プールで目を洗うやつ、どこいった
久しぶりの投稿。
第6回「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞応募作品。
お題は『プール』です。
プールで目を洗うやつ。
洗眼器というらしい。
蛇口が上を向いて二つに分かれていて物珍しくて使う時にはテンションの上がっていたアレはもうない。
水道水で長く目を洗うと目の粘膜を保護する成分が洗い流され、角膜を傷つける恐れがあるかららしい。
今、聞くとぞっとする話だけど、数秒なら問題はないらしいから、あくまで目の健康への認識の変化の話だ。
何はともあれ無事に綺麗なままの目で汚くなったプールを眺める。
久しぶりに帰ってきた母校のプールはボロボロだった。
俺がいた頃でも結構汚れていてプール掃除の時は大変だった。
来年にはもう学校のプールは廃止され、校外でプールの授業がおこなわれるらしい。
洗眼器も、塩素臭い腰洗い槽もなくなり、学校のプールもなくなる。
なんなら児童たちは知りもしないから「え~なにそれ~」と笑われるくらいだった。
そして、彼女らは学校のプールの思い出さえもほとんどないのだ。
走ってはいけませんと先生に怒られた滑りやすいプールサイドを踏みしめながらぐるっと回る。低学年用の浅いプールでおぼれかけ先生に助けられた、プールのふちを掴み励まされながらバタ足の練習をした、ビート板に乗ろうと遊んで怒られた、腰洗い槽が冷たすぎて震えてるのを笑われた、記録会で思った成績が出せなくて洗眼器で涙を誤魔化したのに慰められた、卒業前にみんなで掃除してお礼を言って泣かした、卒業しても遊びに来て怒られた。
そんな思い出が彼女達には作れないのだ。
まあ、学外のプールでも色んな思い出が作れるだろうけど。
ただ、俺の思い出のつまったプールはなくなる。
泣けてくる。
「しっかし、日本競泳界のエースがいきなり引退して先生になるなんてね」
ああ、涙が零れそうだ。
けど、伝えなきゃ。
「覚えてます? 俺がここでプロポーズしたこと」
「15年前だっけ? 泣き虫の癖にませてたわね~」
俺の前を歩いていた彼女は笑って振り返る。
「先生……これ」
「あなたも先生でしょって……それ……あのね、何歳差だと」
「時代は変わったし、立場も変わったんですよ」
「……あーもう! どうぞっ!」
反射した光が汚い水面に映るくらいピカピカな指輪が嵌まる彼女の指がぼやけてくる。
ああ、参ったな。かっこうつかないじゃないか。
なあ。
プールで目を洗うやつ、どこいった。
お読み下さりありがとうございました。
久しぶりに書けました。
やっぱり書くのは楽しいですね。連載の止まっていた作品もなんとか年末年始に手掛けていきたい所存。
読んだ評価や感想頂けると嬉しいです。
今後の書くモチベーションに繋がります。どうぞよろしくお願いいたします。