My self-hatred
大人になっても私は四六時中マスクをつけている。
風邪をひいているわけでもないし、未だにパンデミックを引きずっているわけでもない。物心ついた頃から、私は自分の顔を人前に晒すのが嫌になった。私は今までずっと、お風呂に入る時やご飯を食べる時以外は常にマスクを付けて生活している。
だからなのだろう。私の周りにはいつも人がいなかった。友だちもいなかった。私は学校の教室では1人で自分の席に座って寝ているか本を読んでいるかのどちらかだった。影が薄いのではなく透明人間に等しかった。
「あれ?あなたの名前なんて言うんだっけ?」
高校3年生の頃、複数のクラスメイトにこんな質問をされた。しかも卒業間近の2月下旬に。
でも、これで良かった。誰にも興味を持たれなければマスクを外して他の人と関わらなくて済む。私は孤独など感じず、自分は幸せだと思っていた。マスクさえ外すことがなければ、私はそれでいいんだと。
こうして社会人になった私は今も変わらずにマスクを相棒にしている。
「あの、なんでずっとマスクしてるんすか?もう夏だから熱中症なっちゃうっすよ?」
突然後ろから声をかけられて私は持っていた資料を落としそうになった。そこには同期の赤坂さんが立っていた。同期とはいうものの、彼とはまだ2回くらいしか顔を合わせたことがない。第一印象は誰からも好かれる愛されキャラの好青年という感じだったことを覚えている。彼は黒い短髪をポリポリ搔きながら首を横に傾げて突っ立っている。
「赤坂さん…。いつからここにいたの?」
「えーっと、そうっすね、3分くらい前からっす。なんかボーっとしてません?マスク暑くないすか?」
私が何も答えないまま資料室を出ようとすると、彼が後ろからこう叫んだ。
「もしかしてなんすけど…顔見られたくない、とかですか?」
核心を突いた言葉に私は思わず足を止めた。彼は「そうなんすね。」と小さく呟いてから私の隣に来た。
「それじゃあ…辛いっすよね。しんどいっすよね。マスク外さないといけないとき。」
私はハッとして彼を見る。すると彼は慌てふためいてかぶりを振った。
「いや、あの、私の気持ち分かった気になって話しやがってって思われるかもしれないっすよね。それはすんません、正直分からないっす。俺、今はマスクしてないんで。でも…。」
彼は少し間を空けてから丁寧に言葉を発した。
「1人でいろいろ抱え込んで辛いんだっていうのは分かるっす。」
私の目にはいつの間にか涙が溜まっていた。彼はどうして私の心を見抜いたのだろうか。私は涙を隠すようにうつむいて虫のような声を出した。
「そんなこと、なんで分かったの?」
「それはその…。実は俺もそういう時期があったからっすよ。」
「え…?」
「今は消えたんすけど、俺が子供の頃、顔にめちゃくちゃでかい青あざがあって。口の横にボーンってでっかいのが。それでみんなにめっちゃバカにされて。ゾンビになりかけてるとか、汚いばい菌が付いてるとか。」
「そんなの…ひどすぎる話だよ。」
私が眉をハの字にすると、彼は「みんなガキだったからっすけどね。」と苦笑した。
「それで俺もマスクしてたんすよ。いつ何時でもマスクしてて、だから全然友だちもできないし仲間外れにされるし。学生時代はそんな感じだったっすね。でも今は、その時期もいい思い出だったなぁって思えるようになったんすよ。」
「いい思い出…?なんで?」
「だって…だってもし俺がそういう思いをしてこなかったら、今この時に矢田さんの気持ちに気付けなかったじゃないすか。きっとマスクしてること馬鹿にしちゃってたかもしれないっすよ。」
「え…。私の名前…覚えてくれてるんだね。」
私がまた泣きそうになると、彼は「当たり前じゃないすか!」と笑った。
「矢田さんが自分のことをどう思うかは自由だし、俺が変えることもできないっすけど、俺は矢田さんが仕事を丁寧にやってくれたり周りを気遣ってくれたりする姿、いつも見てるっすよ。」
「赤坂くん…。」
「大丈夫っすよ、矢田さん。人それぞれタイミングは違えど、きっとマスクを外せる時は来るんすよ!しかも、清々しい気持ちで。だから今はマスクしてても良いし、とにかく自分の気持ちに素直になることが大事っすよ。俺は何でも聞くんで、いつでも話しちゃってください。」
彼はニコッと白い歯を見せて笑って「それじゃあ、お疲れっす!」と資料室を出ていった。私が彼の背中に「ありがとう!」と叫ぶと、彼は歩きながら片手を挙げた。私は少し軽くなった自分の心を胸に資料室の窓から見える夕暮れの日差しを眺めていた。
完
自分が嫌になってたまらなくなること、みなさまもそんな時があるかもしれません。
でも、そういう時があったとしても、自分自身と対立しすぎないでそのままの自分を受け止めてあげてほしいです。他の人が簡単に出来ることが自分にはなかなか出来なくても、他の人が進んでいるのに自分だけ足踏みしているように感じても、自分は自分のペースで進んでいけばそれでいいんです。みなさまにもこのことを頭の片隅に忘れないでほしいと私は心から願っています。