠介が子供達と一緒に暮らす様になって、もしも悠介と付き合える事になったら、もし結婚するとしたら、この子達の母親代わりになるんだよね、って思ったの。そうしたら、留学よりも、やりたい事が出来たんだ。」
指輪を見にジュエリーショップに足を運んでいた二人、悠介は、春に問いかけた。
どうしてだ?と聞く悠介に、この人は本当に自分の事になると鈍感なんだな、と春は笑い、答えた。
「貴方達家族と、一緒になる事。付き合ってすぐ結婚するわけじゃない、付き合ったとしても結婚するかどうかはわからない。でも、あの子達と、貴方と、悠治と、家族になりたいと思ったの。翻訳の仕事はそれでも出来る、ただ現地で実感出来ないってだけで、出来なくはない。ただ、私はフランスに行っちゃったら、後悔する気がするんだ。付き合いはじめで、すぐに留学して、なんて事をしちゃったら、なんだか後悔しそうだなって、思ったんだ。だから、これで良いの。」
「……。春ちゃんが選ぶ道だ、俺は何だろうと応援するよ。それが、俺達と一緒になりたいって事なんであれば、それは嬉しい事だしな。子供達も、喜ぶと思うよ。」
それは嬉しい、と悠介は思うが、同時に、ずっと夢だった留学を諦め、家庭に入る事は、春を締め付ける事になってしまわないだろうか、とも考える。
春は自由な人だ、と言う印象が強かった悠介は、春が結婚をして、家庭に入って、と言う姿が、あまり見えてこない。
しかし、そう決めたのであれば、そうするのが良いのだろう、春の心がそう決めたのであれば、自分が口を挟む事でも、余計なアドバイスをする事もないな、と悠介は思い直す。
「リングに刻印はなさいますか?」
「どうする?」
「じゃあ、して貰おうかな。イニシャルで、Y,K、Hで。」
「K?」
「浩介も、ずっと一緒だから、って。私にとって浩介は、恋敵であると同時に、もう一人の大切な人。だから、忘れない様にしたいんだ。」
イニシャルを刻印する、と言う春の言葉を聞いて、春も人並みの感性を持っているんだな、と若干失礼な事を考えていた悠介が、それを聞いて驚くと同時に、納得する。
悠介は、春の初恋の相手、浩介は、その恋人、と言うのが悠介の認識だった、そしてそれは春にとっても変わらない事だった。
しかし、この一年間、きちんと春が自分の心に向き合った時。
浩介の事も、また好きだったと言う結論に至った。
二股だとか、そう言った陳腐な話ではない、春にとって、浩介と悠介は二人で一人、揃っていて初めて、春にとって好きな人だ、と言うのが、春の最終的に出した結論だった。
だからと言って悠介個人を好きではないのか、と問われると違うと答えるだろうが、悠介個人、そして悠介と浩介と言う、二人の恋人に惚れたのだ、と言う話だ。
「春ちゃん……。変わってるな、普通、こういうのは二人の思い出、じゃないか?」
「悠介は嫌?浩介も一緒なの。」
「ううん、嬉しい。」
春の感性に驚く悠介だったが、それはそれで嬉しい、と笑う。
春の想い、悠介も浩介も好きだ、と言う思いは、きっと伝わったのだろう。
「おじちゃ!春ちゃんとお付き合いしてるの?」
「そうだよ、春ちゃんが告白してくれたんだ。昔、一回断った事があるんだけどね、それでも好きだって言ってくれたんだよ。」
「そうなんだぁ!じゃあ、おじちゃは春ちゃんの事好きぃ?」
「大好きだよ。浩介の事が一番好き、それは俺には変えられない事実だ、でも、それでも春ちゃんの事も好きだよ。」
帰ってきて、子供達が春ちゃんと話をしてたと思ったら、こっちに話を振ってくる。
指輪にも気づいて、わーって嬉しそうに笑いながら、子供達はキャッキャしてる。
「本当に、この子達は可愛いね。」
「自慢の甥っ子、今じゃ息子達だよ。兄貴達の育て方が良かったんだろうな。」
そう言えば、子供達は野球をやってみたいって言って、教会の野球部に通ってる、悠馬は監督って言うか、コーチって言うか、教える側として在籍してるらしくて、俺と違ってちゃんと活動をしてたんだなって、感心したりした。
悠馬や高橋君、まーちゃんとは今でも交流がある、俺が土曜日に子供達を野球に連れて行って、そのついでに青年部室に顔を出すと、大概誰かがいて、懐かしい面々とも再会したり、昔少年部学生部で先輩後輩だった関係の人達と会ったり、俺の交友関係も広がっていた。
学生作家として作家になって、今でもそれで食ってる、って話をした時には、ホントに驚かれた、俺が社会人をやってる姿が想像出来なかったけど、なんていう事も言われた。
今度、成人する子達のお祝いを成人式の一週間後にするから、良かったら手伝ってほしい、なんて言われてて、俺が所属してた頃にまだ小学校上がる前だったり、一緒に鼓笛隊としてやってた子達、野球をやってた子達、それに、キャンプなんかで一緒に火の守してた子達が成人する、なんて話を聞いて、懐かしい顔を見たい、なんて思ったりして。
悠治達も一緒にどう?って誘われて、そう言えば悠治も了承してくれて。
宗教に入信したわけでもない悠治達を、受け入れてくれるその懐の深さていうか、良い意味で緩い所は変わってないんだな、って安心した。
「春ちゃんは、おじちゃの事いつから好きだったのー?」
「えっとね。出会ったのが高校一年生の頃で、告白したのが二年生の頃だったかな。懐かしいね、浩ちゃん達も、いつかそうやって好きな人が出来るのかもね?どんな子を連れてくるのか、私楽しみだよ?」
「好きな人出来るかなぁ!」
「きっと出来るよ。悠ちゃんが連れてくる子は、きっと素敵な子だよ。悠ちゃんが優しい子だからね、きっと。」
まだ色恋を知らない子供、だと思ってるけど、そう言ってられるのも今のうちなんだろうな。
あっという間に色恋を知って、大人になって、結婚して、なんてところまで、瞬く間に行ってしまうんだろうな、って言うのは、この子達を見てると思う。
その時、父親代わりとして、兄貴達に報告するのが、今から楽しみだ。
「悠治が卒業か、早いもんだな。」
「そうだね、あっという間に大学の四年間が終わっちゃった。」
「悠治兄ちゃ、おめでとー!」
「おめでとぉ!」
今日は悠治と綾ちゃんが大学を卒業して、祝いの飯にって思って、春ちゃんと綾ちゃんも誘って一見さんお断りの寿司屋に来てた。
ここは子田さんがおすすめって言うか、紹介してくれた店で、作家としてなってるんだから、一軒位は良い店を覚えておいた方が良い、って言って紹介してくれた。
一年に何度か来てたんだけど、そう言えば浩介が入院してからは来てなかった、約一年半分ぶりに来たんだけど、大将が俺の事を覚えててくれたらしくて、話はすんなり通った。
「ここ高いんでしょう?良いの?悠介。」
「そうだよ、あたし達まで誘って貰っちゃって……。悠にぃ、無理してない?」
「大丈夫だよ。金だけはあるから、安心してくれ。皆の卒業祝い、と思えば、そんなに高くもないよ。」
テーブル席に座って、大将にお任せを握ってもらって、子供達は何が嫌いかな、なんて思いながら、話をする。
今日は俺は運転があるから飲まないけど、悠治達は飲んでる、ビールをちょびちょび飲んでる姿を見ると、生前の浩介を見てる見たいで、少し懐かしい。
浩介は酒が好きだった、でもあんまり飲む方じゃなくて、日本酒なんかをちびちび行くのが好きだ、って言ってたっけ。
俺は逆に、酒がめっぽうだめで、リキュール系の甘いやつは飲めるんだけど、辛口って言うか、アルコールの味がするやつは飲めない。
「日本酒美味しー!」
「お酒美味しいのー?」
「浩ちゃん達はまだまだ飲んじゃだめだけどね、美味しいよ?」
春ちゃんは日本酒、綾ちゃんは焼酎の水割りを飲んでて、それぞれ酒が飲めるって言うのが、ちょっと羨ましく感じなくもない。
まあ、今日は運転手だし、飲めなくて正解なんだけども。
「ご馳走様でした!」
「美味しかったー。」
「悠にぃ、本当に良いの?お勘定、高かったんじゃない?」
「良いんだよ。喜んでくれて何よりだ。」
帰りの車の中、浩ちゃんと悠ちゃんは一番後ろの席で寝てて、はしゃぎ疲れたのかな、美味しい美味しいって言って驚いてたし、そう言うのに疲れたのかもしれない。
春ちゃんは助手席でほろ酔いになってて、悠治と綾ちゃんは真ん中の席でうとうとしてる。
「ねぇ悠介、一緒に暮らさない?」
「ん?一緒に?」
「うん。浩ちゃん達のお世話が大変だ、とは思ってないんだけど、私も院を卒業したし、ちょっと早いけど同棲なんてどうかなって。」
「良いんじゃないか?」
俺はゲイ、女の人とは性交渉は出来ない、って言うのは、春ちゃんには伝えてある。
そもそも女性をそう言う目で見れない、子供が欲しくなったとしても、俺と自然妊娠はまずない、って話もしてある。
春ちゃんは、それでも良い、それでも良いから、って言ってくれてて、俺はそれに甘えてる。
「良いの?言ってみただけなんだけど。」
「なんだ、冗談だったのか?」
「……。ううん、本気。」
半分冗談だったんだろうな、でも、俺はそれでも良いと思ってる。
子供達も春ちゃんには懐いてる、悠治達も同棲を始めるって言ってたし、それも良いのかなって。
ただ、悠治達が同棲するのはもう少し先の話、ある程度稼ぐまでは家にいなさいって言ってる。
大学時代のバイト代だけじゃ、心許ないだろうし、子供達が寂しがるからって。
何なら家で同棲するのも良いと思ってるんだけど、二人がどう出るかはわからないし、それは二人が決める事だ。
俺がどうこう言って何かする事もない、もう二人とも、立派な大人なんだから。
「じゃあ、部屋は俺と一緒で良いか?今は悠治もいるし、客間に寝かせる訳にもいかないだろう?」
「良いの?貴方、女は性的に見れないって言ってなかった?」
「それとこれとは別だろうに。別に、セックスする為だけに一緒の寝室にする訳じゃない、一緒に暮らして、これからもずっと一緒に、って考えたら、今は一緒の部屋が良いのかなって、思っただけだよ。嫌だった?」
「……。ううん、嬉しい。」
そう、別にセックスしたいから一緒の部屋って訳じゃない、そもそも俺はゲイ、女性を性的な目で見れないし、セックスするつもりもなれない。
それは申し訳ないと思ってるけど、でも、そうじゃなかったとしても、一緒に暮らすんだし、将来結婚するかもしれない、って事を考えると、一緒の部屋が良いのかなって。
春ちゃん自身、同棲をオーケーされるとは思って無かったんだろうけど、ずっと浩介と一緒に暮らしてた身からすると、付き合ってて離れて暮らす方が違和感があるし、何より春ちゃんに申し訳ない。
だから、それで良いんだ。
「ねぇ悠にぃ、春ちゃん先輩と結婚って考えてる?」
「ん?そう言う悠治はどうなんだ?綾ちゃんと付き合い始めてもう何年かになるだろう?」
「僕?えーっとね……。考えてる、そろそろ結婚しようかって、話をしてるよ。」
時が少し流れて、俺の二十五の誕生日の日。
今は綾ちゃんと同棲してる悠治が、時間を合わせて会いに来てくれた。
今は国語科の先生として、中学校で先制してる悠治と、同じ市内の学校で英語科の先生してる綾ちゃん、教師同士の恋愛って、ちょっと大変だ、とは言ってた。
違う学校だからまだ噂になる事もないけど、これが一緒の学校だったら、って話で、そろそろ結婚する話も春ちゃんから聞いてた。
「それで、悠にぃは?」
「しようと思ってるよ。浩介が亡くなってから二年経つだろ?そろそろ、踏ん切り付けなきゃなって思うんだ。春ちゃんの為にも、俺自身の為にも。」
「そっか、それは良かったよ。」
今、春ちゃん達は買い出しに行ってくれてる、綾ちゃんと子供達と春ちゃん、四人で買い出しに出かけて、俺達は二人だ。
こうして悠治と話すのも久々な気がする、ちゃんと話をしてた頃を思い出すと、あの頃から成長したんだな、って顔つきでわかる。
「春ちゃん先輩、ずっと待ってたみたいだよ。悠にぃと結婚したいけど、浩にぃの事があるからどうかなって。」
「それは心配を掛けたな。」
実は、指輪はもう買ってある。
春ちゃんの誕生日が、俺と一日違い、浩介の二日後、なんて偶然が重なって、明日だ。
明日は二人でレストランに行こう、って話をしてて、そこで指輪を渡そうと思ってる。
「悠にぃ、変わったね。ちょっとすっきりしたって言うか……。」
「体重は落ちたな。春ちゃんが栄養管理してくれてるから。」
「うーんとね、そうじゃないんだ。気持ちの問題って言うか、表情って言うか……。」
「そう見えるか?それは嬉しいな。」
気持ちの問題、それは浩介に関する事だけじゃないんだろう。
今では、俺は作家業の傍ら、鼓笛隊を教えに行ってて、浩ちゃん達が野球をやってる時間に、鼓笛隊で子供達に打楽器を教えてる。
って言っても、ドラム系統しか出来ない、鉄琴木琴なんかはわからないから、それは別の人が教えてるんだけど、この年になって、何かを誰かに教える、って言うのも新鮮で、楽しい。
そう言う色々があって、俺の表情が変わったと思ったんだろうな。
「ほら、別々で暮らす事になってから、半年経つでしょ?悠にぃの顔を見ない生活って、なんだかちょっと違和感があるんだ。」
「俺もだよ。悠治がずっと傍にいてくれたから、声が聞こえないって言うのは寂しい。」
お互いに、想いあって、生きている。
きっと、浩介はそれを望んだだろう、きっと、浩介は見守ってくれてる。
「さ、湿っぽい話は無しにしよう。せっかく皆が誕生日を祝ってくれるって言うんだから。」
「うん。誕生日おめでとう、悠にぃ。」
「ありがとう、悠治。」
「春ちゃん、これ。」
「え?」
「今日、誕生日だって言って連れて来たけどさ、もう一個意味があったんだ。……、受け取ってくれるか?」
「悠介……。うん、ありがとう。」
フレンチレストランで、春ちゃんの誕生日を祝って、そろそろ帰るって空気になった時。
俺は、用意してた婚約指輪を、春ちゃんに差し出した。
春ちゃんは、一瞬泣きそうな顔をして、それをひっこめて、嬉しそうに笑ってくれる。
「こんな私で良ければ、ずっと一緒にいようね。」
「約束だ。ずっと一緒だよ。」
指輪を受け取ってくれる、嬉しそうに笑ってくれる。
これで良かった、安心した。
これからもずっと一緒、その約束を、そんな小さな約束を、交わした。
「悠介ー!浩ちゃんの卒業式間に合わないよー!」
「わかってるー!んー、ネクタイなんて締めるの久しぶりだから、分かんねぇな……。」
悠介が春にプロポーズしてから、三か月が経った。
結婚式の準備をしながら、もう入籍は済ませていて、今日は浩希の卒業式だ。
父親代わりとして、きちんとしなければ、と悠介はネクタイを締めて、玄関に向かう。




