痛みと叫び
「悠にぃ、行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
あれから二週間経った。
浩介の葬儀に、浩介の両親は来なかった、自分達は子育てを終えたんだから自由なはずだ、だなんて言って、来なかった。
葬儀に参列してくれたのは、俺達の高校時代の友達、浩介の大学生時代の友人、そして会社からも一人だけ同僚が来てくれた。
それだけで十分だ、それだけの人達に見送ってもらえて、浩介も十分嬉しいだろう。
ただ、俺の心にはぽっかりと穴が空いたまま、隙間風なんて感じでもない、ぽっかりと大きな穴が空いてる。
「……。」
煙草を吸っても味気ない、飯を食っても味気ない、何もかもが、くだらないと思ってる。
悠治の事はしっかりしなきゃと思ってるから、最低限の事はしてるけど、執筆の手も止まってる、何を書けば良いのかすらわからない。
この二週間、悠治がいなければ飯も食わない、何もしない、悠治が帰ってくる直前に、慌てて掃除をして、飯を作って、洗濯をして、それだけだ。
ピンポーン
「ん?」
部屋で煙草を吸いながらボーっとしてると、インターホンが鳴る。
勧誘か何かだったらキレてやろうか、なんて考えながら、出る。
「悠介、今時間ある?」
「春ちゃん?」
出てきたのは春ちゃんで、寒そうにしながらこっちを見てる。
「時間はあるけど、何か用事?」
「うん、ちょっとね。」
玄関で話をするって言うのも失礼だろうし、家の中に入れる。
ただ、何の用があって来たのか、はわからない。
「コーヒーとココア、どっちが良い?」
「じゃあ、コーヒーで。」
春ちゃんをリビングに通して、コーヒーとココアを淹れて、座る。
「それで、用事って?」
「悠治君から聞いたのよ、悠介が、辛いみたいだって。」
「悠治が?」
「うん。それで、私の所に来たんだ、綾ちゃんと一緒に悩んでた、だからちょっと様子を見に来たの。」
……。
余計なお世話だ、とは言えなかった。
悠治がそれだけ心配してる、それを知られてるって事が悲しいと言うか、悔しい。
隠してるつもりだったんだけど、ばれてたんだって。
にしても、春ちゃんが出張ってくる理由がわからない、なんでこの子が出てくるんだろうか。
「浩介が死んじゃって、辛いのはわかるよ。でも、悠治も頑張ってる、皆元の生活に戻ろうとしてるんだよ。悠介が、独り遺されてるって言うのを、悠治は心配してるんじゃないかな。」
「……。心配、ね。」
底冷えした声。
俺が自分で出してるとは思えない、人には聞かせた事が無い様な声が、喉から出てくる。
「心配だよ。悠介、ずっと浩介と一緒だったんでしょ?私は高校からしか知らないけどさ、ずっと一緒だったんでしょ?」
「……。だったらなんだよ。それを今更言った所で、浩介は帰ってきてくれるのか?」
「それは……。」
苛立ち。
辛い。
苦しい。
逃げ出したい。
何もかもを、投げ捨てたい。
「お前に……、お前に何がわかるんだ……?ずっと一緒だったはずなのに、自分の片割れみたいな存在が、いなくなった、それがわかるのか……?」
「悠介……?」
「分かんねぇだろ……。分かんねぇだろ!誰がどんだけ何言ったってな!浩介は帰って来やしねぇなんだ!」
ココアを淹れたカップが、ガシャンって音を立てて落ちて、割れる。
俺は怒鳴ってる、なんで怒鳴ってるのかも分からない、なんで春ちゃん相手に怒ってるのかもわからない。
ただ、怒鳴るしかなかった、俺の感情の行き場は、何処にもなかった。
「分かんねぇだろ……!俺にとって……!浩介が、どれだけ大切な人だったか……!」
「悠介……。」
「俺は……。浩介がいたから、頑張れてたんだ……!でももう……、あいつはいないんだ……!浩介はいないんだよ……!死んじまったんだ……!俺を置いて、置き去りにして……!」
涙が止まらない、声が掠れる。
急に怒鳴って、喉がいかれたんだ、だから、掠れるんだ。
涙だって、ホントは流したくなんかない、でも、止まってくれないんだ。
「自分より……、自分より大事な人が……!死んじまった気持ちが……!お前にわかるのかよ……!」
「……。わかんないよ。わかんないよ、悠介。悠介の気持ちは、悠介にしかわかんない。でもね、悠介。私も、悠治も、綾ちゃんも、皆貴方の事を心配してる。貴方が生きていけなくなってしまうんじゃないかって、辛いんじゃないかって、苦しいんじゃないかって、死んじゃうんじゃないかって。」
「だから……、だからなんだよ……!いっその事……、いっその事死んじまいたいよ……!そうすりゃ……、こんな苦しい、想いをしなくても……!」
「……。馬鹿!」
パチン。
頭を抱えて泣いてた俺の顔を無理やり持ち上げた、と思ったら、頬が痛い。
ビンタされた、その事に気づくのに、少し時間がかかった。
「馬鹿!貴方の事を、皆がどれだけ心配してるかわからないの!?浩介浩介って、貴方には浩介しかいなかったの!?本当に浩介しかいなかったの!?貴方の周りには、貴方を見てくれている人達がいたんじゃないの!?だったら、悠治の想いはどうなるの!」
「……、春、ちゃん……?」
「私だってそう、私だって悲しいよ……。浩介と悠介の恋路を見守るの、ずっと楽しみにしてたんだよ……?でも、それだけを見てちゃ、苦しいだけだよ……!私には……、私には、貴方を救えないのかもしれない……、救えたのは、浩介だけだったのかもしれないよ……?でも、でも嫌……!貴方が苦しんでるのに、何もせずにいるなんて……、私には、出来ないよ……!」
春ちゃんも大泣きしながら、想いをぶつけてくる。
俺は、春ちゃんが言っている事の意味を理解するまで、少し時間がかかった。
俺を見てくれているのなんて、浩介だけだと思ってた、浩介しか、俺を守ってはくれないんだって思ってた。
でも、春ちゃんは現にこうして、俺の事を想って泣いてる。
俺が見えてなかった、見ようともしなかった、春ちゃんの想い。
それを、ぶつけてきてる。
「……。春ちゃん……。」
「私はね……。貴方に惚れてるの。貴方がどうしようもなく好きなの……。でも、浩介の隣にいる貴方が、とても幸せそうだったから……。だから、見守りたいと思った……!でも、それはもう出来ない……。なら、私だって、出来る事をしたいよ……!貴方に生きていてほしい、それは皆の願いなんだよ……!」
皆の願い。
そんな事を言ってくれる人が、いるんだろうか。
そんな風に想ってくれる人は、浩介だけだと思ってた。
俺は誰かの為にしか行動出来ない、心を動かせない、そんな俺を、浩介は守ってくれていた。
だから、浩介しかいないと思ってた。
でも、それも間違いだった、こうして目の前で、想いをぶつけられたら、それが嫌でもわかる。
「……。ごめん、春ちゃん。俺はさ、浩介しかいないと思ってたんだ……。浩介しか、俺を見てくれてないんだって……。でも、それも間違いだったんだな……。……、ありがとう、想いを伝えてくれて。」
「悠介……。馬鹿ね、私は私の想いしか言ってないのに……。」
お互い、不器用に笑う。
涙の跡が残ってるのに、照れ隠しで笑う。
「俺はさ、自分の事を大切に出来ない馬鹿だから、浩介がそれを補っていてくれてたんだ。だから、俺には浩介しかいないと思ってた、でも、それは違った。春ちゃんも、悠治も、友達も、皆俺の事をちゃんと見てくれてた。そんな事にも気づかないで、独善で動き続けて、ホントに大馬鹿者だ、俺は。……。ありがとう、春ちゃん。君が話をしてくれたおかげで、見えてきたものがある気がするよ。……、俺は死なない、それはきっと、浩介だって望んでないから。馬鹿だな、俺。小説に偉そうにあんな事書いといて、自分が出来てなかったなんてな。」
「あんな事?」
「きっといつか、前を向いて歩いていけるよ。それが、俺の書いてる小説のテーマなんだ。どの作品にも、どんな事を書いてても、それは変わらなかった。俺が、生涯を掛けて証明したかった事、それがそうなんだ。それなのに、俺自身がそれを出来てないなんて、情けないな。」
俺の小説のテーマ、って言えば良いのか、生涯を通して誰かに伝えたい事、それは、何が起こったとしても、今は辛かったとしても、いつか前を向いて歩けるよ、って事だった。
小説を書く気にならないはずだ、それをまざまざと見せつけられたら、俺の心は持たなかっただろうから。
自分自身、青いなとは思う、青臭くて、ちょっと青春チックで、でも、それが大切だと思ってた。
なのに、それを自分自身が出来てないなんて、笑えるよな。
「……。きっといつか、前を向いて歩けるよ。それ、私にも言ってくれたよね。覚えてるよ、ずっと。大事な言葉だと思ってるから、悠介からもらった、大切な言葉だったから。……。浩介も、きっとそう思ってるよ。悠介に、前を向いて歩いて欲しいって。今じゃなくていい、きっと、辛い事は沢山ある。でも、きっといつか、前を向いて歩いてほしい、って。」
「そうだな。浩介なら、きっとそう言うよ。……。ありがとう、春ちゃん。君が来てくれなかったら、俺はずっとそのままだった。悠治に気を使わせて、自分の世界に引き籠ったままだった。」
それはきっと、俺達のキーワードなんだろう。
皆の合言葉、それがあるから、皆前を向いて歩いていける。
俺もそうだ、自分で言っておいて何だけど、前を向いて歩かなきゃ。
それが今出来ない事だとしても、浩介の為にも、皆の為にも、何より、俺自身の為にも。
前を向いて歩かなきゃ、進んでいかなきゃいけない。
「悠にぃ、ただいま。」
「悠治、お帰り。」
夜になって、悠治が帰ってくる。
「悠治、ありがとうな。春ちゃんが来てくれた、お陰で少し、吹っ切れたよ。」
昼間あった事を話すと、悠治は寂しそうに笑う。
「悠にぃ、僕の前では気丈に振舞ってたけどさ、きっと独りの時は辛いと思ってたんだ。だから、春ちゃん先輩なら、何か良いヒントをくれるかな、って思ったんだ。僕が何かを言っても、きっと悠にぃは本心を話さない、隠してしまうと思ってたから。」
「ごめんな、悠治。俺が支えてたつもりが、お前に支えられてた。」
「ううん、良いんだ。お互い様だ、って浩にぃも言うよ、きっと。」
悠治は、嬉しそうに笑ってる。
俺が普段の調子に戻ったのが嬉しかったのか、ホッとしたのか、どっちかなんだろうけど、嬉しそうだ。
「今日は外に飯食いに行こうか。」
「うん。」
悠治と一緒に、夕飯を食べに出かける。
ここ二週間、まともに飯も食ってなかったし、味もあんまり感じなかったから、久しぶりにちゃんと食べたいなと思った。




