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小説家になろう  作者: 藤咲一
私と小説企画
50/51

30 人は壁を目の当たりにして、爪を立てる事ができるか?


 でも、さっきからまったく反応がない。もしかして、聞いていないんだろうか。――なによ、私ばっかり、バカみたいじゃない……。

「って、それだけ言いたかったの。結果が出るよりも早く、メールでも、電話でもなくて、あなたに謝りたかった。それだけ……」

 おどけて、背を向け、俯いた。

「だから、今度会う時は、勝負の結果が出た後……」

「待ちなよ」

「え?」

 振り返ると、彼が物陰から姿を見せていた。半身で少し俯き加減だった彼の顔が、眼鏡を押し上げつつ、こちらに向く。

「僕らしくない、か……。相変わらず厳しいな、君の言葉は――けれどそれだと僕は、誰に弱音を吐けばいい?」

 久しぶりに見る陣内誠司の姿に、私ははっと息を呑んだ。それに気付き、私は彼の下駄箱へ視線を逸らす。その脇で、彼の口が動くのが見えた。

「僕だって、完全無欠の超人的な存在じゃない。弱音を吐きたくなる時だってあるさ」

「けど、あなたは、私よりずっと……」

「変わらないよ。少しくらい打たれ強くたって、オーバーフローはさすがに僕だって堪えるんだ。はっきり言って自信作だったんだよ。企画以外で“なろう”へ投稿したアレはね。でも、編集には認めてもらえなかった。揺らいだよ。自信が。もしかしたら僕のやっている事全てが、積み上げてきたもの全てが、間違いだったんじゃないかって――そんな僕が、君に何を教え、伝える事ができるんだってね」

「そんな、ひとりの意見で」

「ひとり、でもね……、そこを通らなければ世に書籍として出回らないわけだ。読んでもらえないわけだ」

「そんなのおかしいよ。だって、小説を書くのは自由でしょ?」

「プロってのは、売れるものを書かなくちゃいけないんだ。売れると認識させるものをね。それって、オーディエンスにどれだけの需要があるかだと思うんだ。需要のある物を書く、売れる物を書かなくちゃいけない。それでなければ、お金はもらえない。――つまり、僕の言葉には価値バリューがない」

「嘘っ! あなたの言葉に価値がないはずがない!」

「そう言ってもらえるのは嬉しい。オンラインを含め、こうやって僕の言葉に耳を傾けてくれる人がいると言うのは幸せな事なんだと思う」

「止めてよ! そんな悲しい事言わないでよ! 別に、プロじゃなくたっていいじゃない。お金がもらえなくたっていいじゃない。小説は、お金のために書くんじゃない。読んでほしいから、共感してほしいから書くんだし。読んでもらえるように努力するんじゃないの。あなたのやろうとしてる事は、本末転倒よ!」

 一瞬通り抜けた沈黙。けれど、それはすぐに彼の言葉で消える。

「本末転倒――かもね。僕の中で結論としてはまだ出ていないけれど、選択肢のひとつとして君に、それを教えてもらったとも思ってる」

「どういう事?」

「君の執筆技術の上達ぶりを見ていれば、そうだと思えるさ。小説を好きで書いている。だから、真剣だ。商業と言う面でなくて、もっと本質に近い部分。そこで、君は書いている。それに気付いたのが、君に殴られた時だった」

 彼は、左頬に掌を添え、その時を思い出しているみたいに見えた。一度逸れた彼の目が、こちらに向き直ると、頬から手が離れる。

「効いたよ。僕も君みたいに、小説を書いていければと思った。結果、勝負だって言ってしまった事は、今までの自分に踏ん切りをつけたかったのかもしれない。あくまで、結果論だけど、ね」

 まるで、以前の私を見ているようだ。図書館前で雪の舞う中、陣内誠司の胸に飛び込んだ時のよう――もしかして彼は、ここで筆を置くの?

「どうするの? これから……」

「ん? ああ、どうだろうね。趣味として書こうか、それともプロを目指そうかは、保留にしとくよ。公募の経験も、今回の企画の経験も、僕にとっては糧だし。それを腐らせるつもりはないよ。なんだかんだ言いながらも、僕は小説を書くのが好きだからね」

 まるであっけらかんと言った彼の表情は、バカにしないでくれよと言いたげに、彼なりの“何か”を見つけたように見えた。そして、その顔に微笑が浮かぶと、含み笑い、私の顔を見てくる。その眼は曇りなく、真っ直ぐだ。

「ところで君は、今回の事で、得る物があったかい?」

 問いで巡る記憶。たった一か月、あっという間の一か月。だったけど、私は、大切な事に気付いた。

「うん――たくさんあったよ。色んな経験、色んな出会い――」

 色んな、想い。

「だからさ、もう勝負なんてなしにして、あなたも企画の掲示板においでよ。あそこには、色んな人たちがいるよ。色んな価値観が飛び交ってるし、悩みも聞いてくれる。たくさんの発見もあって、ホント、面白いし、楽しいよ――」

 そこで彼の顔が見れなくなった。跳ね上がる鼓動を押し殺し、私はつい目を逸らしてしまう。

「――けど私、あなたがいないと寂しい、かも」

 と、こっそり視線を戻し見た彼の口が「そう……」と動きかけた時――

「オイ陣内! 下校時間だって放送したのが聞こえなかったか?」

 男性の声? 川たんじゃない。ここからじゃ下駄箱で影になって見えないけど、たぶん生徒指導の田端だ。思わず私は肩をすくめた。でも、陣内誠司は平然と、声がした方に向き直っていた。

「すいません。聞こえて帰る途中です」

「そうか。なら、気をつけて帰れよ」

「はい」

 何食わぬ顔でそう言った陣内誠司の脇を、通り抜ける田端。水色のカーディガンがはち切れそうな体の先生は、息を殺した私に気づくことなく、スリッパをぺたぺた鳴らして、階段を上って行った。

 そんな田端を視線で追っていた彼の目がこちらに向くと、陣内誠司は首を傾げ、笑って見せる。そして――

「帰ろうか? 川上先生に見つかるのは怖いし、君が何を得たのかは道道にでも」

「え? 一緒にって事?」

「じゃなきゃ、聞けないだろう? それとも、嫌かい? 僕と帰るの?」

「イヤ、じゃないけど……」

 私にこんな事を言わせるなんて、陣内誠司は意地悪だ。


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