湿度120%の尼崎
「ムシムシすんな」
マサやんがそう言って、イライラすんのか足元に落ちとった空き缶を蹴っ飛ばした。
「なんや、アマに住んどって、湿度100%に慣れとらんのかいな」
イッちゃんがツッコむが、そう言いながらイッちゃんもどー見てもイライラしよる。
まー、最近、地球が変やからな。
尼崎港の海面なんて上昇しすぎて、阪神高速湾岸線の上まで水びたしや。
尼崎がいくら毎年のように湿度100%を記録するいうたかて、これはさすがにやりすぎや。
「まー、せんべいでも食べり」
あたしがバッグからパリパリのおせんべいを取り出すと、マサやんもイッちゃんも笑顔になって、「おぉ」と言いながら手を差し出す。
渡す前から気づいとったわ。
おせんべいが──
「ぬれせんべいになっとる!」
「ここは新潟やったんかいな!」
思わずあたしはノリツッコミした。
「そうそう、ぬれせんべいは新潟の名物やでー。コメどころやさかいなー、おせんべいも美味しいんやでー。……って、ここは兵庫県尼崎市に決まっとるやろビシッ!」
二人が揃って、改めて手を差し出してきよる。
「アメちゃん、持ってへん?」
「アメちゃんが舐めたいわ」
わかるー。ちょっとでも水分奪われたいんやな。口の中の水分奪ってくれるもんな、アメちゃんは。いや、最中とかのほうが奪うやろがい!
そう思いながらも、ちょうどポケットにアメちゃん入っとったから、取り出して二人にあげた。
「はい」
「お、ありがと」
「おおきに」
ちなみにコーラ飴とソーダ飴な。
コロコロコロコロと口ん中でアメちゃん転がしながら、二人が懐かしそうに目ェ細めよった。
「懐かしなー……」
「懐かしわー……」
目から涙流しよる。
ふふ……、よっぽど幼い時、近所のおばちゃんからアメちゃんもろうとったんやな──
「アメちゃんなんか舐めたん、26年振りや」
「思い出すわー、ノストラダムスの大預言」
「なんや、幼い時に近所のおばちゃんからもろたアメちゃん思い出しよんのかと思たら、そないな変なこと思い出しとったんかいな!」
「だってなー、あん時、俺、世界は今年で終わるんやなーて、思うとったもん」
「そうそう! ボクなんて、空からやって来る大魔王の撮影しよう思て、カメラ3台準備してワクワクしよったんやで」
そん時やった。
尼崎ボートレース場のほうから、警報みたいなんが響き渡って、オッサンの声で放送が流れたんは。
『えー……。ただいまの湿度は120%、120%です』
あたしたち三人は声を揃えた。
「「「100%越えって、あるんやな!」」」
『湿度が飽和状態を超えましたので、洗濯物が乾かないどころか、尼崎が滅亡します』
「「「えらい局地的な滅亡やな!」」」
『それでは皆さん、さよなら、さよなら、さよなら』
オッサンはそう言うと、えらいおっきな咳を3回し、放送を切りよった。体ん中水びたしになっとんのに、よう咳とか出んな。
「そうかぁー……。アマ、滅亡すんのかー」
「ま、しゃーないな。ボクら尼っ子やから、アマと心中しよ。隣の西宮に逃げようなんて思うなよ?」
「あのな? さっきからずーっと思ってたんやけど──」
あたしは気になってたことを言うた。
「なんであたしら、このムシムシする中、道意のショッピングモールの駐車場に突っ立っとんねん? 中、入ろ? 中はクーラー効いとって涼しいで?」
「おぉーし! かき氷、食おか!」
「ふれあい動物園のイベントもやってるらしいで。行こ! お母ちゃん!」
「26年前にノストラダムスの大預言でワクワクしとったオッサンが何、子どもらしいこと言うとんの」
あたしは突っ込んだけど、嬉しかった。
我が子はいつまで経っても子どもやもんな。
『異常気象により、30分後に尼崎が滅亡します』
そんなこと言いよるテレビを見ながら、あたしら三人は笑顔でかき氷を食った。