表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

聖女召喚と言われても、わたし、今、仕事が繁忙期なんですが

*結末はややブラック風味? かもしれません。

*結末別バージョンも追記しました。


*2025年8月25日ランキング

 23 位 [日間]ハイファンタジー〔ファンタジー〕 - すべて

 7 位  [日間]ハイファンタジー〔ファンタジー〕 - 短編

*2025年8月27日ランキング

 7 →5位 [日間]ハイファンタジー〔ファンタジー〕 - すべて

 4 →3位 [日間]ハイファンタジー〔ファンタジー〕 - 短編

ありがとうございます!

 サクリズ王国の王城。

 その大広間は、国王、王妃、何百人もの貴族たち、城の衛兵たちで、溢れんばかりだった。


「それではこれより『聖女召喚の儀』を行う!」


 王太子であるライールが高らかに宣言をした。


 歓声が上がる。集まったほとんどの者たちが、期待満ちた目でライールを見る。

 一部……国王や王妃などは、本当に聖女召喚などができるのか、懐疑的ではあったが。


「魔導士たちよ! 始めるがいい!」


 黒いフードを頭までかぶり、長い杖を持った十数人の魔導士たちが、大広間の中央で円を描くようにして、立ち並ぶ。


 魔導士たちの呪文が紡がれる。朗々と、大広間にその唱和が響く。

 そして、円の中央に、小さな光が灯った。


 ライールや集まった者たちの目が更に輝きを増す。


 そして、魔導士たちの唱和の声が、小さくなっていくにつれて、光は大きくなっていき……、少女の形を取った。

 年のころは十代前半に見えた。背は比較的低い。ライールの胸のあたり程度だ。


「おお……!」

「聖女だ……!」

「召喚は成功した……!」


 喜ぶライールや魔導士たち。

 一方、召喚された聖女は、驚いた顔で、周囲を見回した。


「え、え、え? ここ、どこ? あたし、仕事の真っ最中で……」


 聖女の姿を見れば、使い込まれ、少々汚れたエプロンをしていて、その手には木槌のようなものを持ってた。


 聖女は、平民などの労働階級の者か……と、ライールは少しだけ、現れた聖女を心の中で見下した。


 ……まあ、顔立ちは、悪くはない。

 くりっとした瞳は大きく、驚いた顔は、リスのような小動物に酷似している。

 二つに分けて結ばれているふわふわの桃色髪も、汚れを落としてきちんと整えれば、花のように可憐……かもしれない。


 正妃にするのは無理でも、側室程度にならしてやってもよい。


 などという心の内などは見せないように、いかにも優し気で高貴に見える笑みをライールは浮かべる。


「ようこそ聖女様! 我らが召喚に応じていただき、感謝いたします!」


 聖女の前に進み出て、手も胸に当て、深々と腰を折るライール。

 整えられた美しい金色の髪が揺れる。


 謙虚な姿勢を表してはいるが、心の中ではそうではない。


 だが、召喚した聖女には気分よく、この世界を救ってもらわねばならない。


「我がサクリズ王国、そして、周辺のいくつもの国は、魔物の脅威に脅かされている。聖女様のお力を持って、魔物を亡ぼしていただきたいのだ!」


 集まった貴族たちも、同意を示すように、頷いていた。


「えっと……」


 一方、召喚された聖女はきょとんとした顔のままだ。


「聖女……って、あたしのこと? あたしに魔物を亡ぼせって言っているの?」

「もちろん」


 聖女は、眉根を寄せた。


「あたしにそんな力はないよ。できることと言ったら、せいぜい……」


 聖女の言葉を、ライールが遮った。


「異世界から召喚された聖女は、聖なる力を使うことができる。問題はない!」

「いや、問題はないと言われても。あたしの仕事だって、繁忙期なんだよ。稼ぎ時なんだよ」


 そう、仕事の真っ最中だったのだ。

 しかも、今は、かなり忙しい。

 朝から晩まで、休みなく続く仕事。


「あなたの仕事が何であれ、我らの世界を救えるのは聖女様、あなた一人なのだ。あなたの世界のあなたの仕事は、あなたにしかできないような特殊なものなのか?」


 詰め寄られて、聖女は少し考えた。


「えっと、まあ……、仕事場所はちょっと……アレかもしれないけど、一応、卵を割るだけだから、体力と根性さえあれば……」

「誰にでもできる仕事なんだな?」

「えーと、誰にでもっていうわけじゃないけど、あたし一人しかできない仕事ではないなあ……。元々、何十人もの仲間と一緒に協力してやっていたし……」


 考えている聖女に、更にライールは詰め寄った。


「卵を割る仕事。ならば、他の者だってできるだろう! それに仲間がいるというのなら、彼らに任せていてもいいのではないか? 我々の世界を救えるのは、キサ……、いや、あなたしかおらんのだ!」


 キサマ、と言いたいところを、敢えて、あなたと言い直せはしたが。快く引き受けない聖女に、ライールもだんだんとイライラしてきた。


「えーと。でも、今忙しくって。人手も足りなくて。代わりの者がいればいいけど……」


 聖女は、ちらとあたりを見た。


「ええと、あたしが、その、魔物を倒す仕事を引き受けたら、皆さんの中の誰かが、あたしの代わりにあたしの仕事を引き受けてもらえますか……?」


 至極真っ当に、聖女は交換条件を申し出た。

 自分の仕事を代わりにやってくれるのなら、聖女の仕事とやらをしてもよい。


 ライールは、内心のイライラを抑えて、敢えて、残念そうな顔を作った。


「そうだな。我々は、異世界から、我々の世界を救える聖女、つまり、あなたを召喚した。だが、こちらから、誰かを聖女の世界へと送り込めるだけの方法は、我々にはない。残念だが、聖女の仕事の代わりは、聖女の世界の仲間とやらに受け持ってもらうしかないな」

「……あたしに、自分の仕事を放り出させて、それで、こっちの世界で別に仕事をしろっていうの⁉」


 落ち着いてくるにつれて、聖女は不快感を持った。


「こっちの世界を救うために、勝手にあたしを召喚したってことでしょう? 許可も得ずに、勝手に呼びだして、しかも、あたしの大事な仕事は放棄しろって⁉」


 言っている間にもだんだんムカムカとしてきた。


「……いくつか聞くわ。あなたたちには、聖女を召喚する方法はあるけど、逆は無理なのね。こちらの世界の者を、あたしの世界に送り込むっていう……」

「ああ、無理だ。キサマ……あなたを元の世界に帰す術もない。故に、あなたには我らの世界を救ってもらわねば、貴女自身も困ることになる」

「そう……」


 聖女は下を向いた。その肩が震えているのは泣いているのかもしれないとライールは思った。


 泣いているのなら、ここでほんの少し優しくしてやれば、行く先のない平民女など、簡単に自分を好きになるだろう。

 美しいドレスを着させ、食べたこともないような宮廷料理を食わせ、ふんだんにもてなした上で、愛の言葉でも囁けば、平民娘など、美貌の王子との婚姻をすぐに夢見るはずだ。


 それが無理なら、脅せばいい。

 食事や水も与えず、魔物の群れの中に放り込む。

 聖なる力で、その魔物たちを殲滅できねば、キサマが一番先に魔物の餌になるのだと。


「……質問の続きをするわ。あたしをここに呼んだ責任者は誰?」

「もちろんこの私だ。そして、優秀なる我が魔導士たちがキサマを呼び寄せた」

「そう……、わかったわ」


 聖女が顔を上げた。

 その深紅の瞳が、ゆらりと揺れた。


 なんだ……と思う間もなく、ライールと魔導士たちの姿が、炎のような赤い色に包まれた。


「あんたたちを、あたしの職場に送る。あたしの代わりに卵を割りなさい」

「は……?」


 まず、ライールの姿が消えた。そして、魔導士たちが、一人、また一人と消えていく。


「体力と根性さえあれば、誰にでもできる簡単な仕事よ」


 聖女は、手にしていた木槌を摩りながら、淡々と言った。


「ダンジョンの最下層。そこには何千何万の……いえ、もしかしたら何億個かもしれないけど、魔物の卵がひしめいているの。孵化する前に、卵を割らなければ、魔物が大繁殖してしまう。だから、卵のうちに、すべてを割らないといけないの。一つでも残って、孵化すれば……、恐ろしいほどの脅威だからね」


 そう、聖女も。

 召喚される直前まで、魔物の卵を割り続けていたのだ。

 何十人もの仲間と共に、一つの取りこぼしもないように……と。


 もしも、たった一つ取りこぼした卵が、ドラゴンのような魔物だったら。


 だから、聖女の仲間は必死になって、卵を割り続けていたのだ。


 しかも、卵が孵化するまでは、もう間もなく。

 時間がない。

 必死に、皆で、卵を割って回っていた。


「さて、あたしを勝手に召喚したこちらの皆さんたち。こちらの世界を救えるのはあたしだけってことだから、しかたがない。こちらは救います。だけど、あたしの世界だって、かなりの危機なのよ。だから、召喚の責任者たちには、あたしの代わりにあたしの仕事をしてもらいます」

「そ、そんな……」


 王と王妃は絶句したが、そもそもライールたちが勝手に聖女を召喚したのだ。聖女の許可も得ないで。


 であれば、聖女がライールたちを勝手にどこかの世界に送ったとしても、それは、お互い様である。


「その……、聖女よ。あなたの仕事が済めば、我が息子、ライールたちをこちらの世界に戻すことは可能なのだろうか?」


 聖女は頷いた。


「まあねえ。あなたたちの世界の魔導士たちはどうかは知らないけど。あたしの世界は、離脱魔法だけは発達しているの。だから、本当を言えば、こちらの世界なんて放っておいて、あたし、元の世界に戻って仕事の続きをしてもよかったんだけど」


 知らない世界。勝手に召喚された世界であろうとも、自分しか救えないのであれば、救うのもやぶさかではない。

 見捨てるのは、少々心が痛む。


 かといって、自分の仕事も放棄はできない。

 本当に、魔物の卵の孵化は、もう間もなくなのだ。


「いわゆる等価交換ってやつよ。わたしはこっちの世界を救う。あいつらは、あっちの世界で、あたしの代わりにあたしの仕事を行う。勝手だっていうのなら、最初にあたしを勝手に召喚したんだから、あいつらに責任を取らせるのが当たり前」


 何か間違ったこと、言っている⁉ とばかりに、聖女は国王や周囲の貴族たちを睨みつけた。


「文句があるなら、こちらの世界を救わないで、あたし、このまま自分の世界に帰るけど?」


 危険な場所からの離脱程度が出来なければ、ダンジョンの最下層で魔物の卵を割るなどという仕事はできない。


 もし、万が一、卵を割っている最中に、魔物が孵化したら。

 そうしたら、そのダンジョンは破棄し、聖女の仕事仲間は全員、即座にダンジョンから離脱。そしてダンジョンは封鎖されるのだ。


 国王も、王妃も。「……わかった」と頷いた。


 聖女が、この世界の魔物をせん滅し、そして、元の聖女の世界に帰る。

 その時に、ライールと魔導士たちがこちらに帰還する日を待つ以外にできることはない。




 だが、聖女は知らなかった。

 こちらの世界に召喚されたすぐ後、魔物の卵が次々と孵化し、聖女の仲間たちは、既にダンジョンの最下層から離脱した後だということを。


 そして、ライールたちが、その最下層に送られたことも知らずに、そのダンジョンを封鎖したことも。


 魔物に囲まれたライールたち。彼らはダンジョンの最下層から何とか上層階へと逃げていった。上層へと向かえば、まだ、魔物の数は多くない。魔導士たちは必死になって結界を張り……、ダンジョンの中の、比較的弱い魔物を倒し、その肉を喰らいながら、生き延びていくしかなかった。



 聖女は知らずに、こちらの世界の魔物をのんびりと殲滅していった。



 聖女がこちらの世界を救い、そして、元の世界に帰還し、更にライールたちをこちらの世界に呼び戻すまで。


 ライールたちが生き延びられるかどうかは……神のみぞ知る。






 勝手な召喚は止めましょう・終わり






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



★カクヨム様にてリクエストいただきましたので、

 エンディング別バージョンを、こちらにも掲載。

 お楽しみいただければ幸いです。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





「……質問の続きをするわ。あたしをここに呼んだ責任者は誰?」

「もちろんこの私だ。そして、優秀なる我が魔導士たちがキサマを呼び寄せた」

「そう……、わかったわ」


聖女が顔を上げた。

その深紅の瞳が、ゆらりと揺れた。


なんだ……と思う間もなく、ライールと魔導士たちの姿が、炎のような赤い色に包まれた。


「あんたたちを、あたしの職場に送る。あたしの代わりに卵を割りなさい」

「は……?」


まず、ライールの姿が消えた。そして、魔導士たちが、一人、また一人と消えていく。


「体力と根性さえあれば、誰にでもできる簡単な仕事よ」


聖女は、手にしていた木槌を摩りながら、淡々と言った。



     ***



何が起こったのかわからなかった。


召喚した聖女の、その深紅の瞳がゆらりと揺れ、炎のような赤い色に包まれて……。


なんだこれは……と思っているうちに、城の大広間とは全く異なる、薄暗い場所に立っていた。


「どこだ……、ここは……」


ライールが呆然とつぶやいた。

魔導士たちも、きょろきょろを辺りを見回したり、目を擦ったりしているが、とにかく薄暗いので、周囲の様子がよく分からない。


何やら地面らしき辺りには、ぼおっとほのかに光る丸いものがたくさんあるようにも見えるが……。


まだ、目が慣れない。


しばしの間、ぼんやりしていると、背後から野太い声がした。


「あぁ⁉ お前ら誰だ? ルシアはどこに行った⁉」


声のほうを、ライールたちは見た。


そこにいたのは顔に傷のある大男。腕の太さなど、ライールの腰よりも太く見える。


その傷の男に、別の男が言った。


「ルシアちゃんの姿がぼやーって薄くなって消えたかと思えば、こいつらが現れたんですよ!」

「なんだそりゃあ⁉」


騒ぎを聞きつけたのか、わらわらと、あちらこちらから大勢の男たちがライールたちのほうにやってきた。


皆、汚れたエプロンを身につけ、そして、手には木槌を持っている。

傷の男が、じろりとライールを睨む。


「オレはカイエンだ。ここのダンジョンの責任者と思ってもらえばいい。で、お前らは、一体なんだ?」


傷の男の眼光の鋭さに、ライールは「ひっ!」と短く悲鳴を上げた。


「金髪のにーちゃん、おまえがこいつらの責任者か?」


ライールは「そうだ」とも「違う」とも、言えなかった。


男の眼光が、恐ろしくて。


男は「……まあ、いい。事情は後で聞く。とりあえず、ここにいる以上、お前たちも卵を割れ。誰か、こいつらにも木槌を与えてやれ」


ライールや魔導士たち全員に木槌が配られた。


「何だこれは」


聖女が持っていた木槌と似ている……と、ライールはぼんやりと思った。


「端的に、説明する。ここはダンジョン。魔物の卵が山のようにある。孵化しちまえば、大変だ。その際には戦士職の者たちが魔物を倒すが……。そうならないように、とにかくどんどん卵を割って、どんどん壊せ。いくつ壊したかは、この木槌に自動的に記憶される。たくさん壊せば、賃金アップに、飯のレベルも上がる。休みたけりゃ勝手に休め。だが、卵を壊さないことには飯は出ない。以上だ。飯の時間にでもルシアのことは聞くが。オレ達には休んでいる暇はねえんだ。早くしないとあの辺りの魔物が孵化しちまう」


傷の男も、他の者たちも、皆、茫然としているライールたちを放置して、どんどん卵を割り始めた。



     ***



「お! 黒フードの兄ちゃんたち、ここの仕事は慣れたかい?」


配給の列に並んでいる黒いフードを被った魔導士が、給仕の者に声を掛けられた。


「ありがとうございます。最初は訳が分からなかったのですが、木槌に魔力を流すと簡単に卵が割れるとわかってからは……だいぶ楽になりました」


黒フードの魔導士の一人がにこやかに返事をした。


「おお、そうか。よかったな。どれどれ、今日壊した卵を計測するから、そこの計器に兄ちゃんの木槌を乗せてくれ」

「はい!」


先頭の黒フードの男の木槌が、計器に乗せられた。


「お! すげえな兄ちゃん! 卵千個に……、孵化した魔物を倒す戦士たちのサポートもしたのか!」

「え、ええ。魔物を倒すことはできないのですが、その、戦士の皆様が魔物に倒されないように、簡易結界で守ることはできますので……」

「こりゃあ、ボーナスもんだ! よっし! 兄ちゃんには今日は焼いた肉とデザートもつけてやろう!」

「あ、ありがとうございます!」

「明日も頑張れよ」


トレーに乗せられた山盛りの食事を、その魔導士は、喜色満面で受け取った。


「じゃあ、次のにーちゃん! お? 卵は五百か……。じゃあ、普通の飯だな。パンが二枚に豆と野菜スープだな」

「……肉のスープになりませんか? もうお腹が空いて……」

「五百じゃなあ……。もう少し頑張らないと」

「はい……」

「ま、明日も頑張れ! 次のにーちゃん、木槌を計器に乗せろや」


次のにーちゃんと呼ばれたのは、ライールだった。

王城でのキラキラしい美貌などは既に見えず、げっそりとした顔つきだ。


「はあ⁉ 卵、十五⁉ お前やる気ねえのか⁉」

「……あんな卵、割れるか! 硬すぎる!」

「だから、木槌に魔力を通せば簡単にサクサク割れるって教えてもらっただろ?」


そう、魔物の卵は木槌に魔力を通せば、簡単に割れる。

だが、魔導士たちはともかく、単なる王子であったライールに魔力などない。

むすっとした顔で「自分は王子なのに……」と思うが、それを口にしても、このダンジョンにいる者たちは、皆、せせら笑うだけだ。


「あのなあ、元の身分がどうとか、ここでは関係ないんだよ。木槌で卵を割れば、飯が上等なものになる。割れないヤツは、それなりの扱いでしかねえの。ルシアちゃんが戻ってくるまで、にーちゃんたちはここで卵を割るしかないんだから、やる気出せよ」


ライールに渡されたのは、野菜スープのみ。

こんなものでやる気など出るか!

そう怒鳴りたい気持ちを、ぐっとこらえる。


「ホントは十五じゃ飯抜きだぞ。お情けでくれてやるから、明日は気持ちを入れ替えて、がんばるんだな」


気のいい給仕の男は、ライールの肩をポンポンと叩いてから「次のにーちゃん、木槌寄越しな!」と叫んだ。


ライールは、スープをちびちびと飲みながら、部下であったはずの魔導士たちを見る。


肉とデザートをもらった魔導士は、ライールの視線などには気がつかないふりで、肉を貪り食っていた。


豆のスープをもらった魔導士も、ライールに背を向けて、スープを咀嚼する。


ここで生き延びるには、魔物の卵を割るか、もしくは、戦士職になって、孵化した魔物をたおすしかない。


魔力のないライールにとって、卵を割るのも戦士になるのもどちらも困難だ。

一つの卵を割るのだって、相当の時間がかかる。

部下であるはずの魔導士たちが、簡単にパリンパリンと割るのを横目に、渾身の力を込めて、木槌で卵を割り続けても……、時間がかかる。


今日、ライールが割った十五の卵。

それだって、渾身の力で木槌を叩き続けてやっとだったのだ。


悔しさで、涙がにじみ出る。


だが、ここでは、そうして生きるしかない。


聖女であるルシアがライールの世界の魔物を殲滅し、そして、こちらの世界に戻り……、ライールたちを元の世界に戻してくれるまで。


歯を食いしばり、泣きながら、ライールは卵を割り続けた。



別バージョン・終わり












お読みいただきまして、ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ