29 言葉の重さは何グラム?
今日は朝から雨が降っていた。ぶ厚い雲が空を覆っていて――暗い。朝見たニュースでは、梅雨入りだと言っていた気がする。もう、そんな時期なのだ。
あっという間の一か月。
私は教室の窓際でぼんやりと、灰色よりも暗い、止まない雨を見ていた。
後ろから聞こえてくる放課後の談笑。受験勉強、夏の大会、インターハイに向けての気概などが飛び交って、外とは対照的に光を放った世界のような気がした。窓はそれを鏡になって映し出す――ガラス一枚を隔て、向こう側に映る私と、こちらの私。
目標、夢。それがある事は素敵だと思う。私だって、大学進学が、一番身近な目標。その為に必死で勉強をしているし、頑張っていると思う。誰かに認められているかどうかって言えば、わからないけれど。結果が出れば、それは認めてもらえるのだろう。あくまで、結果論でなら――
と、私は携帯を手に、開く。
昨晩始まった企画作品の投稿。私も、チャットの人たちと同じように日付が変わってすぐに投稿を済ませた。推敲をギリギリまでやった甲斐もあり、今まで書いた小説の中で一番しっかりした作りかもしれない。内容はコメディ色が濃厚だけど、それはそれでご愛嬌。
読みやすさも相まってか、参加者の方から感想が既に付いていたりした。そこで見つけた安藤一樹の名前。つまり、陣内誠司はもう既に小説を読んだって事――だったら、もう、いいよね……。
データボックスの中に保存しておいた未送信メール。それを私は送信した。
返信があるかどうかはわからない。けど、たぶん。彼なら返してくる。
携帯をポケットにしまい、鞄を手に持った。そして私は、談笑に満ちた教室を後にした。
携帯電話が震え、メールの着信を知らせたのは、教室の雰囲気を引きずる三年生の下駄箱の前だった。私は立ち止り、ポケットから携帯を取り出すと、差出人を見る。
やっぱり来た。陣内誠司からだ――
[件名:Re:会える?
本文:悪いけど、約束は約束。結果が出るまで会うつもりはないよ]
コノヤロウ……、なんちゅう意地っ張り。
けどね――
横目に見る歯抜けになった下駄箱。そこで見つけた……。ううん。見つけていた陣内誠司の文字――そこに、彼の靴はまだ残っていた。
「逃がさないから」
ひとり下駄箱で待つ私を、一瞥だけを残し通り過ぎる生徒たちと、時間。
ひとつ、またひとつと、下駄箱から靴が消えていく。けれど、彼の姿は現れてこない。目で見える範囲。確認できる範囲を見回せば、もう、残っている靴は彼のだけだ。
それを確めた時、チャイムが鳴った。たぶん時間的に、これがリミット。案の定、廊下のスピーカーが一度ゴソっと音を立てた。
「もうすぐ下校時間です。学校内に残っている生徒は、速やかに下校してください。繰り返します――」
流れた校内放送の声は川たんだった。日替わりで当番制だと聞いた事がある。そして、今日は川たんだって本人が言いふらしていた。それは、怖さを覗かせ、手間をかけさせるなと暗に言っているのだと思うし、それをみんなが理解しているし、知っているのだ。だから、さすがにこの日だけは生徒のはけがいい。残っているのは、私と、陣内誠司――
根競べだったら、私だって、それくらい……、覚悟持ってやってんの。
鞄の柄をぎゅうと握り、見据えた先――二階へと続く階段の物影――そこでチラリと見えた人影。それは間違いなく彼だろう。
何となく、さっきからずっとそこにいるのはわかっていた。気配って言うと嘘臭くなるのだけど、静けさの中に浮かぶ存在って言うのは、何となくだけど、私の感覚に引っかかって来ていた。それが彼だと、誰もいなくなってようやく確認できた。だから、私は――
「そこにいるんでしょう? 陣内誠司!」
呼びかけに返答はない。でも。
「いるんなら、出てきなさいよ。いないならいないって言いなさい」
「いない」
返って来ないと思っていただけに目が丸くなる。けど、端的に言い切られた言葉の声は、間違いなく陣内誠司だった。なのに、「いない」って何ぞ!?
「くぉんのぉ~、いないってあんたね。まんまその声で言われたって、いないと思うかぁ!」
物陰に隠れたままのそこへ言葉を向けても、反響して、広がるだけ。それが過ぎると、どことなく溜め息みたいな音が聞こえた。
「いったい何のつもりだよ? 君は僕のストーカーか? 結果が出るまでは会わないって言ったばかりだろうに」
出てこないまま、彼の言葉だけが向けられた。そう簡単には出てこないつもりって事かしらね。でも――
「なんとでも言えばいいけど、今日、あなたの顔を見るまで、私はここを動かない」
「そうか……、だったら、裏門から帰るとしよう。上履きでだって帰れない訳じゃない」
まだそんな事を言うっていうの? この依怙地っ! そんな事をされれば、確かに、私がここにいる意味がなくなってしまう。けど、残念――
「『帰れないわ』」
だって――
「そうする事は、今までにチャンスとしてたくさんあった。けど、あなたはまだここにいる。それはどういう事かしらね?」
「やらなかっただけの事。その気になれば……」
「その気になれば、でしょう?」
「何が言いたいんだよ」
彼の意識が私に向いた。今がチャンス。ホントは、面と向かって、彼の目を見て言いたかったけど、言ってやる。
「言っとくけど、ここからは全て私の推測でしかないけどね。耳ぃかっぽじって、よぉーく聞きなさい。一度や二度の落選で、そんな態度、あんたらしくないって言うの!」
「だから、何を根拠に?」
「私、調べた。今からちょうど二か月前。驚嘆社出版の推理大賞募集広告。文字数制限は十万文字以下だったかしらね」
彼があんな事を言った時期、彼が原稿用紙に小説を書いている理由――
「たぶんそれって、一か月前くらいに結果が出たんじゃない」
そして、それは“なろう”に投稿された小説の意味合いから、推測できる。
つきつけた言葉。流れた静寂。汗ばんだ手を握り、開いて、胸元へ添えれば、心臓が、破裂しそうだ。そこに、陣内誠司の声が静かに紡がれる。
「……ああ、そうだよ。ダメだった。だからそれが、なんだって言うんだ」
「だから、あんな事言ったの? 自分が絶対じゃないって」
再び訪れた静寂。その沈黙が答えだって言うなら、やっぱり、陣内誠司らしくない!
「それが、あんたらしくないって言うのっ! そりゃあ、誰かの意見が絶対ってわけじゃない。そんなの、千差万別だし、時期によっても絶対不変ってものじゃない。けどね、私は、あなたの言葉を信じているの。あの時言ってくれたから……、信じているから聞くし、その意味を知ろうとする。内容によっては取捨選択だけど――はっきり言って、あなたの言う言葉は、私にとって重みが違うのよ。例え、自信を失っていたとしても、私を見ていなかったとしても、あなたの言葉は、私にとって、重要なのよ。あなたはあなた。それじゃあダメなの?」
あなたには強くいて欲しいの。弱った言葉なんて、聞きたくないの。私は――私は、自信満々に真っ直ぐ小説を見て、語るくらいのあなたに――憧れてるんだから。
「だから、つまり、私が何を言いたいかって言うと……」
誰にも相手にされてないとか――
「酷い事言ってごめん」