アナザー・クリスマス〜イブの夜に死んだ妻がゴーストになって舞い戻ってくる
クリスマスにまつわる『奇跡』の話を集めた短編集です!
エピソード1は、イブの夜に交通事故で亡くなった妻が舞い戻ってくるお話。でもホラーじゃなくてエモ系です・・・
[シーン1:享年のクリスマスイブ】
■SE/救急車の音〜サイレントナイト
クリスマスイブの夜。
私は死んだ。
交通事故。
救急車は、赤鼻のトナカイのように
赤色灯をまわしてストリートを駆けていく。
鈴の音ではなく、けたたましいサイレンを鳴らして。
お守りのさるぼぼを握りしめたまま、私は息をひきとった。
知らせを聞いて駆けつけた夫は、
変わり果てた妻の姿を見て立ち尽くす。
顔にかけられた白い布をめくり、何度も何度も名前を呼んだ。
やがて、物言わぬ妻の髪を優しく撫で、長い長いお別れのキスをする。
クリスマスイブを境に、夫の瞳からすべての光が消えていった。
[シーン2:一周忌のクリスマスイブ】
■SE/クリスマスソング
私がこの世を去ってから1年。
今年もまたクリスマスがやってくる。
死んだあとも、私はずうっと夫を見守っていた。
最初は驚いたけど。
あれ?私、死んでないの?
夫はいつも私に向かって手を合わせる。
仏壇に置かれた私の遺品。
最後まで握りしめていたさるぼぼのぬいぐるみが
小さな仏壇の中に飾られていた。
そう。
私は、さるぼぼを通して夫と毎日顔を合わせていたんだ。
あなた!
ここよ!私はここ!
どんなに声をかけても、夫には何も伝わらない。
夫の時間は、クリスマスイブの日から止まってしまった。
毎日毎日、痩せて生気がなくなっていく夫。
きっとまともな食事なんて食べてないんだろうな。
だめ。もう見てられない。
なんとか夫に思いを届けたいと願いながら、気がつけばもう1年。
私の一周忌。
イブの夜に奇跡はおこった。
いつものように夫は、さるぼぼを愛しそうに抱きかかえる。
実はこのさるぼぼは、私の手作り。
腹掛けは縫い付けずに、背中に紐で結んである。
表には「飛騨」という文字ではなく、私の名前。
この日、夫の手の中で、ゆるくなっていた腹掛けの結び目がほどけた。
その瞬間、私の体は自由になる。
気がつくと目の前に、夫の背中が見えていた。
私は、さるぼぼを抱く夫の背中越しに声をかける。
「あなた・・・」
振りかえる夫。
後ろに立つ私と目があった。
夫は驚いて声がでない。
その代わり、瞳からは涙が溢れ出す。
「私、あの日からずうっとここにいたわ・・・」
私は夫にすべてを話した。
事故のこと・・
いつでもさるぼぼの中から夫を見ていたこと・・
クリスマスに起きたこの奇跡のこと・・
根拠のない予想だけど、きっとクリスマスが終わると奇跡は消えてしまうだろう。
それを夫にも伝えた。
夫は瞳を潤ませながら、大きくうなづく。
そして、私の手をとり、
『クリスマスだけの奇跡だってかまわない。
これからはもう、僕たちはいつでも一緒だよ』
と言って、小さく微笑んだ。
[シーン3:三周忌のクリスマスイブ】
■SE/街角のクリスマスソング
私がこの世を去ってから2年。
彼と私はいつでも一緒に過ごすようになった。
彼はさるぼぼをキーホルダーにして、毎日持ち歩く。
自転車で仕事に行く時も帰るときも。
古い町並でみだらしだんごを食べ歩くときも。
出張で特急ひだに乗るときも。
片時も離れずに彼にくっついて過ごす、充実した日々。
生きていたときよりも、彼といる時間、長いんじゃない?
寝る前には、枕元に私を置いて、
その日あったことをああだこうだと話し合う。
いや、正確には、一方的に彼が話す。
もちろん、年に一度は、短い逢瀬を重ねる。
彼が用意したショコラのクリスマスケーキ。
蝋燭に火を灯し、2人で吹き消す。
毎年の幸せなルーティンは、いつまでも続くように感じていた。
[シーン7:七周忌のクリスマスイブ】
■SE/街角のクリスマスソング
私がこの世を去ってから6年。
街角にクリスマスソングが流れ始めるころ。
彼と私の間に小さな変化が現れた。
会社で彼は、SDGsを推進するグループのリーダー。
その新しいメンバーに、1人の女の子が入ってきた。
彼はバッグをいつも、会議デスクの上に置く。
さるぼぼのキーホルダーが表になるようにして。
だから、彼の真ん前に座った彼女の表情は手に取るように伝わってきた。
”あ、好意を抱いている”
オンナの勘?なのかな・・
私は確信した。
彼は、まったく気づいていない。
まったくオトコって鈍感なんだから。
それから、何かあるたびに、彼女は彼に話しかけるようになった。
仕事の相談から、飼っているネコの困りごとまで。
彼はその都度、真面目に相談にのる。
そうそう。
私も彼のこういうところに惹かれたのよね。
ある日、彼女はロッカールームで彼に小さな包みを渡した。
”お弁当だ”
包みをあけて驚く彼に彼女は感情を抑えながら、
『1人暮らしだと、どうしても食材が余っちゃって』
『ほかに食べてくれる人もいないし』
『賞味期限があるけど捨てられなくて』
うまい!
さりげなく、1人暮らしで、彼氏がいなくて、食ロスも考えて、って。
こう言われたら、彼の立場で断れないだろうな。
彼は少し困ったような顔をして、私の方を、
いや、さるぼぼの方を見る。
私は渾身の力で、バッグの裏側へもぐりこんだ。
『ありがとう』
って声が聞こえてきたということは、受け取ったんだな。
嫉妬の気持ちは・・・思ったより強くない。
それより、彼女の本心がどうしてもききたい。
お弁当をきっかけに、彼女と彼の距離は近くなっていった。
心の話だけではない。
彼女は会議で彼の横に座るようになっていた。
前を向き、積極的に発言しながら、ちらちらと彼に視線を向ける。
手作りのお弁当はいまや週3回。
休憩中の会話では、彼の嗜好をさりげなく聞く。
”きっとこりゃ、クリスマスプレゼント考えてるな”
イブを一週間後に控えた週末、ロッカー室で彼女は彼に声をかけた。
『クリスマスって、予定ありますよね?』
”きた”
『ごめん』
”え・・”
『イブとクリスマスはだめなんだ』
即答。
あ〜あ。
ほら、彼女、泣きそうになりながら、必死で笑顔つくってる。
かわいそうに。
『ですよねえ。ヘンなこときいてごめんなさい』
『あ、プレゼンの資料作らなきゃ』
『失礼しました』
もう少し言い方ってものがあるのに。
あれ?
私、なに考えてんの?
彼は私を自分の方へ向けて、笑顔を見せた。
”そうか・・”
■SE/街角のクリスマスソング
クリスマスイブの前日。
遅くに会社を退社した彼は、歩道に佇む女の子を見つけた。
”彼女だ”
彼女は彼の元に歩み寄り、大事そうに抱えた小さな包みを手渡す。
まだ少し暖かい包みから、甘い香りが漂ってくる。
『これ、よかったら食べてください』
『迷ったけど、結局焼いちゃいました』
『1人でも2人でも食べやすいサイズです』
『あ、あの・・』
彼がなにか口にする前に、彼女は踵をかえす。
小走りでクリスマスの喧騒の中へ消えていった。
■SE/時報「午前0時ちょうどをお知らせします」
時計の針が真上を指す。
クリスマスイブになった瞬間、私は彼の前に姿を現した。
『会いたかった』
「私もよ」
私はずうっと考えていた思いを彼に伝える。
「今までありがとう」
『え?どういうこと?』
「お別れよ」
『そんな・・どうして?』
「そろそろ前に進むことを考えなくちゃ」
『彼女のこと?ボクは別に・・』
「今までありがとう」
『え?どういうこと?』
「わかってる。それだけじゃないの。
あなたは、自分の幸せを考えなくちゃだめ」
『ボクの幸せは君と一緒にいること』
「それもわかってる。
でも、それだけじゃない」
『そんな・・』
「それにね、私にも時間がないのよ」
『どうして?』
「うえに上がるときが近づいてるってこと」
『うそだ?』
「うそじゃない。ホントよ。
上に明るい光が見えるもの。
一緒に映画も観たじゃない」
『君がいなくなったら、ボクはどうしたらいい?』
「心配しなくても大丈夫。
私と出会う前を思い出して。
あのときと同じ気持ちで。
ニュートラルになって過ごしなさい。
きっと、すばらしい人生が待っているわ」
『わかった、わかったけど、もう少しだけ待って』
「ううん、だめ。
もう行かなきゃ。
いい?
私が消えたら、あなたから電話しなさい。
今晩、イブの夜。
よかったらお茶でも、いえ、お酒でも、って。
私を誘ったときのように。
あの子とならきっとうまくいくわ。
私、人を見る目あるのよ」
彼は瞳を潤ませて、嗚咽し始める。
私は、後ろ髪をひかれながら、彼の頬に優しくキスをした。
「私の一番の願いは、あなたが幸せになること。
願いをかなえてくれる?
さるぼぼは国分寺でお焚き上げしてもらって。
今までありがとう。
元気でね」
私はゆっくりと、明るい方へ上がっていく。
今までの人生と、神様がくれた6年間に感謝して。
読んでいただき、ありがとうございます!
よろしければ、ボイスドラマもお楽しみください!