弟の彼女
「それじゃ、僕行ってくるね。」
「行ってらっしゃい。」
今日は土曜日、悠治は大学の講義がないから、とデートついでに買い物に出かけた。
「綾ちゃん、お待たせ。」
「あたしも今来たとこだよ、悠治。」
「そっか。雪、積もったね。」
「そうね。」
冬着を着た悠治と、厚手の洋服に身を包んだ、彼女の綾。
綾は、悠治の高校からの同級生で、大学も同じ学部、と言う縁があって、付き合い始めたのが三か月前の話だ。
悠介に伝えていなかったのは、浩介の事があったから、悠治も遠慮していた、と言う所だろう。
ただ、悠介には昨日伝えた、会いたいとも言ってくれた、その言葉に悠治は少しホッとしていた。
「ねぇ綾ちゃん、悠にぃが会いたいって言ってくれたんだけど、今日家寄っていかない?」
「良いの?お兄さん、大変なんでしょ?」
「うん……。でも、会ってほしいんだ。せっかくお付き合いしてるのに、それを黙ってるって言うのも、やっぱり嫌だと思って、昨日話したんだ。そしたら、会いたいって言ってくれたんだ。」
綾はそれを聞いて、嬉しそうに笑う。
ショートボブの髪型に、ぱっちりとした目、薄い唇と、少しボーイッシュな感じがする綾だが、こういう時は、女性らしい微笑みを浮かべる。
綾は、付き合い始めてすぐ、浩介の容態の事を聞いて、悩んでいた。
会いたいと思ったが、失語症という事は話をするのが大変だ、と考えていた。
しかし、悠介とも会いたいと思っていた、兄の様に慕っている、もう一人血の繋がりはないが兄がいる、と聞いていた綾は、悠介にも挨拶をしたいと思っていた。
「じゃあ、今日は悠治の買い物したらご挨拶行かなきゃね。」
「良いの?」
「うん、嬉しい。」
綾は、寒いから手を繋ごう、と言って、悠治と手を繋ぐ。
悠治は、良い子と付き合えたんだな、とホッとしていた。
「それで、悠治買い物頼まれたんじゃなかったっけ?」
「うん、食料が無くなってきてるから、買い出し行くよって言ったんだ。」
「じゃあ、スーパー行こうよ。」
二人は連れだって、スーパーに向かう。
些細な事、小さな幸せ、それを噛み締めながら、二人は買い物を終え、悠介が待つ家へと向かった。
「ただいまー。」
「お帰りー。」
「お邪魔します。」
「どうぞー、ん?君は?」
悠治が思ったより早く帰って来たと思ったら、誰かを連れて来たみたいだ。
丁度執筆を休憩してて、ココアでも淹れるかと思って牛乳をあっためてた俺は、女の子の声だったな、って思いながら、玄関に向かう。
「始めまして!国枝綾です。」
「君が悠治の彼女さんか。俺は坂入悠介、よろしくね、綾ちゃん。さ、寒いんだし、中に入った入った。」
「悠にぃ、買い物これで良かった?」
取り合えず二人を中に入れて、ココアの為にあっためてた牛乳を増やす。
綾ちゃんは、ぱっちりとした目が印象的な子で、この子は押しが強そうだな、って言う印象を受けた。
「綾ちゃん、よく来てくれたな。会いたかったよ。悠治に付き合ってるって聞かされたの、昨日なんだけどね。」
「そうなんですか?悠治、隠したがってたの?」
「えーっとね、浩にぃの事に集中して欲しかったから、話し出せなかったんだ。」
やっぱりこの子、ちょっと気が強いな。
まあ、おっとりしてる悠治には丁度良いだろう、良い夫婦になりそうな二人、って印象だ。
まだ付き合い始めて三か月って言ってたし、結婚なんかは話が早すぎる気がしなくもないけど。
「ほれ悠治、綾ちゃんの事リビングに通してあげな。買い物は俺が受け取ろうか。綾ちゃん、今ココア淹れるから、あったかい部屋で待っててくれ。」
「はい、ありがとうございます。」
「じゃあ綾ちゃん、こっちね。」
悠治と綾ちゃんがリビングに向かって、俺は悠治から買い物袋を受け取って、中身をしまっていく。
そろそろ牛乳があったまってきた、ココアを淹れて少し冷まそうか。
「それで、どうして悠治だったんだい?」
「えっとね、悠治って、優しい人じゃない?おっとりした筋肉お兄さんって言うか、そう言う感じ。だから、好きだったの。ただ、お兄さんの事があるからって思って、暫く黙ってたんだけどね。でも、告白しないと始まらないと思って、あたしから告白したの。」
「そうか、悠治の事をずっと見てくれていたのか。それは嬉しいな、悠治も危なっかしい所があるから。」
ココアを淹れて、リビングのテーブルに座って、綾ちゃんに馴れ初めを聞く。
高校から一緒って事は、それなりに期間があっただろうに、なんで今になって告白したのか、ってちょっと不思議に思いながら、話を聞く。
「昔から悠治の事は好きだったんだ。でも、女の子と付き合うって言う気配が無かったから。それに、お兄さん達が付き合ってるって知ってはいたから、もしかしたら悠治も男の人が好きなのかな、って思うと、中々告白できなくてね。でも、やってみないとわかんないよ、ってお姉ちゃんが言ってくれて、それで告白したの。」
「お姉さんが勇気をくれたんだね。」
「悠介さんも知ってる人よ?」
「知ってる人……?確か君の苗字は、国枝だったね……。って事は、春ちゃんの妹さんかな?」
春ちゃん、って言う子は、俺の元同級生の子で、高校のクラスが一緒だった。
その頃には浩介と付き合い初めて長かったんだけど、それを知ってたけど好きだから、って一回告白してくれて、それは断ったけど、友達として、今でもたまに連絡を取ってる。
そうか、妹さんが同じ高校だって言ってたけど、この子の事だったのか。
言われてみれば、髪型以外はよく似てる、春ちゃんは鎖骨辺りまで伸びてるロングヘアをこう、右の肩から流してる感じだったけど、綾ちゃんはショートボブだから、パッと見わからなかった。
「そうか、春ちゃんが……。って事は、俺と春ちゃんの関係は知ってたのか?」
「うん、悠介さんの事好きなんだ、って言ってたから。」
「そっか、君が……。それで、悠治を見ていてくれたんだね、ありがとう。俺達と同じだったかもしれない、って、俺と浩介も話をしてたんだ。」
春ちゃんは大胆不敵って言うか、豪胆な性格の子で、そうか、それに似てるから強いって印象を持ったんだ。
成る程、似てる姉妹だな。
「悠治は高校時代は綾ちゃんとは仲良かったのか?」
「うん、仲の良いグループに一緒にいたよ?」
「なのに気づかないなんて、鈍感だなぁ。誰に似たんだか、俺だか浩介だか。まあ、両方か。」
「あはは……。悠にぃも浩にぃも、鈍感だって自分のこと言ってたけどさ、そんな事無いんじゃない?だったら、人の感情の事に気づかないと思うんだ。」
「お姉ちゃんにも言ってたんだってね?俺は鈍感だから、そう言うのに気付かなくてごめん、って。お姉ちゃん、結構アピールしてたのに、って言ってたよ?ずっとアピールしてたのに、気づきもしなかったのか、って。確かに、相考えると鈍感ね。でも、悠介さんって……。」
そこで綾ちゃんは言葉を止める、何か悩んでるみたいだ。
悠治から何か言われてたか、それとも春ちゃんから以前に何か聞いてたのか、はてさてどんな話題が飛んでくるのやらだ。
「あたしはね、話を聞いて思ったの。悠介さんと浩介さんは、お互いに夢中だから、他の人の恋心に気づかないんだって。だから、他の事ならすぐに気づくのに、恋愛に関しては見えない。そうなんじゃないかなって、思うのよ。」
「あはは……。お恥ずかしい限りだよ、綾ちゃん。そんな風に言われたのは、生まれて初めてだ。」
何が飛び出てくると思ったら、俺が恥ずかしい話だったか。
恥ずかしい、って言っても、それだけ浩介の事を見てるって言う証明を、誰かがしてくれてたんだなって思うと、それはそれで嬉しい気もする。
俺も浩介も、それが当たり前で、自分達が変わり者だったとしても、それは共通認識だと思ってたから、変だとも思わなかった。
きっと、それはおかしな話なんだろうな、でも、俺達にとっては違う、それだけなんだ。
「そうだ、悠介さんと浩介さんは、どっちが告白したの?」
「ん?俺だよ。小学生の頃だったかな、五年生位の時だったか……。詳しい事はあんまり覚えてないけど、俺から告白したんだよ。」
「覚えてない位、素敵な時間を過ごしてたのね。でも……。浩介さんの事は、残念だね。」
「……。俺は希望を捨てたつもりはないよ。もしそれが、万が一の可能性だったとしても、浩介が目を覚ました時に、誰かがいてあげないと、戸惑っちゃうだろうから。それが誰に間違いだと言われたとしても、誰に馬鹿だと言われたとしても。俺は、信じ続けたい。浩介が生きてる限り、可能性はゼロじゃないから。」
この考えは、誰に間違っていると言われた所で、変わらないだろう。
俺は浩介を信じ続ける、それが虚しい事だとしても、悲しい事だとしても、間違っていたとしても、苦しかったとしても。
俺が浩介を信じてあげなきゃ、浩介は帰って来た時困っちゃうから。
「……。悠にぃは、やっぱり強い人だよ。綾ちゃんもそう思わない?」
「うん。とっても強くて、とっても優しい人。こんな風に人を愛せるって、中々出来ないわよ。」
「そんな事はないよ。ただ俺は、信じていたいだけだから。」
綾ちゃんも悠治も、やっぱりって顔をしてる。
俺なら、そう言う選択をするだろう、そう言う言葉を口にするだろう、ってわかってたんだろうな。
わかりきってた事なんだろう、俺の考えは単純だから、わかりやすいんだろう。
「そうだ、お姉ちゃんがね、悠介さんに会いたがってたよ?浩介さんにも会いたいって。」
「春ちゃんが?」
「うん。今更色恋がどうのって話はしないと思うけど、って。会いたいんだって言ってたよ。」
それは嬉しいけど、今の浩介を見てショックを受けたりしないだろうか。
心電図の弱まってきてる浩介を見て、ショックを受けちゃったら悲しい。
でも、そう言ってられるのも今のうちかもしれない、もしかしたら、って考えると、会わせた方が良いのかもしれない。
「……。わかった、明日は春ちゃんは仕事休みかな?」
「えっとね、今大学院に通ってるから、休みだと思うわ。」
「じゃあ、明日病院に来てほしい、って伝えておいてもらえるかい?」
「わかったわ。」
綾ちゃんに伝言をせずとも、俺から連絡を取れば良いだけどの話なんだけど、何の脈絡もなくいきなり病院に来い、はちょっと違う気がするから、これで良いんだと思う。
「今日は寿司でも取るか、綾ちゃん、食べれないネタとかあるかい?」
「良いの?」
「勿論だ。せっかく悠治が恋人を連れてきてくれたんだから、もてなし位しないと罰が当たりそうだ。」
「ありがとう、悠にぃ。」
まだ時間がちょっと早いけど、俺は一旦席を外して、寿司のデリバリーをと思って部屋に行く。
「悠治、悠介さんってさ。」
「ん?」
「凄い人だよね。あたし、悠治から浩介さんの容態を聞いてさ、無理だと思ったの。もう、お別れなんだ、って。でも、悠介さんはそう思ってないんでしょう?あんな風に真剣に信じてる、って言われたら、まるであたしまで信じて良い様な気にさせられちゃって。凄い人だよね。」
「……。僕は、時々寂しくなるよ。悠にぃは、浩にぃが生きてくれるって信じる事で、自分を必死に鼓舞してる。それはきっと、虚しい事だって、無理な事なんだって、本人もわかってる。でも、それをやめちゃったら、浩にぃが死んじゃう様な気がする、そう思ってるんじゃないかな。」
綾と悠治は、二人でココアを飲みながら、話をする。
綾は悠介を強い人だと認識していたが、色々と聞いた後の悠治は、それは悲しい事だと思っていた。
保とうとしている、それは心を、命を、そして想いを。
浩介が死んでしまうと言ってしまったら、悠介の心が崩れてしまう、だから言わない、言えないのだと。
勿論、悠介が心の底から浩介を信じている、それは間違い無いだろう。
ただ、自分を保つ為に、浩介の無事を願っている、それも間違いではないのだろう。
「信じてる限り、って言った、それって、逆に考えれば、信じていられない位、浩にぃの状態が悪いって事でもあると思うんだ。悠にぃは、自分を騙して、自分の心を偽って、それでも浩にぃに生きてほしいからって……。……、僕もさ、悠にぃって強い人だと思ってたんだ、ちょっと前まで。でも、本当は寂しい人なんだなって、実感させられたよ。」
「そうなの?」
「うん。僕から見たら、って言うか、昨日そう言う話をしてね、本当は守ってほしかったんだ、って言ってて、それで気づいたんだ。悠にぃは、ずっと孤独と戦ってきたんだって、ずっと、僕達が傍にいたつもりになってただけで、ずっと孤独だったんだって。」
「孤独、なのかな。悠治達は、兄弟ってお互いを認識してるんでしょう?なら、孤独なんて事は無いと思うけどな。」
綾は、悠治の言葉がわからなかった。
幼稚園の頃からの付き合いで、仲が良かった、と言っていた三人がいて、その中に悠介がいて、なのに何故、孤独だったと言う話になって来るのか?と。
「僕達は兄弟、そう想いあってるのは変わらないよ。でも、僕と浩にぃは血が繋がってる、悠にぃは血が繋がってない。兄弟だと思ってても、一つ壁があるんだって。だから……。だから、ちょっと悔しいんだ。悠にぃにとって、ちゃんと兄弟でいられたと思ったんだけど、違ったんだって思うと、悔しい。」
悠治は、少し暗い顔を見せる。
綾は驚く、いつもはニコニコしていて、笑った顔が可愛らしい同級生と言う認識だった綾は、悠治が暗い顔をしている所を見た事がなかった。
浩介の事を話す時は、暗いというよりは心配そうな顔をする、だから、こんな表情を見たのは初めてだ、と。
「……。きっと、悠介さんはわかってくれるよ。悠治の想い、きっとね。だって、ずっと一緒だったんでしょう?なら、きっとわかってくれる。悠介さんは、人の感情の動きに敏感なんだ、って言ってたじゃない。」
「そうかな……?」
「あたしはそう思うよ。お互い想いあって、素敵な兄弟じゃない。」
「綾ちゃん……。」
綾は、悠治が泣きそうな顔をしているのに気づく。
悔しくてたまらない、ずっと傍にいたはずなのに、何も知らずに生きてきて、それでいて、悠介を守っているつもりになって、何も出来ていなくて。
浩介が目を覚ましていない今、悠介は孤独なのだ、と。
「綾ちゃん、寿司のネタで食べれないのとか、アレルギーとかあるかい?」
「え?無いわよ?」
「おけ、わかった。」
そこにひょっこりと悠介が一瞬だけ顔を出し、悠治は泣きそうな顔をひっこめた。
一番辛いのは悠介なのだから、と考えているのだろう、悠介の前で涙を流してはいけない、と。
「それじゃ、暫くお二人で楽しんでな。」
「はーい。」
「うん。」
そう言って、悠介はまた部屋に戻る。
綾は、悠治が泣きそうな顔をした事を話そうと思ったが、隠したいのであれば、言うべきでもないだろう、と黙った。
「ふー……。」
煙草を吸うと、心地が良い。
落ち着くって言うか、昔を思い出すって言うか、吸い始めて五年位は経つか、十八の頃に未成年喫煙を始めた頃は、浩介にしこたま怒られたっけ。
でも、吸うのをやめるとかはしなくて、浩介の前では吸わない、って言う約束をして、それから二年経って、大手を振って煙草を吸える様になって。
浩介は気管支が昔から弱かったから、悠治と一緒の部屋で寝る様になって、時々俺が二人と一緒に寝る時は、ちょっとタバコ吸うのをやめて、なんて事をして。
「ふー……。」
本当はゴールデンバットが良かったんだけど、廃版になっちゃったから、似てるハイライトを吸ってる、タールが高いって言うか、それ位きつい奴じゃないと満足出来ない体になっちゃったって言うか、なんていうか。
なんだろうな、じいちゃんが吸ってたって言うのがあるから吸ってるんだけど、親父なんかは煙草が嫌いだって言ってたな。
俺は普段からじいちゃん家に入り浸ってたから、煙の臭いなんかも慣れてて、吸い始めからそんなに忌避感も無かったけど、嫌な人は嫌なんだろうな。
「さて、寿司寿司っと。」
デリバリーのお店のサイトにアクセスして、ちょっと良いコースのやつにして、注文して。
来るまでは悠治と綾ちゃんも二人が良いのかな、俺と話す事もないだろうし、なんて思いながら、ぷかぷかと煙を吐き出す。
春ちゃん、どうしてるんだろうか。
別々の道を行く事になった、その前に告白をされた。
でも、俺は当時から浩介と付き合ってて、そもそも小学生の頃から恋人だったから、浩介以外と付き合うって言う選択肢も無くて。
なんて言ってたっけな、貴方に救われたから、恩返しがしたい、なんていわれたりして。
「……。」
煙を吐きながら、思い出す。
春ちゃんとは高校一年からの学友で、高校に入ってすぐ、春ちゃんがギャルのグループに虐められて。
それを止めて、結局そのグループの何人かは退学になって、それで落ち着いて。
その後に告白されたんだったか。
数年前の記憶、まだ七年八年経ったか経たないか位の記憶だけど、朧気だ。
高校を卒業してからは、向こうは大学に進学して、俺は作家として社会人をする様になって、そう言えば去年だったか、一回だけ浩介と一緒に飯に行ったっけ。
並の男なら皆惚れてるだろう、大人な女性になってた春ちゃんを見て、俺は浩介と付き合ってなかったら、絶対に告白をはいって返事してただろうな、って思う。
「ふー。」
何の因果があってか、その妹の綾ちゃんと、悠治が付き合ってる。
何かの運命じみたものを感じなくもない、でも、それは人の営みだ、とも思う。
俺は無神論者、と言うより神道の人間だと思ってるから、八百万の神様は信じてても、仏だのキリスト様だのには興味がないし、信仰心もない。
それもまた、家族との折り合いが悪かった原因の一つでもある。
「ふぅ。」
煙草の火を消して、暫し待ちの時間だ。
浩介には報告しなきゃな、悠治にも彼女が出来たぞ、って。
ピンポーン
「はーい。」
「出前の配達ですー!」
「はい、ありがとうございます。」
三十分位で、寿司のデリバリーが到着した。
代金はクレジットで決済してあるから、受け取るだけだ。
「悠治、綾ちゃん、寿司来たぞー。」
「ありがとう、悠にぃ。」
「ありがとう、悠介さん。」
リビングに顔を出して、寿司桶をテーブルに置く。
ネタは結構良いのを頼んだ、昨日のお返しってわけでもないけど、ついでに綾ちゃんに出会った記念で、だ。
「美味しそー!」
「じゃ、食べようか。」
「うん、いただきます。」
醤油皿を出して、山葵も出して、ちょっと早いけど飯の時間だ。
「綾ちゃんは何食べたい?」
「あたし?うーん、光り物は外せないわよねぇ……。」
「中々渋いねぇ。」
綾ちゃんはしめ鯖、俺はサーモン、悠治はマグロ、それぞれ好きなネタを取って、一口食べる。
ここの店、値段が張る代わりに結構おいしい事に定評があって、グルメサイトなんかでも評価が高い。
たまに食べに行くと、結構混んでる事が多いから、基本は出前だ。
「うん、美味しい。」
「美味しいわね……、回転ずしとは大違い。」
「悠にぃ、高かったんじゃない?」
「良いんだよ、せっかく綾ちゃんが会いに来てくれたんだ、そのお礼って事で。学生が値段を気にするのは、ちょっと早いな。」
ちょっと高い、それはそうなんだけど、学生さんに心配される程金には困ってないし、それを気にする様な歳でもないだろう。
なんて事を考えながら、次のネタに手を出して、暫し食事の時間だ。
「ふぅ、美味しかった。悠介さん、ごちそうさまでした。」
「いえいえ、これ位は良いんだよ。」
「ありがとう、悠にぃ。じゃあ、綾ちゃん送って来るね。」
「気を付けて帰るんだよ。」
食事が終わって、少し話をしてから、悠治と綾は家を出た。
綾の家は電車でに十分程度の所にある、だから、駅まで送るというのが、悠治の日課だ。
綾と付き合い始めてから三か月、大学の最寄り駅が悠治達の住んでいる地域の為、それをしているのだ。
「悠介さん、良い人だね。お姉ちゃんが惚れるって言ってたのも、わかるよ。」
「とっても良い人だよ、僕の自慢のお兄ちゃんの一人だからね。」
手を繋いで、寒さに少し震えながら、二人は駅に向かって歩いていく。
そう言えばそろそろクリスマス、予定を作っておこうか、などと話をしながら、二人は駅へ向かった。
「ふー……。」
久しぶりに初対面の子と会ったもんだから、緊張してたかな。
煙草を吸うとリラックス出来るって言うか、緊張がほぐれていく。
「春ちゃん、今は大学院生なのか。」
春ちゃんの進路に関しては聞いていなかった、大学を卒業した辺りから連絡を取ってなかったし、突っ込んだことを聞くのも野暮かなと思ってたから。
それに、浩介が大学を卒業してからすぐに、倒れちゃったもんだから、あんまり周りを気にしてる余裕もなかった。
悠治が付き合いをしてる事も気づかなかった、普段ならちょっとした違いとかで気づきそうなもんだけど、それだけ余裕が無かったって事なんだろうな。
「……。」
煙草の煙を吸って、深く吸い込んで吐く。
もうちょっとちゃんと、悠治と向き合って上げないとな。
もう子供じゃない、成人した立派な大人だとは思ってるけど、でも、大切な弟に変わりはないんだから。
だから、向き合ってあげないと。




