27 リライト
現実に戻ると画面に並ぶチャットのログが、かなりの時間止まっていた。
[ミズホ:あれ? 山咲さん? 寝ちゃいました?]
この書き込みが三十分前――それ以降は、なし。って事は……。
ああっ!? 小説の構想を練ってたらミズホさんを置き去りに……。
慌てて文章を打ち込む。けれど、間に合わなかった。長文を途中まで打ち込んだ所で、ログが更新される。
[ミズホ:夜も更けてきましたからね。他にどなたも来られない事ですし、私はここら辺りで失礼します。それでは、おやすみなさい]
せめてあと少しだけ待ってください。って、とりあえず、私が起きている事を伝えなくちゃ。
[山咲真:ああ、すいませんミズホさん。少し考え事をしていて]
[ミズホさんがログアウトされました]
浮かぶ上がったログアウトの文字――ああ……。間に合わなかった――でも、ミズホさんにお礼だけは……。
[山咲真:ごめんなさいミズホさん。今日はとても楽しかったです。相談に乗ってもらって、アドバイスも嬉しかったです。もし、またお話しできる機会があれば、よろしくお願いします。それでは、ありがとうございました。おやすみなさい]
もしかしたらミズホさんの目に留まらないかもしれない。けど、ミズホさんの言葉のお陰で私は、企画作品として投稿する小説の意味合いが整理できた。だから、リライトを決めた。もし、今日ここでミズホさんに出会っていなければ、私はどうなっていた事だろう。
考えたくはない。まだ可能性としては残っている事だし。そうならないためにも、ミズホさんへの感謝の意味もこめて、私は、企画小説を、書き上げるって決めた。
ブラウザウィンドウのバッテンで閉じると、代わりに“なろう”の執筆フォームではなく、デスクトップのショートカットから“一太郎”を選択しダブルクリック。
たまたまこのパソコンにインストールされていた“一太郎”。以前、何だろうと開いてみたら、文章作成ソフトだった。オフィスのワードとほぼ同じなんだけど、こちらはワードとは違って、日本語に強い。エイトックもあるし、なによりワードみたいに、途中で段落分けをした際、文頭のひと升開けがちゃんとできてないって事がない。これに関しては私がやり方を知らないだけかもしれない。でも、エイトックの変換は秀逸だ。楽ちんだ。
だから、私の最速最終兵器“一太郎”起動!
まず私は物語の背骨を書いた。冒頭から最後まで――それを一気に。これが主旋律。ぶれさせてはいけない所。私が書きたい事だ。
そして次に、登場人物の輪郭を引き、主旋律に厚みを持たせる設定、背景を重ね、抑揚に指揮棒を振る。
こんな感じに例えるなら、短編はオーケストラじゃない。バンドだ。楽器は限られているけど、オーケストラに負けない音楽だって奏でる事ができる。私の知る限り、ギーちゃんの音楽は、オーケストラに負けない。
要は見せ方。書き方。奏で方だ。
私は、私の小説で歌う。指揮棒を振りながら歌詞を歌う。
作詞、作曲。それができて草稿。もちろんタイムランは間違えない。間違わない。
何度もリピート。ワントラックリピート。
『とても楽しい音。私も歌えるかな……』
背後から聞こえた声へ肩越しに振り返ると、ディスプレイを覗きこむ“私”。
この小説を彩るヴォーカルは四人。双子の少年――相沢恭介、相沢亮輔。渦中の少女――樋口紀美子。そして、もうひとり――西園恵美。
っと――でも、メインヴォーカルは私だよ。つまりは純粋な三人称って事。だから――
「歌えるに決まってるじゃない。それに、聞きたいかも、あなたの歌声」
『そ、そう? じゃあ……、もう一回、頭から、いい?』
「うん。OK」
そう言って、私はスクロールバーを一番上へ戻し、細部の確認と調整、いわゆる推敲へ。
画面をスクロールし始めると、脳内で私の声がリズムを刻みながら、歌詞を歌いあげる。
メゾピアノからフォルテ、カンタービレ。少しトーンを落としカンタービレ! って、ほとんどカンタービレじゃない。
『良いんじゃない。別にさ』
「いいかなぁ?」
そう言って向けた視線に、“私”は快活に笑う。
『歌っていて楽しかったもの。それが一番だと思う』
それに私は同じ笑顔を返した。
「かな」
『まったく、私にはあなたの力がわからないわ』
「それって褒め言葉だよね」
『ええ、それ以外にないわよ。ホントに……』
「じゃあ、今日はこれでお終いにする。また、明日からギリギリまで推敲しなくちゃだね」
『そうね。無理をしてもいけないわ。それに、推敲は時間をおいて繰り返すべきだものね』
「一晩おいたカレーが美味しくなるように?」
『そう言う事よ。彼もそう言ってたし……、時間は有意義に使わないとね』
陣内誠司――
「……うん。わかってる」
『どうしたの? 浮かない顔して?』
「でもさ……、どうしてあいつあんな事言ったんだろう……」
『それは、甘っちょろいって言った事? それとも、それより少し前の言葉かしら?』
そう言って肩をすくめてみせた彼女の言いたい事は、だいたいわかってる。けど――
「でもあいつ、私に感想をくれた人たちをバカにした」
『バカにした。かもね……』
「かも? って、絶対よ」
『言っとくけど、この世に絶対なんてないわ』
「バカにしていないって言うの? あれだけの事言って」
『ううん。あなたがそう感じたのなら、そうなのよ。けど、“私”はそうは思わなかった』
「どうして? あなたは私でしょ?」
『そうよ。だからあえて言うわ。人が言葉から感じる事なんて、人それぞれ。言葉を発する時も同じようにね。そして、同じ人であったとしても、時期や経験によって違うものよ――』
途中で区切られ、生まれた沈黙。その向こう側には、複雑な色を灯した“私”の瞳があった。それが瞬くと、続く言葉。
『そして私は、あなたの中において、恐ろしい程現実的で、客観的な思考を受け持っている』
「どういう事? 意味わかんない」
『つまり……、あの時のあなたは、冷静だったと言えるのかしら? ざらついた感覚に、焦っていたんじゃない?』
「それは……」
そうだと思う。陣内誠司が言った言葉に私の心はざらついた。信じていたのにと、裏切られた気持ちになった。
『でも、良く考えてみて、彼が批難していたのは、彼自身じゃない? 甘っちょろい感想を書いてしまった自分がいると、そう言っているんじゃなくて?』
「けど、もしそうだとして、どうして、あんな事を言ったって言うの?」
『どうして彼があんな事を言ったかなんて、本人しかわからない事。だから、憶測でしかないけれど……、彼の中で、自信が揺らいでいたんじゃないかしら? だから自分の意見が、全てが全て正解でないと言った』
「自信……」
『そう。例えば、彼の書いた小説がコテンパンに批判された。もしくは感想が――とか?』
確かに彼は、小説に対して怖いくらい真っ直ぐに突き進んでいる気がする。私とは少し違う道を、ずんずんと――けれど、言葉は辛辣で、そっけなくて、耳の痛い事をズバット言う彼が、同じ言葉を向けられて、へこんだりするのだろうか? どんな批判だろうが酷評だろうが、糧になったと、今後の参考にする彼が――
「そんな事で、陣内誠司が、弱っていたって言うの?」
『あくまで可能性としてだけどね……』
だとしたら――私……、最悪な事言った……。