幸せになる為に
「悠治、お兄さんの事は落ち着いた?」
「うん。悠にぃも吹っ切れたのか、小説書くのに打ち込んでるよ。」
週明け、大学の食堂で、話をしていた悠治と良太。
良太は、浩介が亡くなったと言う事を聞いて、葬儀にも参列してくれた。
その時から、悠介が不安定だ、と言う話は悠治に聞いていて、悠介の事を案じていたのだ。
悠治は、悠介が明るさを取り戻した、と言うよりはいつもの調子に戻った事に安心していて、そして何より、自分だけが辛かった訳ではない、という事を認識して、肩の荷が降りた気がしていた。
「綾ちゃん達は落ち着いた?」
「うん、春ちゃん先輩が上手くやってくれてるみたいでさ、皆それぞれ、って感じだよ。」
「そっか、良かったね。悠治、死にそうな顔してたから。」
「そんな顔してた?」
「うん。流石の智治君も、あの顔してた悠治には声かけなかったみたいだしね。それ位憔悴してたって言うか、本当に死んじゃいそうな顔してたよ、悠治。」
悠治は、務めて平静を装っていたつもりだったのだが、と苦笑いする。
空気を読まない智治が声をかけない程に、しんどそうな顔をしていた、それが良太の見識なのだが、悠治はそれを自覚していなかった様子だ。
悠治も悠介も、自分の事より他人の事を優先する気がある、それは兄弟だから、なのだろうかと良太は考えていた。
「よく似てるんだね、お兄さんと。」
「え?」
「自分より誰かの為に、って言う所、悠治も受け継いでると思うよ。悠介お兄さんの気持ちって言うか、浩介お兄さんも、きっとそうだったんじゃないかな。悠介お兄さんは、自分を守る術を知らないままだったのかもしれないけど、悠治も、浩介お兄さんも、誰かの為にって言うのは共通だったのかなって。」
「そう、かな……。」
「きっとそうだよ。悠治だって、誰かの為に何かしたいって思う人でしょう?それは、悠介お兄さんよりは小さな意思かもしれない、思ってるだけかもしれない。でも、それは立派な事だと思うよ。僕もそうありたいと思う位、素敵な考えだと思う。」
嬉しい、悠治はそう思って笑う。
良太は、利他的過ぎる悠介の話を聞いて、そうなってしまったら危険だ、とは思っていたが、ある程度利他的である事に関しては肯定的で、自分も余裕が出来たらそうありたいと願っていた。
その時、悠治は良い見本になるだろう、とも。
「悠治ー、次の授業始まっちゃうわよー?」
「あ、綾ちゃん。それじゃ良太、僕行くね。」
「うん、またね。」
悠治が綾に呼ばれ、一緒に食堂を出ていく。
良太は、それを眺めながら、微笑ましいな、と感じていた。
「悠介、また来ちゃった。」
「いらっしゃい、大学院の方はどうだい?」
「まだ一年だからね、って言っても、研究の手伝いとか、先輩の論文の手伝いとか、色々あるよ。」
浩介の死から一か月、春ちゃんはちょいちょい会いに来る様になった。
綾ちゃんも悠治と会う時に顔を出してくれる、大学の友人だって言う良太君も紹介してくれた。
「もうすぐ学年が上がるから、私も論文の中身とか骨組み位は考えておかないと、だね。」
「そっか、大学院は二年間だっけか。春ちゃんは院を卒業したら何がしたいんだ?確か、大学では語学の授業をメインで受けてて、留学もしてただろう?」
「翻訳、仕事にしたいなって思ってるの。アメリカには留学したから、院を卒業したらフランスに留学しようと思ってるの。」
「春ちゃんは頭が良いからな、きっと出来る様になるよ。」
「そう言う悠介は?」
「ん?俺か?そうだな、丁度昨日、一本書き上げて、子田さんにデータ渡した所だな。ここから編集さんと協議入って、売るかどうか決める、って感じだな。」
春ちゃんが良く家に来る理由、それはなんとなく察してた。
鈍感だと思ってても、春ちゃんの態度を見れば一発でわかるし、春ちゃん自身それをあんまり隠すつもりもないみたいだし。
「あのさ、悠介。」
「なんだい?」
「浩介が死んじゃってから、まだ一か月しか経ってないけどさ。私と、付き合ってくれない?貴方の事、支えたいのよ。」
「……。」
「駄目?」
駄目かと聞かれると、まだ気持ちの整理がついてない、が正しい。
浩介の事、ずっと好きだって思ってるから、そんな状態で春ちゃんと付き合うのも、不誠実だとも思う。
「……。きっと、悠介は生涯、浩介が一番好きなんでしょうね。それはわかってる。でも、二番目でも良い、一番になれなくても良い、ただ、貴方と一緒になりたい。」
「……。浩介の喪が明けるまで、返答を待ってもらっても良いか?せめて、それ位までは浩介の事に向き合いたいんだ。一年後、になるのかな。それでも、その時に俺と一緒に居たいって思ってくれてたら、その時に答えを出すよ。」
「いつまでだって、待つよ。私は、貴方が浩介を生涯一番好きである様に、貴方の事が一番好きなんだから。」
「照れるな。」
俺は、どうするべきなんだろうか。
約一年も待たせて、それでやっぱりやだ、なんて話になったら、春ちゃんを傷つける事にならないだろうか。
それならいっそ、今断った方が良いんじゃなかったんだろうか。
でも、それをする気にはなれなかった、春ちゃんの目が、それだけ本気だったから。
「茶化さないでよ、本気だよ?」
「わかってる。お互いに納得出来る答えを見つけられる様に、頑張ってみるよ。」
「ありがとう。それじゃ、私今日はこれで。」
「もう帰っちゃうのかい?」
「これだけ伝えに来ただけだから。また綾ちゃんと悠治と、ご飯行こうね。」
そう言って、春ちゃんは部屋を出ていく。
「……。」
「悠にぃ、ただいま。」
「ん、悠治か。お帰り。」
「何か悩み事?」
リビングで考え事をしてると、悠治が帰ってくる。
悠治は、俺が眉間にしわを寄せてるのに気づいて、聞いてくる。
「春ちゃんにさ、改めて告白されたんだよ。付き合ってほしい、って。でも、今は浩介に向き合いたいから、一年間待ってくれって返したんだ。でも、どうするのが正解なのかなってな。」
「春ちゃん先輩、悠にぃの事好きだって言ってたもんね。うーん……。」
「俺は生涯、浩介の事を愛し続けると思う。そんな人間が、軽い気持ちで付き合ったりしたら、春ちゃんが可愛そうだろう?でも、春ちゃんは二番目でも良い、って言ってくれたんだ。でもさ、二番目だって思いながら付き合うのは、不誠実だとも思うんだ。」
「一年間待ってもらって、やっぱり付き合いない、って言うのもちょっと悲しいよね……。でも悠にぃは、生涯浩にぃが好きだって思うんだ。でも、春ちゃん先輩がいてくれたら、僕もちょっと安心出来るかなとは思うな。」
安心出来る、それは、多分独りじゃ俺の事を抱えきれない、って言うのと、将来の事を考えてだろうな。
将来綾ちゃんと結婚するとしたら、俺とは一緒には暮らさなくなるだろう、その時、俺が独りきりにならない様に、って。
「……。まぁ、一年間は猶予をもらったから、ゆっくり考えるよ。どうするのが全員にとって一番いい結果なのか、それはまだわからないからな。」
「そうだね。悠にぃ、悠にぃ自身も幸せになれる結果を選ぶんだよ?また、誰かの為に、自分の事をおざなりにしちゃだめだよ?」
「……。出来るかな。ずっと誰かの為に、自分なんてどうでも良い、って思ってたから。出来る保証はないな。ただ、頑張ってみるよ。じゃないと、いつまでも悠治に心配かけっぱなしになっちゃうからな。」
悠治の頭を撫でながら、ありがとうっていう想いを伝えようとする。
悠治はずっと、俺の事を心配してくれてた、いつの間にか大きくなって、大人になって、子供だと思ってたのに、あっという間に成長して。
そんな悠治に心配をかけない様に、俺もちゃんとしなきゃな。




