表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さよならの日に、貴方の声を。  作者: 悠介


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/9

誕生日にて

「坂入さん、新刊の方の進捗はいかがですか?」

「子田さん、まあぼちぼちって所です。」

「そうですか、俺は楽しみに待ってますよ。」

「はい、それじゃ、集中するので、これで。」

 朝が来て、悠治は大学に行った。

 俺は、朝の打ち合わせを担当編集の子田さんとすると、一回伸びをして、パソコンに向き直る。

 このパソコンもそろそろ型落ちって言うか、そろそろ古い部類に認定されそうだ、そろそろ買い替えを検討しないとな、って一瞬考えて、そこからはもう小説の事しか考えない。

「……。」

 タイピングが速い方ではない、集中出来る時間が長い訳でもない、だから、集中出来る時にする、それが俺のやり方だ。


「ふぅ。」

 一時間位経った。

 大体これが俺の集中力の限界、今日は進んだ方かな。

 煙草が吸いたい、と思って、ベランダに出る。

「ふー……。」

 煙草、ハイライトを吸いながら、休憩する。

 なんでハイライトなんていうタールの高い煙草を吸ってるのか、って言われると、実は十九から煙草を吸ってるんだけど、その時吸ってたのが、今はもう廃版になっちゃったゴールデンバットを吸ってたから、って言う経緯がある。

 ゴールデンバット位タールが高くて、それでいて安い煙草、ってなると、ハイライトがフレーバーも含めて一番近いのかなって。

「さて、この後は……。」

 今は午前十一時、昼飯にはちょっと早い。

 でも、腹は減ってるから、何かしら食べないとなとは思う。

 ハンバーガーでもデリバリーしようかと思ったけど、そう言えば浩介が昏睡する前に、ジャンクフードはあんまり食べちゃダメだよ、って筆談で言ってたっけ。

 俺は小学生の頃から太ってて、この前健診に行ったら、糖尿病の疑いがある、って言われて、少しダイエットしなきゃな、とは思ってた。

 ただ、まだそれを言われてから日が浅くて、ついつい忘れそうになる。

「うーん……。」

 独りで食べる飯にこだわりはない、作るのも面倒、ってなるとデリバリーか近所のファミレスに行くかなんだけど、どっちにしたもんか。

 煙草を吸いながら、少し考える。

「ん、雪か?」

 ふと、粉雪が降ってる事に気づく。

 そう言えば今日は俺の誕生日、浩介と一日違いな誕生日の俺は、そう言えばって思い出す。

「ふー……。」

 息を吐くと白く煙る、冬の真っ盛り、まさかこの時期に雪が降るとは思わなかった。

 勿論、北海道なんかじゃ雪はもう降ってるんだけど、千葉の方で雪が降るのは、大概一月位だから、この時期って言うのは珍しい。

「スープでも頼むか。」

 鍋とまではいかないけど、スープを飲んで温まろう、なんて思って、スマホでスープ系のデリバリーを探す。

 煙草を吸い終わって、部屋に戻る、雪はどんどん降ってきてて、これは積もりそうだ。


「ねぇ悠治、お兄さんは大丈夫?」

「えっとね……。まだ、目を覚ましてないんだ。」

 大学の学食で昼食を食べていた悠治と、その同級生である良太は、雪が積もり始めている中、外を眺めながら話をしていた。

 良太は悠治の高校からの友達で、浩介とも面識はあった、ただ、半年前に手術をして失語症になった、と言う話を聞いて以来、あまりこの手の話を振ってこなかった。

 ただ、気にはなっていたのだろう、時折浩介の容態を聞いては、悠治が苦しそうな顔をするのが嫌だ、と思っていて、何か自分に出来る事はないか、と考えていた。

「大丈夫だよ、きっと。もう一人のお兄さんは、どうしてるの?」

「悠にぃは相変わらず小説書いてるよ。浩にぃの事は心配だって言ってたけど、まずは自分達の生活をどうにかしなきゃだ、って言って、執筆のペースを上げてるみたい。」

「そう言えば、昨日もあの子に絡まれてたね、悠治。なんだっけ、智治君だっけ?悠介さんのファンだって言うのは嬉しいんだろうけど、ああやってしつこく連絡先聞こうとするって言うのは、感心できないなぁ。」

「ね。悠にぃも忙しいんだから、相手しないよってきつく言ってるんだけどね。」

 後輩の明智智治、彼は悠介の書籍のファンだと言っていて、悠治が悠介と繋がりがあると知るや否や、しつこく悠介の連絡先を聞いてくる、困った後輩だ。

 悠介も暇ではない、忙しいからそう言う話は出来ない、と悠治がきつく言っているのだが、あまり効果は無い様子で、それでも悠治を見かけるとしつこく言い寄ってくる。

 授業がかぶるだとか、そう言う事ではないのだが、生活圏がかぶっている、と言うのは、悠治にとっては少し困りごとだ。

「悠介さんの小説って、純粋だねとは思うよ。なんていうか、なんていうんだろう?こんなに純粋な人がいたら、社会で生きていけないんだろうな、って思う位、純粋だと思うんだ。」

「悠にぃ、ちょっと社会性が無いって自分でも言ってたけど、多分そう言う所なんだろうね。純粋だから、利用されやすいって言うか、社会の黒さに馴染めないんだと思う。」

 悠介は、自分の事を醜い人間だ、と言っていた。

 穢れきっている、何処をどう取った所で、汚れている存在なのだ、と。

 ただ、悠介の書く小説、それは誰よりも純粋で、美しくて、それでいて寂しくて。

 儚い、と言う言葉が似合う、そんな作風だ。

 悠治は、それが悠介の本質なのではないか、と考えていた。

 穢れている、と自分では言っている、だが、本来の悠介は、純粋で少し寂しがり屋で、そして儚いのだと。

「悠介さんに会った時、この人はなんだか怖そうだな、って思ったんだ。ほら、僕達より体も大きいし、恰幅も良いでしょう?それに、糸目だからあんまり表情がわからない、って。ただ、笑った所を見たら思ったんだ、この人は、優しい人なんだ、って。」

「うん、悠にぃはとっても優しいよ。それが、ちょっと怖い位だもん。」

「怖いって?」

「誰かに利用されちゃわないか、詐欺にでも引っかかっちゃうんじゃないかなって、悠にぃは頭は良いし、詐欺には引っ掛からないと思うけど……。でも、助けようとして痛い目を見た、なんて事は日常だったと思うから。」

 最近はなりを潜めているが、悠介は本来おせっかい焼きだ。

 そのせいで、問題ごとに巻き込まれた事も何回かあった、そもそも、早期リタイアした悠治達の両親の元から、悠治を引き取った、と言うのも、言い換えれば厄介ごとだろう。

 悠介は嫌な顔一つせずにやっているが、これまで悠治が見てきた中でも、おせっかいを焼いて問題ごとに巻き込まれた事、と言うのは何回かあって、それを解決する代わりに、悪人になる、と言う事も何度もあった。

 悠介がいう、自分は穢れている、と言うのは、そう言う部分から来ているのだろう。

 悠介は、それを悪だとは思っていない、必要経費か何かだと考えているだろう、しかし、度重なる問題と、それに対する代償と言うのは、悠介を人間不信にするには十分だった、それが悠治から見た悠介の心だった。

「悠にぃはさ、仲が悪かったご両親とおじいちゃん達の仲介をしようとした事もあったんだ、でも結局、おじいちゃん達が死んじゃって、ご両親には嫌われて、なんて事もあって……。悠にぃは、ずっとそれを自分のせいだって思ってる、結局さ、悪いのはご両親だって、話を聞いてると思うんだけど、悠にぃはそう思ってないって言うか……。」

「優しい人なんだね、本当に。」

「うん。とっても優しい人だよ、悠にぃは。ただ、その優しさが当たり前で、自分は何もしてない、なんて言うんだよ。自分は優しくなんてない、ただ、見てられないから首を突っ込んだだけだって。」

 それを初めて聞いたのは、小学生の頃だった。

 悠治が小学三年生の頃、上級生の中で酷いいじめが起こっていた、と言う学校集会があり、そこで起こっていた事、悠介が虐められていた同級生を庇って、何とかしようとしていた、と言う話を浩介から聞いた時、悠治は悠介に問うた事がある。

「なんで悠にぃは、人の事を自分の事みたいに怒るの?」

 と。

 それに対する返答は、

「俺は馬鹿だから、見てられないだけだよ。誰かが傷つくのを見たくない、だからだ。」

 だった。

「悠にぃはさ、誰かが傷ついてる姿を見ていたくない、それはいじめに加担してるのと一緒だ、って言ってたんだ。何もしない事、それはいじめを放置してるのと一緒だって。そんな事を言う人が、頭が悪いわけが無いと思うでしょ?でも、悠にぃは、本当に自分の事を、どうしようもない馬鹿だって思ってるんだ。なんでだろう、ってずっと不思議なんだよね。」

「なんでだろう?自分の事を賢いって言うよりは良いんだろうけど、ちょっと自虐的過ぎるね。」

「なんでなんだろう……。」

 昼食を食べながら、悠治は眉間にしわを寄せる。

 悠介が自分を自虐する理由、誰かの為に何かをし続けた悠介が、自分を穢れていると言った理由は、何なのだろうと。

 今だってそうだ、不安だろうに、怖いだろうに、浩介の無事を祈って、悠治の事を励まして、自分の心をまるで押し殺してるかの様にも見えて仕方がない。

 そんな事を続けている悠介が、何故自分を穢れていると言っているのか。

「僕にもわからないけどさ、悠治ならわかってあげられる事もあるんじゃない?だって、幼稚園の頃から一緒なんでしょう?なら、わかる事もあると思うんだ。」

「うーん……。悠にぃって、僕が物心着いた頃からあんな感じだからなぁ。」

 そろそろ午後の授業が始まるから、と良太は席を立ち、悠治も、食器を返して午後の授業に向かう。

 ただ、その心の中は、悠介がどうして、という事で埋まっていた。


「そろそろ行くか。」

 午後三時、執筆もだいぶ進んだ、今日はここまでにしよう。

 そう言えば風呂に入ってない、って思いだして、軽くシャワーを浴びて、着替えて出かける。

「ほー、積もってるな。」

 三センチ程だが、雪が積もっている。

 そう言えば、浩介は雪が好きだったな、雪遊びをするのが一年のうち一番楽しみだ、って小さい頃言ってたっけ。

 流石に高校位からそう言う事は言わなくなったけど、でも雪が好きなのは変わらないのか、雪景色を見るとはしゃいでたっけ。


「浩介、来たぞ。」

「……。」

 心電図の音と、小さな呼吸音だけが響く、静かな病室。

 そこは、今浩介が生きている世界で、浩介の生きている世界のすべてがここにある。

「坂入さん、いらっしゃったんですね。」

「幸田さん、いつもお世話になってます。」

「いえいえ、看護師として、職務を全うしているだけですから。」

「それでも、助かってます。」

 浩介の寝てるベッドの横に座って、話しかけてると、ベテラン看護師の幸田さんが来た。

 何か浩介に用事か、なら俺は席を外した方が良いのかな、なんて考える。

「先生が、坂入さんに御用があると仰られていたので、丁度良かったです。」

「俺に?」

「はい。今、呼んできますね。」

 何だろう、俺に用事なんてあるのかな?って疑問に思うけど、まあ何かあるなら話を聞くのは当たり前だ。

 幸田さんが先生を呼びに行ってる間、浩介と話でもして時間を潰すかな。

「なぁ浩介、新刊、そろそろ書きあがりそうなんだよ。そしたら、いつもみたいに浩介に最初に読んでほしいなって、我儘かな?」

「……。」

「覚えてるか?高校生の頃、俺が書いた小説を読んでもらってさ、賞に応募しなよ!って言ってくれて、そのおかげで、俺は今作家として食っていけてるんだ。ホントに、浩介には感謝してもしきれないよ。」

 そんな事ないよ、浩介なら、きっとそう言うんだろう。

 賞に受かったのは、俺の実力のおかげだって、ずっと言ってくれてた、でも、そのきっかけをくれたのは、間違い無く浩介なんだ。

 浩介の言葉がなかったら、きっと俺は社会に迎合出来ずに、社会人としては落ち目だったんだろう。

 自分が社会不適合者なのはよくわかってる、利用されて、使いつぶされるだけの人生なんてごめんだ、とも思ってた。

 だから、作家として生きていく道を示してくれた浩介には、感謝してるんだ。


「坂入さん、よろしいですか?」

「あ、先生。それで、俺に用事って何ですかね?」

「……。非常に申し上げにくいのですが、坂崎さんの心肺機能が、低下してきています。もう、後どれ位持つか……。」

「……。起きる可能性は、もうないって事ですか?」

「……。無いとは言い切れませんが、確率は限り無くゼロに近いでしょう。」

 わかってた、それはわかり切ってた事だ。

 毎日通ってればわかる、心電図の音が、少しずつ遠くなっていってて、波形が少しずつ小さくなってきてるのにも、気づいてた。

 ただ、それでも俺は、信じたかった。

 きっとまた、それは叶わない願いだったとしても、俺が信じないで誰が浩介を信じてやれるんだって、ずっと思ってた。

「……。」

「坂入さん、大丈夫ですか?」

「……。大丈夫です、わかっていた事ですから。」

「そうでしたか……。我々としても、もっと手を尽くしたかったのですが……。昏睡されている以上、それ以上は……。」

 わかってた、わかってたんだ。

 ただ、認められないってだけで、俺の我儘で、そう思い込んでただけで。

 わかってたんだ、浩介。

 お前がもう、目を覚まさない事も、もう、お前の声を聞けない事も。

 わかってたんだ、ただ、俺の心が弱いから、受け入れられなかっただけなんだ。

「では、私はこれで……。」

「はい、ありがとうございます。」

 遅くなっていく心電図、小さくなっていく波形、それを見て、わからない程馬鹿じゃない。

 馬鹿じゃないつもりだったんだけど、でも……。

「なぁ浩介、もう声を聞かせてくれないのか……?」

「……。」

「なぁ、浩介……。浩介は、幸せだったのか……?」

 こんな終わりで良いのか、こんな人生で良いのか。

 こんな所で終わって、本当に良いのか。

 嫌なら目を覚ませ、その後の事は考えなくて良い。

 そう思ってた、はずなのに。


「悠にぃ、雪積もってるね。」

「……。悠治。そうだな、今年は雪が降るのが早いな。」

「そう言えば、今日って悠にぃの誕生日だよね。何かお祝いのご飯でも行く?」

 悠治が大学終わりに見舞いに行くと、悠介はいつもの様に浩介に語り掛けていた。

 無意味な事、一瞬そう思ってしまう悠治だったが、それは悠介の心の安寧の為でもある、だから否定はしなかった。

「悠治、気づいてたか?浩介の心音、少しずつ弱まってきてるの。」

「え……?」

「さっき先生と話をしたんだ。衰弱してる、このままだともう持たないだろうって。……。俺だけが、信じてたなんて馬鹿みたいだな。意固地になって、現実を認めたくなくて。飛んだ大馬鹿者だよ、俺は。」

「悠にぃ……。」

 悠介が医者から何を聞いたのか、それは察するに余る。

 浩介の心電図が弱くなってきている、それは悠治も気づいていた。

 ただ、悠介が信じている、と言う言葉を無碍にしたくなくて、自分も信じたくて、それを知らないふりをしていた。

「ごめんな、悠治。お前には、辛い事を言ってた。」

「そんな……、事……。」

「ただ、俺は信じたい。先生に何を言われたとしても、心電図がその証拠だとしても、俺は信じたい。悠治に無理に一緒に信じろ、とは言わない、それは酷な事だ、わかってる。ただ、俺は信じたい、浩介はきっと、もう一度語り掛けてくれるって、もう一度、目を覚ましてくれるって。俺だけが意固地なんだとしても、誰に笑われたとしても。俺は、最期まで浩介を信じたいんだ。」

 悠介は、そう言って自嘲気味に笑う。

 悠治は、そんな悠介を否定出来ないと感じた、それは、悠介の精神性の根本がそうであるから、と言う事だ。

 浩介を信じ続ける、それは今の状況を見ると、そちらの方が酷だ。

 けれど、悠介はそれを選択した、悠介の心が、そうだと言っている。

 それは悠治にもよくわかった、悲痛な声だったとしても、それが嘆きだったとしても、それを止める気にも、咎める気にもならなかった。

「悠にぃが信じたい、って気持ち、僕もわかるよ。だから、そんなに寂しそうな顔をしないで?」

「……。ごめんな、悠治。弟にそんな事を言われるなんて、お兄ちゃんとしては情けないよ。」

「ううん、そんな事ない。悠にぃは間違ってない、浩にぃが帰ってきてくれた時、誰かが迎えてあげないといけないと思うんだ。僕は……、僕は、それを出来る程心が強くない、だから、それは悠にぃにしか出来ない事だと思う。」

 それは、きっと悠介が誰よりも純粋だから、出来る事なのだろう。

 自分の信念を持っていて、それでいて純粋で、人を心から信じられる、だからこそ悠介は、浩介を待っていられるのだろう。

 悠治は、自分はそんな事は出来ないと感じていた、自分はそんなに純粋にはなれない、と。

「俺の心が強い、そう思うか?」

「うん。誰が何といったって、悠にぃの心は強いよ。もし、悠にぃ自身が自分を弱い人間だと思ってたとしても。」

「……。流石は俺の弟、考えてる事はお見通しか。」

「そりゃ、幼稚園からずっと一緒だったからね。」

 悠治はそう言って微笑み、悠介の頭を撫でる。

 普段は逆ばかり、悠治が悠介に頭を撫でられているのだが、今日は逆な様だ。

「悠治、俺は……。」

「ん……?」

「俺は、信じ続けても良いのかな……。浩介の事を、死ぬまで、生きていられるって、また声を聞かせてくれるって、信じてて良いのかな……。悠治にとって、辛くないか……?俺だけが、馬鹿みたいに信じ続けて、回りが見えなくなって……。なんて事に、なりたくはないんだ。」

「良いんだよ、悠にぃ。悠にぃは、それでこそ悠にぃなんだから。僕達が信じられなかったとしても、悠にぃはそうじゃない、浩にぃの事を信じ続けられる、それは凄い事だと思うよ。僕には出来ない、きっとそれは、現実を見てるかとか、そう言う話じゃないんだ。」

 浩介の方に向いて、ぽたぽたと涙を流している悠介。

 そんな悠介の背中は、いつもは大きくて、頼り甲斐があって、なんでも受け入れてくれる、そんな悠介の背中は、今は少しだけ小さく見えた。

 悠治は、それが悠介の本心なのだろう、と感じた、強がっていた訳ではないが、本来の心の状態、がそうなのだろう、と。

「悠にぃは間違ってない、大丈夫だよ。」

「……。ありがとう、悠治。」

「いえいえ、いつも励まされてばっかりだからね。」

 悠介は涙を止める、これ以上、今泣いても仕方がないと思ったのだろう。

 悠治は、初めて気づいた悠介の心に驚きながら、しかしそれを否定する事はしなかった。

 

「そうだ、悠にぃ誕生日でしょ?お祝いしないとだよ。」

「良いんだよ、俺の事は。悠治はまだ大学生なんだから、自分の事に集中しないと。」

「でも、お祝いしたいよ。ちょっとした事で良いから、お祝いさせてよ。」

「ふーむ……。悠治は頑固だからな、わかった、ありがとう。」

 病院からの帰り道、悠治がそう言えば、って話を振ってくる。

 雪はだいぶ踏まれてて、つるつると滑りそうな路面になってて、ちょっと歩くのに苦労する。

「じゃあ、飯でも奢って貰おうかな。」

「何が良い?」

「ハンバーグの店で。」

「わかった。」

 つるつるした路面を歩きながら、二人でハンバーグの店に向かう。

 そこは、浩介とよく行ってた店で、俺達の家から近いって事で、飯を作るのがめんどくさい時、なんかに良く利用してた。

 ただ、浩介が入院してから、なんとなく避けてたって言うか、なんていうか、そんな感じだ。

 なんとなく、半年ぶりに食べたいな、って思ったから、そこを選んだんだけど、そう言えば悠治は行ってたんだろうか。


「懐かしいね。」

「悠治も来てなかったのか。」

「うん、あんまりね。」

 店に入って、寒さから暖房のあったかさにホッとして、上着を脱いでメニューを見る。

 半年来てない間に、いつの間にか紙のメニュー表からタブレットに変更になってて、そこは驚く。

 タブレットで注文なんて現代らしいっちゃらしいけど、あの独特なメニュー表がなくなった、って言うのは少し寂しい気もする。

「今日は僕のごちそうね、悠にぃはお財布出しちゃだめだよ?」

「ありがとう、悠治。」

 お言葉に甘えて、メニューを眺めて、結局いつも通りな注文をして、一息つく。

 コーラは大ジョッキで、ハンバーグはチーズハンバーグ、それにポテト、って言うのが、俺のルーティーンだった。

 浩介はパイナップルハンバーグ、悠治は大根おろしのハンバーグが好きで、ここは意外と好みが分かれてる。

 俺なんかは、パイナップルが肉に乗っかってるって言うのが嫌で、ピザなんかもパイナップル乗せたのは食べたくない、酢豚のパイナップルも苦手、って感じだ。

「改めて、誕生日おめでとう、悠にぃ。今年で二十三?」

「そうだな、もうそんな歳になるのか。時が過ぎるのは早いもんだな。」

「って言っても、まだまだ若いでしょ?」

「そう言ってられるのも今のうち、だな。二十代後半からは一気に来るって話だし、うかうかしてたらあっという間に四十代、なんて事もあるらしいから。」

 そう言えば子田さんは今年で三十五って言ってたっけ、あの人は若く見える類の人だから、童顔で困る事も多い、って言ってたな。

 逆に俺は老け顔で、三十代と間違われる事も多くて、浩介と一緒にいると、浩介が童顔なもんだから、下手をすると歳の離れた兄弟、親子みたいだ、なんて事も言われた事があったっけ。

 浩介が中学生か高校生に見える、それで俺が三十代から四十代に見える、って事で、一回だけ似てない親子みたいだ、って言われた覚えがある。

「大丈夫だよ、悠にぃは長生きするって、なんとなく思うんだ。なんでだろう?」

「さぁ、な。まあ、二人を置いて逝こうなんて考えにはならないな、それこそ中学の頃なんかは、死のうと思ってた時期もあった、でも、浩介と悠治を置いて逝くのか、って考えると、それが馬鹿々々しい考えだって思ったんだ。」

 これは、悠治も知ってる事だ。

 俺が家族と一等仲が悪くて、じいちゃん達が死んじゃった頃、俺もじいちゃん達を追いかけて死のうか、って真面目に考えてた時期があった。

 両親には疎まれてたし、友達も少なかった、だから、俺には生きてる価値が無いんだって、そう思い込んでた。

 ただ、浩介と悠治は、そんな俺の隣にいてくれた、傍にいてくれた、それが、それだけが、今俺が生きていられる理由だ。

 こんな事、話すと重たいだろうから、言わないけど、浩介達のおかげで生きていられた、って言う話は、高校生の頃に話した。

「なんだか懐かしいね、僕がまだ小学生の頃だったっけ。悠にぃが死んじゃいそうな顔して、辛そうにしてて、浩にぃがずっと励ましててさ。……。それでも、悠にぃは変わらなかった、誰かの為に、それをやめようとはしなかった。自分が死んじゃいそうだって時にも、誰かの為に生き続けた。なんで、そこまでして他人の為にするの?」

「他人の為、なんて善じみた話でもないんだよ、悠治。俺はただ、見ていられないだけの、臆病者だ。他人が傷つくのが見たくない、自分が傷ついた分、他人の痛みを知っている分、何かが出来なきゃおかしい、何かをしなきゃいけない、そう思ってるだけだ。俺は弱いんだよ、悠治。本当に強い人なら、他人に依存せずに、知らんぷりして生きていけるんだから。」

 昔にも聞かれた気がする、同じ問い。

 それに対する答えは変わらない、俺は、ただただ見ていられないだけ、おせっかい焼きの坂入さん、なんて言われてもやり続けたのは、俺が見ていられなかったから。

 見てるだけ、見てみない振り、それが出来ない、ただそれだけなんだ。

「……。それは、弱いって言わないと思うよ、悠にぃ。本当に弱い人は、誰かの為になんて何も出来ない、きっと、自分の事でいっぱいいっぱいだから。」

「俺の場合、自分を捨ててたからな。自分より誰か、それは友達でも、家族でも、他人でも。一番救わなきゃならないのは自分だったのに、それを捨てて誰かの為にって動き続けた。浩介にも言われたよ、もうちょっと、自分を大切にしようよ、って。でも、俺はそれを知らない、そのやり方を知らないで、ここまで生きてきた。……。だから、俺は弱いんだよ。弱いから、自分の事をきちんと見れてなかった。」

 浩介に中学の頃言われた、自分を大切にしようよって言葉、それを出来ずに、今俺はこうして生きてる。

 自分を大切にする方法、なんて誰も教えてくれない、それは、自分自身で身に着けるべき事だから。

 でも、俺はそれが出来ない、どう考えた所で、誰かの為に動いた方が有益だと思っちゃう、それが俺の欠点だ、それもわかってる。

 確かに、その誰かからしたら有難い事なんだろう、救われたって言ってくれた人もいた、それは間違いじゃない、それはわかってる。

 でも、自分を大切にする、って言う大前提が無いのは、危ういって浩介には言われた。

 自分を知らない、自分を大切に出来ない人が、誰かの為に頑張ったとしても、それは虚構に映ってしまう、って。

 自分を守る術を知らない、と言い換える事も出来るね、って。

「俺はさ、自分がどうしたいか、って考えるのが苦手なんだ。空想するのは得意なんだけどな、自分事になると、これがどうしたって出来ない。それを、浩介はわかってたんだ。だから、俺を守ってくれた。俺が誰かを助けようとする様に、浩介は俺を守ってくれてたんだ。皮肉だよな、一番守りたいと思ってた浩介に、守られてたなんて。それを、浩介が倒れてから実感するなんて、俺は大馬鹿者だ。……。悠治、俺はな。守ってほしかったんだと思うんだ。最近気づいた、所謂自分の気持ちってやつかな。俺は、誰かを守りたいんじゃない、守ってほしかったんだって。だから、代償行為として、守る事を選択した、それが俺の弱さなんだよ。」

「……。でもさ、守ってほしいって思う事って、悪い事なのかなぁ。僕、悠にぃが守ってくれてたって思って、嬉しかったよ?」

「悪い事とは思わない。ただ、俺のやり方は間違ってた、ってだけだ。守ってほしかった、それなら、そう言えば良かったんだ。代償行為として誰かを守る、それによって自分も守ってもらう、なんて交換条件を付けずに、ただ守ってほしいって口にすれば良かったんだ。俺はそれをしなかった、出来なかった。浩介はわかってたんだ、俺が本当は、誰かを守るよりも、誰かに守ってほしい事に。だから、浩介はずっと、俺の事を守ってくれてた。それにさえ気づかずに、俺は誰かの為に何かをしてるつもりになって、浩介に負担をかけて。だから、俺は弱いんだ。それに今更気づいた所で、浩介が目を覚ますわけでもないのに、今更になって気づいて。」

 そうだ、俺は守ってほしかった。

 親と仲が悪くて、ずっと孤独だった俺は、浩介と悠治って言う最高の兄弟がいても、孤独で。

 それで、守ってほしいから誰かを守る、なんて頭の悪い事をし続けて、浩介が俺を守ってくれてた事にも気づかないで、虚空を探し続けて。

 最初からあったんだ、求めてるものは、求めてる想いは、最初からすぐ近くにあった。

 今更気づいたって、遅かったと思う。

 それは、浩介が目覚めている間に気づくべき事だったんだ、それに今頃気づくって言うのは、ただの馬鹿だ。

「悠にぃはさ、そうだな……。でも、僕は間違ってないと思うよ。結果として誰かの為に何かをし続けた事は、間違いなんかじゃない。それが、もしも自分が守ってほしかったから、って言う動機だったとしても、それは間違いじゃないと思う。僕達は、守られるのが当たり前だったから、それがわからないってだけなんだって。」

「そうか?」

「うん、きっとそうだよ。」

 そんな事を言ってくれるのは、浩介位だと思ってた。

 いつの間にか大きくなってたんだな、悠治も。

 それは、肉体的な話じゃない、精神的な話でだ。

 嬉しい、こんなに優しい弟と一緒に居られて、俺は幸せ者だ。


「ふー、美味しかった。」

「ごちそうさん。」

「いえいえ。」

 帰り道、雪で滑らない様に気を付けながら、二人で歩いて帰る。

 俺は車を持ってはいるけど、病院までは運動がてら歩きで行ってるし、雪の中走らせるにもスタッドレスに変えてない。

 丁度良かった、って言うか、危ない所だった、って言うのが正解か。

「車には少しの間乗れないな、スタッドレスに変え忘れた。」

「そうなの?でも、悠にぃあんまり車乗らないから、大丈夫じゃない?」

「それもそうなんだけどな、そろそろ買い物に行かないと、冷凍庫が寂しい事になってる。」

 そう言えば、って思いだす、冷凍庫の中がすっからかんになりかけてる。

 浩介が入院してから半年、二人分になった食料の買い出しなんかは、未だに量を間違える。

 それだけ浩介がいた時間が長かった、悠治とも暮らし始めてから三年が経とうとしてる、って事なんだけど、なんだか物悲しい。

「明日僕部活無いし、買い出し行ってこようか?」

「そうだな、お願いしようか。」

 明日は土曜日、一般的には休日だ。

 俺の職業柄、休日がいつかなんて関係ない、作家って言うのは殆ど毎日執筆をしてるもんだと思ってるから、ある意味休みなしで働いてる事になる、かもしれない。

 だから、じゃないけど、浩介が入院してからは、悠治が学校が休みかそうじゃないか、バイトがあるか無いか、で曜日感覚を得てるって言うか、ずれてる生活をしてる自覚はある。

「何買ってくれば良い?」

「後でメモに書いておくよ。」

「分かった。」

 なら、俺は執筆に集中しなきゃな、と思いながら何を買ってもらおうか、って考える。

 肉は必要として、野菜なんかも無くなってきてる、茸類もなくなってたはずだ。

「そうだ、悠にぃに紹介したい人がいるんだけど、都合が良い日ある?」

「ん?いつでも空けられるけど、どうした?」

「えっとね……。言ってなかったんだけど、彼女が出来てね……。三か月前位だったかな、向こうから告白してくれて、それで悠にぃにも紹介したいなって。」

「彼女か、良いな。会いたい、いつでも連れておいで。」

 悠治に彼女、なんて聞いて少し驚くけど、それはそれで嬉しい事だ。

 女っ気が無いと思ってたから、どうなんだろうな、って浩介と話をしてた時期があった、わりかしモテる方だった悠治が、彼女を作らないのは、もしかしたら俺達を見ててゲイになったんじゃないか、って。

 ただ、そうじゃなかったらしい、悠治に彼女がいる、それはそれで微笑ましい。

「相手はどんな子なんだ?」

「えっとね、高校の頃から一緒の、綾ちゃんって子。活発な子、って言うのが一番イメージしやすいかなぁ。」

「大学でも一緒なのか?」

「うん、同じ大学だし、学部も一緒なんだ。偶然なんだろうけど、そこまで縁があったなら、付き合ってみるのもありかなって思って。僕も、最初は男の人じゃないと愛せないと思ったんだ。悠にぃと浩にぃを見てると、とっても暖かい気持ちになるから。でも、僕は僕なんだ、何も全部悠にぃ達と一緒じゃなくても良いんだ、って思ったんだ。」

「そうだな、なにも無理して、俺達と同じである必要はないな。俺達の関係性、それは一つの解であって、正解じゃない。間違ってる関係性だとも思わないけどな、でも、違う関係性である事を悩む必要もないからな。」

 悠治の彼女、どんな子なのか気になるな。

 それにしたって、ちゃんと悠治が一人の人間として成長してる事に、驚くし喜ばしいし、複雑な感情だ。

 良くも悪くも関係が長い、それこそ悠治が幼稚園の年少さんの頃からの付き合いだ、俺達の事をどう見てたのか、自分の事をどう思ってたのか、それは良くわかってる。

 だから、違うとしても、自分で決めて行動した、それが嬉しい。

「帰ったらホットココアでも淹れようか。寒くなってきた。」

「うん。」

 そんな事を話しながら、家に帰る。

 病院から徒歩三十分、店からは大体十五分くらい、軽い運動だと思って、歩いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ