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タイパ世代

作者: P4rn0s
掲載日:2025/11/14

会議室の蛍光灯は、どうしてこうも白々しいのだろうと思う。

冷たい光が机に反射して、顔を上げた同僚たちの肌をやけに平たく見せる。

紙の資料が擦れる音と、誰かのため息。

そのすべてが、もはや儀式のように繰り返されている気がした。


──これ、対面でやる意味あるのかな。

心の中でつぶやく。

言葉には出さない。出したところで、「まあ、そういう意見もあるけどさ」と軽く笑われるだけだと分かっているから。

上司がレーザーポインターを動かしながら、「ここが大事です」と言う。

スクリーンに映っているのは、何度も見た同じグラフ。

毎週、数字の形だけが少しずつ変わって、色のトーンが違うだけの報告資料。


スマートフォンをポケットの中で指先が探る。

あの小さな画面ひとつで、世界中の誰とでも話せる。

メッセージを送れば、相手がどこにいようとすぐに返ってくる。

なのに、ここでは「資料を印刷しておいて」「次回の会議は来週の午後で」なんて、まるで昭和の延長みたいな言葉が飛び交っている。


紙と声。

目の前にある人の顔。

それが“信頼”なのだと、誰かが言っていた。

でも、その信頼はほんとうに“会うこと”に宿っているのだろうか。

ただ、慣れ親しんだ形式にしがみついているだけじゃないのか。


「こういうの、全部LINEでできるのにな」

口の中で小さくつぶやいた声は、自分にしか聞こえない。

LINEのグループを作って、議題を投げれば、誰かがすぐに意見を返してくれる。

スタンプ一つで、肯定も否定も、空気の軽い調整もできる。

「了解です」「それいいと思います」それで会話は成立する。

文面は残る。あとで見返せば誰が何を言ったか一目で分かる。

記憶に頼る必要もない。

けれど今、ここに座っている自分は、誰かの顔色を読みながら、曖昧な相槌を打っている。

沈黙が続けば、妙な圧力が漂う。

意見を求められれば、咄嗟に“無難なこと”を言う。


「やっぱり対面で話すと違うね」

会議が終わったあと、上司が満足そうに言った。

その“違う”の中身を、誰も問わない。

ただそういうものとして受け入れる。

その方が、きっと楽なのだろう。


廊下に出ると、窓の外に午後の光が差していた。

スマホの画面には、別部署からの連絡。

「明日の打ち合わせ、Teamsでお願いします」

その一文を見て、少しだけほっとする。

対面ではなく、画面越しの声でいい。

顔の表情や呼吸のタイミングに気を遣わなくていい。

マイク越しに伝わる“間”には、ほんの少しの余裕がある。

言葉を選ぶ時間が、そこにはある。


でも、もしそれすらも、誰かには「冷たい」と感じられるのだとしたら?


エレベーターの鏡に映る自分を見ながら思う。

便利になったはずなのに、なぜか疲れだけは増えている。

会わなくてもいい時代になっても、「会うこと」がいまだに特別な意味を持たされている。

「顔を合わせるのが大事」と言われるたび、心のどこかがざらつく。

それは、本音を言えば“会いたくない”という気持ちを正当化できないからかもしれない。

人と距離を置くことが、まるで悪のように語られる。


けれど、本当に必要なのは“形式”ではなく“意志”なのではないか。

オンラインだろうと、対面だろうと、伝えようとする意志さえあれば、そこに温度は生まれる。

顔を合わせても、心が離れていれば、それはただの沈黙だ。

画面越しでも、言葉に心が宿っていれば、そこに会話はある。


駅に向かう人の群れの中で、スマホの画面を見つめる。

「今日の会議どうだった?」と同期からメッセージが届いていた。

「いつも通り、意味はなかったよ」と打とうとして、指を止める。

“意味”という言葉が、少し重たく感じたから。

結局、人は自分で“意味”を見つけるしかないのだろう。

対面の会議にも、無駄な時間の中にも、もしかしたら何かの断片が潜んでいるのかもしれない。


送信欄に「まあ、普通」とだけ打ち込んで送る。

電車がホームに入ってくる音がして、風が顔をかすめた。

窓に映る自分の顔を見つめながら、思う。


今という時代は、きっと“距離の再定義”の中にある。

近すぎても苦しく、遠すぎても寂しい。

だから人は、今日もまた、どこかで「会議」という名の居場所を探しているのかもしれない。

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