6 大晦日の神降ろし 下
気が付けば、親指が動いていた。
物語を紡ぐ。なぞる。打ちこんだ。
設定に足りないところは付け足す。合理的に、だけど、大胆に。
「お、渋滞抜けるぞ」
お兄ちゃんがそう言った時には、あとがきを打ちこんで投稿していた。
題名は、私が付け足した設定……。
渋滞を抜けるとスムーズだった。
あっという間に駐車場に着く。だけど、伊勢神宮のすぐ傍じゃなかった。パークアンドバスライド――と言うらしい。神宮周辺の渋滞緩和が目的だそうだ。
バスに揺られて、目的地へ。
鳥居をくぐって橋を渡る。木々の茂る砂利の参道を進むと、すぐに人の波が見えた。
「げ、ここも渋滞か」
「仕方ないじゃない。いつもそうだよ」
時間差で零れたお兄ちゃんと私の溜め息が白く広がる。少し上に昇ると、風にあおられ消えていく。それを横目に、私たちは最後尾に並んだ。
ユニクロのダウンジャケットを着て来たけど、さすがに寒い。じっとしているから、余計にかもしれない。体の芯から冷えて、意識しなくても体が震えた。
「寒いか?」
「そりゃあね」
「だったら……」
お兄ちゃんがそう言いながら、自分の革ジャケットを脱ぎ出す。それに私は半眼を向けた。
「いらない」
「おい。寒いんだろ」
「寒い。けど、いらない」
「俺が着てたやつだ。肌のぬくもりも……」
「残ってるなら、もっと嫌。それに、そんな恋人みたいな事誰がしてもらうもんですか。そっちのが寒い」
「そうか、わかった」
お兄ちゃんはそう言いながらジャケットを羽織り直す。でも、目には何か企んでいるようだ。だから、私は先手を打つ。
「それもダメ」
「ぬおっ!? なぜだ瑞穂。なぜ言わせてくれない」
「どうせ、あれでしょ。抱きしめて暖めてやるとでも言うつもりだったんでしょ」
「して欲しいのか?」
「誰が!?」
「わかった。暖めてやる」
そう言って、腕を広げるお兄ちゃん。バカですか? 変態ですか? こんな人が多い所で、妹に何をしようと!? これは最大の身の危険。後ろにも横にも前にも、人、人、人。必殺技を繰り出すスペースがない。だったら……
軽く息を吐く。白くなった。そこで息を止め、握り締めた拳を繰り出す。
『瑞穂、百列拳!』
「見事だ、妹よ」
「ほら、お兄ちゃん。バカ言ってないで、前進んだよ」
私の拳が何度か捉えた頬をさするお兄ちゃんを横目に、温まった体を軽快に動かしながら、私は前に進む。
私たちが並んでいた列は、年越し参拝用の列だった。その列が動き出したと言う事は、もう、年が変わってしまったんだ。
その時ふと、私の携帯が鳴った。と、思ったら、人混みの中から色んな音が流れ出した。まるで、秋に草むらで鳴く虫たちだ。と、そんな事より電話、電話。
メールだった。
千尋からだ。
“あけましておめでとう”だって。
私も急いで返信しようとしたけど、“エラー”。通信状況が混雑しているんだって。
そりゃぁ、そうだよね。ここで鳴る携帯だけでも、いったいいくつあるのか見当もつかない。むしろ、千尋のメールが届いた事が奇跡だと思う。
このまま“なろう”にアクセスしようと思ったけど、無理だよね。また明日。その時まで、お休み。
参道を突き当たり、そこを左へ。石段を登り、門をくぐると、そこが本殿だ。
もみくちゃになりながら、お賽銭。そして、二礼二拍手一礼。お願は……ひ、み、つ。
その後、帰り道でおみくじを引いた。
「おい瑞穂。どうだ俺は大吉だぞ!」
「私だって大吉!」
互いに張り合った結果、お兄ちゃんはそのおみくじを枝に結んだけれど、私は財布にこっそりしまった。
『大吉――待ち人、来る。今年は良き出会いに満ちた年。自ら進めばさらに良し』
その後食べた肉まんは大きくて、温かくて、美味しかった。
今年はきっと、良い事があるなぁ。ふっふふ~ん。