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小説家になろう  作者: 藤咲一
私と小説
6/51

5 大晦日の神降ろし 上


 今年も後、残すところ数時間。

 私は、お兄ちゃんが運転する黒いオデッセイの助手席に座っていた。

「しまったな。渋滞だ……」

 お兄ちゃんの言葉で視線をフロントガラスに移すと、山の端を巻く暗いハイウェイに、真っ赤なテールランプの大蛇が横たわっていた。

「だから、下道で行こうって言ったじゃない」

「すまん。判断ミスった」

「まったくもう……」

 そう言って私は携帯を取り出し、“なろう”にアクセス。初めて投稿した物語のアクセス数を見て、すぐに閉じた。

 伸びてない。

 溜め息が漏れる。

 三日に一度更新しているのに、全然と言って良い程アクセスがない。読まれていないんだ……私の物語。そう思うと悲しくなる。

 せっかく投稿したんだ。誰かに読んでもらいたい。そう思う。だから、ここまで反応がないと中途半端なまま連載を止めてしまおうか、なんて思いたくなる。

「止めようか……な」

 不意に零れた。小さな声だったと思う。だけど、お兄ちゃんは聞き逃さなかった。

「諦めたらダメだ。諦めたらそこで試合終了だぞ」

「へ?」

「いいか、俺たちは父さんや母さんの分まで、初詣に行くんだ。瑞穂――バスケがしたいだろう」

 ああ、そっちの事か。

「そうだよね。毎年恒例だもんね」

 そうなのだ。私の家では初詣へ向けて大晦日に出発。そして、年の変わる頃に、太陽神が祀られているあの伊勢神宮へ、家族で参拝する事が恒例行事なのだ。だから、この日だけはお兄ちゃんも彼女と一緒じゃない。でも、お父さんとお母さんは仕事だった。どうしても抜けられないのだと、申し訳なさそうに渡された一足早いお年玉が、脳裏を過る。

「それにしても、おんなじ事を考える人間がこんなにもいるとはな、少し嫌悪けんおだ」

 そうやってハンドルへもたれかかるお兄ちゃん。

 それに合わせて私はもう一度溜め息をつく。

 とろとろと流れる高速道路。これじゃあ高速じゃなくて低速道路だ。

 聞こえるのは、暖房の音とエンジン音。その隙間を縫うようにして、ゆずの“心のままに”が流れている。

 お兄ちゃんチョイスのMD。未だにカーナビすら付いていないお兄ちゃんの車。だけど、音響設備だけは抜群だった。

 この歌は、悲しい。特に今の私の心を締め付ける。前向きな歌なんだ。だけど、歌詞の端々が今の私に当てはまってしまう。

 旋律に鼻歌が乗った。お兄ちゃんのだ。ボリュームを上げればいいのにと、私はオーディオを弄る。

 スピーカーが大きく震え、音を生み出す。ゆずの声が重なって、今から最後のサビが始まるところ……

 それに耳を澄ませた。私は一番ここが好き。

 私も、音に合わせて口を小さく……

 歌った――お兄ちゃんが。ボリュームに負けじと声を上げて。

 ちょっとした歌泥棒に、苦笑いが浮かぶ。

 その部分が私にあれば、ここまでテンションが低くいないだろうに。

 そう吐き出した息。それを跳ね返す様に、お兄ちゃんの声が更に大きくなる。

「よ~し、気分が乗って来た。瑞穂MD変えてくれ」

「はぁ? 私が?」

「そうだ。他に誰もいないじゃないか」

「お兄ちゃんがやればいいじゃない」

「ノンノン。俺は今運転中だ。事故ったら危ないだろう。な、瑞穂」

「こんな低速道路で事故なんてする訳……」

 そこまで口にした時、まだずっと向こう――渋滞の先端でワンボックスのパトカーがパトランプを回している姿が見えた。

「渋滞の原因は“事故”か」

 視界の端でお兄ちゃんがニヤリとする。

「もう、わかったわよ。どれにするの?」

「ポルノがいい」

 甘えるような声に寒気を覚えながら、私は“ポルノグラフティ”と赤文字で書かれたMDを選び出し、“ゆず”のそれと交換した。

 流れ出す音楽。軽快なイントロに合わせて、お兄ちゃんの鼻歌がもう始まっていた。



 原因はわかったのだけれど、渋滞は一向に進まない。代わりにお兄ちゃんの単独ライブが一曲一曲とその曲数を増やしていった。

 この時間に……と私は携帯を取り出す。さっきアクセスを見ても伸びていなかった。だったら、今のこの時間に物語を更新してやる。目に付く場所に小説のタイトルが上がっていれば、暇な時間に誰かが読んでくれるかもしれない。

 そうやってサイトに繋ぎ、執筆を始める。

 その時だった。お兄ちゃんの声が止まった。ううん。違う。歌うのを止めたんだ。

 ポルノグラフィティの中では異質と感じるイントロが流れ出す。

 お兄ちゃんの鼻歌は始まらない。音だけが聞こえる。そして……

 歌詞が流れ出す。

 空間が止まった。雑音が、消えた。歌が、詩だけが心に入って来る。

 紡がれた歌詞は、物語だった。まるでそう、悲しく切ない弱い者の叫び。

 まるで、私の叫びだ。

 広がる世界。

 色付く情景。

 動き出す登場人物。

 そこに私が重なった。


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