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小説家になろう  作者: 藤咲一
私と小説企画
46/51

26 書ける事と、譲れない事


 ダメだ……。この小説は投稿できない。

『ようやく気がついたのね――』

 暗闇に浮かぶ、制服姿の私。ブレザーの色は実物とは違って黒い。だからなのかもしれないけど、ブラウスが逆に白く、複雑な彼女の表情と一緒に浮かび上がって見えた。怖いほど白い。まるで幽霊。けど、それは私に違いなかった。

『失敗した理由……』

 もうひとりの私が言った言葉は、どこか寂しく、孤独感が広がって、掌にのった光が、弱々しく瞬いた。

「うん……。気がついた。結局私は、書けない事を書こうとしていた……」

 良かれと思って、色々書いた。読んでもらうため、読みやすくするため――そして、わかりやすくするために。けど、それは私の目指す所――小説家としての努力である部分。だから削れないし、削れる部分だとも思わない。つまり、最初の段階で失敗していた事になる。書きたい事を、最初のイメージで文章にすれば一万文字は超えてしまうのだ。その見通しが甘かった。

『そうね。文字数制限がある以上、それは超えられないのだから……』

「当り前のこと、それをわかっていなかったんだ。私」

 なんてバカだったんだろう。そりゃあ、削れないよ。せっかく書いた小説だけど、企画には投稿できない……。

『でも、良かったんじゃない。この時期に気がつけて』

 そうとも言える。けど、無理だ。アレ以上の物が書ける気がしない……。

「このままだとたくさんの人に迷惑をかける。企画を立ち上げてくれた鈴音さんや、私の小説を楽しみだと言ってくれた人たち――それに、陣内誠司にだって……」

 泣きそうになる。胸が苦しい。どうして、私は最初から出来なかったの? どうして誰の期待に応えられないの?

『それは――このままだと、でしょ?』

「書きなおしだよ。三週間もかけて作った小説以上の物をたった一週間でって、全然時間がないよっ!」

 弱った気持を強く口にした。それを“私”は、受け流す訳でもなく、受け止める訳でもなく、ただ、『まったくもう……』と、溜め息をひとつ吐き出し、人差し指を私の鼻先に突き出した。

『あのね。弱音を吐くのはまだ早いわ。あなたはあの物語の草稿をどれだけで書いたと思っているの?』

「え? わからない。覚えてない。」

 そう言うと、彼女の突き出した指が、二本になってVサインを作った。

『二時間よ。たったのね。つまり、まだまだ時間はあるの』

「けど……、アレ以上の物語を思い付かない……。インスピレーションが浮かんでこない」

 どれだけ早く書きあげたのかじゃない。もちろん書きあげられるかでもない。その前の構想がなければ、どれだけ早く書けたって、書けたものじゃない。

 どうしよう。どうしよう……、どうしよう!?

 書けないのが苦しいと思う。焦燥感が、火の粉に変わり、私の髪に纏わりついてきた。

 それを振り払いたくて髪の毛を振り乱した私を見て、もうひとりの私が『う~ん』と唸りながら首を傾げ――『じゃあ――』と元に戻す。

『目線を変えるのはどうかしら?』

「目線を、変える?」

『そう。確かにあの構成はあなた好みの、あなたがいかにも書きそうな小説。抑揚も何もかも。けれど、そればかりがあなたの書き方じゃない。そればかりが、あなたの思う面白い小説じゃないでしょう?』

「それって、うれし涙以外で書くって事?」

『違うわ。それも可能性に入れて、模索するのよ。あなたは、ハッピーエンドが書きたいのでしょう? 読ませたい小説を書くのでしょう? あなたが小説を書く上で絶対に譲りたくない事は何?』

 もうひとりの私の言葉が、胸に響いた。

 書きたい事。それと譲れない事。今の私が書ける事で、今回の企画でも書ける事……。

 可能性が、どんどん狭まって行く。いや、違う。結論に近づいているのだ。

 書きたい事は、涙の理由。

 譲れない事は、小説家としての努力。

 書ける事は、構成次第――だったら!

 その時、掌に乗る光が企画に沿わなかった小説と同じくらい――ううん。それ以上の輝きを見せた。それがふわりと浮きあがり、私と、“私”の視線が交錯するまで登ると、光の向こうで“私”が笑った。

『案外、早かったわね……』

 って、聞こえたかどうかの瞬間、輝きが弾け、暗闇が光に染まる。

 放射状に広がったであろう光が、私中を通り抜ける。それがまるで、フラッシュバックのように、ストーリーを映すウィンドウが展開しては、流れて、消えていく。

 冒頭が涙。そこから展開される少女と少年ふたりの物語だった。

 ひとり泣いていた少女。それを偶然見た少年らが、少女を慰めようと色んな事をするのだ。

 面白い話をしたり、踊って見せたり、ふざけて見せたりもした。

 けれど、少女はどうして少年たちがそう言った事をしてるのかわからないと、言う。

 「お前のためにやっているんだぜっ」とは言えない少年ふたり。

 擦れ違いが生むどたばたコメディー。淡い恋愛模様を描きながら、発展していく涙の理由の解明。

 そして、少女の泣いた理由が見えると、少年たちは安堵と一緒に、「くだらねぇ」と照れ隠しに笑う。それを、少女がからかいそこで幕引き。

 見えた。ストーリーが。

 あとはこれをどこまで面白く読んでもらえるように書くかだ。

 その為の設定――少年ふたりは幼馴染。そして同様の少女に恋をしている。

 面白い話も漫才を取り入れて、ネタにする。ボケ、ツッコミ。そしてリズム。パロディネタも少し入れてみよう。

 少女が泣いた理由は、ほんの些細な事だ。けれど、少年らにとっては大切な事。ううん。違う。少女にとって大事な事。だから泣いた。

 それはやっぱり小悪魔的に? それも面白いと思うけど、少女は天然キャラで行こう。純粋なんだ。まだ、恋愛とかその部分まで至らないていどの感覚。

 だったら年齢は思春期の始まる頃。それか、その少し前。

 少女と少年らの精神年齢に差をつけよう。それもまた擦れ違いで面白い。だから、くだらねぇと言いながらも、少年たちは嬉し恥かしだ。

 平等にするなら少年たちは双子の方が便利だ。オチがわかり易くなってしまうかもしれないけれど、書ききれないよりかは良い。

 じゃあ逆に、結論は書かないでおこうか。「ああ」とわかる程度に道しるべを用意して、読者に補完してもらう。少年らに読者の視線が重なってくれれば、できるはず。なら、主役は双子の少年だ。

 だとすると、オチを強くするためにもうひとり要る。

 どうしよう、足す? 文字数は超えない?

 冒頭から少女ふたりを絡ませ、少年たちのパート。夕暮れがあって、オチだから……。単純にワンパート二千五百文字。ありふれた風景を基本とすれば、説明も省けるし……。

 うん! いけるっ!

 よっし、できてきた。名前はあとで決めるとして、とりあえず骨子である草稿を書き上げる。

 私最速のタイピングでっ!


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