8 嘘と口実
冬休みも終わり、更新の頻度は落ちたけれど、順調に私は連載を続けていた。相変わらず人気はない。でも、私は好きだ。自分好みに書いているのだから当たり前なのだけれど、これを読んでくれている人たちはどう思っているのだろう。
読者の感想が欲しい。アクセス解析よりも“期待しているよ”とか、具体的な実感が欲しい。でも、まだ、私の連載は完結していないのだから、書けないのかもしれない。完結を待ってくれているのかもしれない。
そう考えた私は、必死で物語を更新した。なりふり構わず、時間を割いた。
そんな事もあって連載は後少しで完結。下書きはできていた。あとはそれを見直すだけだ。
そんなある日――その日最後のチャイムが鳴った。
暖房の効いた教室。クラスメイトのざわめきが聞こえる。
「これからどこ行く?」だの、「練習だりぃな」だの、「また明日」だの――思い思いの言葉が飛び交う。その空間で、私と千尋も例外ではなかった。
「ねえ瑞穂、今日はどこへ行こうか?」
肩に鞄をかけた千尋が、後片付けに手間取る私の顔を覗きこんでくる。
それに私は、「う~ん」と首を傾げた。
千尋と私の日課は、ここから始まると言って良い。一緒に遊ぶ事。その計画だ。前にも言ったかもしれないけれど、千尋には彼氏がいる。でも、なぜだか私を優先してくれているのだ。そして、いつも千尋から言葉をかけてくれる。 ありがたい事だ。嬉しい事だ。だけど今は……
「ごめ~ん。今日もちょっと予定があって……」
勢い良く合わせた両掌がパンと鳴った。それに千尋の唇が尖る。
「え~、今日も? どうしたの瑞穂。何かあった?」
「特別な事はないよ。だけど、ちょっとね……」
歯切れの悪い言葉に、千尋の眉が少し寄る。
「そう、なの?」
「うん。だから、ごめん。――埋め合わせって訳じゃないけど、今度カラオケにでも行こうよ」
“カラオケ”という単語に、千尋の目が輝いた。
「あ、そうだね。最近行ってないし。聞いてよ、あれからレパートリー増えたんだよ私」
「そうなんだ。私も置いてかれない様に、新しい曲勉強しなきゃ」
「だよね。瑞穂の選曲はいつも“少し古い”もんね」
「ひど~い。昔の曲だって、良い曲あるんだからね。アルフィーバカにしないで」
「え、いや、アルフィーだけじゃないよ。瑞穂はなんだか昭和の匂いがする」
「しょ、昭和って……」
否定はできない。やっぱり私は、古い人間なんだ。それの再確認ができました。はい。
そうやって、少し肩を落とした私に、千尋が人差し指を立てスウと私の鼻に当てる。
「でも、私は好きだよ。瑞穂が歌う歌。聞きたいな」
ドキリとした。優しい声に、細くなった眼に、冷やりとした千尋の指に。
この誘惑は、至極。嗚呼、まさに小悪魔。このままでは、私の心が折れてしまう。然らば……
「じゃあ、今度と言わず、明日行こう。だから、今日は、彼氏の所へ行って来なさい」
お返しとばかりに、人差し指を千尋のおでこに当てた。彼女の目がくるりと丸くなる。
「え? もしかして、そんな事気にしてるの? 瑞穂らしくない」
そんな事って……。彼氏涙目じゃない? 少し、可哀そう。
「だっていつも、千尋を私が独占してるんだもん。なんだか悪いよ」
嘘じゃない。だけど、口実だった。
「そう、かな?」
首を傾げる千尋を横目に、私は教科書を無理矢理鞄に詰め込むと、席を立つ。そして……
「だから、また明日ね。バイバ~イ。千尋」
逃げる様に、教室を出た。
と、教室を出たのはいいけど、私に行く所はなかった。それは言葉のあやだけど、しっかりとした目的地がないのは確かだ。少しの罪悪感。それが、チクリと痛む。でも、今日だけだ。今日完結させる。そのために、場所を選定しなくては。
とりあえず、冷える廊下を歩いていると、自動販売機が目に留まる。清涼飲料水が売られているそれを前に、私は立ち止り、視線で品物を選びながら財布を取り出した。
あったか~い。と区切られた中から、コーンポタージュが目にとまる。すると、鼻腔の奥に、あの香りがふわりと広がった。
「よし、君に決めた」
と、財布から小銭を……
溜め息が出た。
足りない。あり得ない。どうして? 三十円しかないの?
お札の所も一応見たけど、伊勢神宮のおみくじしか入っていなかった。
言い訳はできない。現実はこうなのだ。そう言えば、お小遣いも、お年玉も、家の引き出しの中だ。補充するの忘れた……残念、私。
後ろ髪を引かれる思いで、私はコンポタに別れを告げる。バイバイ。明日ね、明日。
予期せぬ事で、非常に残念だ。でも、まだここで良かった。漫画喫茶で気付いていたら、マクドナルドで気付いていたら、もっと私は辱めを受けていた事だろう。
千尋と遊びに行っていたら、千尋に迷惑をかけてたなぁ。不幸中の幸いかもね。
しかしこれで、益々行く場所がない。家に帰ればいいのだろうけど、今日はお父さんが休みだと言っていた。帰ればきっと、うるさく言われる。それは間違いない。集中できないのは嫌だ。どうしよう?
暖房が効いていて、集中できる場所……。
その時ピカリと閃いた。
「あ、図書室」