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小説家になろう  作者: 藤咲一
私と小説企画
45/51

25 瑞穂とミズホ


 画面いっぱいに広げたウィンドウが、一瞬ぱっと白くなって、ブラックアウト。中心に“now loading”が白字で浮かぶ。それが凄くじれったかった。光回線を引いているのに、なかなか先へ進まない。

 チャットルームを利用するのが初めてなだけに、これが普通なのか、それとも違うのかわからなかった私は、ただ待つしかない。

 ぼやりと、焦点がずれ、ディスプレイに私の輪郭が際立った瞬間、ぱっと、画面が切り替わった。

「あっ……」

 何となく漏れた声とは逆に、私の目は反射的に焦点を戻した。入室ボタンやコメント書き込み欄の下に、[閲覧者1]と浮かんでいる。これは、私の事だろうか。ってそれより――入室者の欄!

 [ミズホ]さんだけじゃんっ!?

 ヤバイ。本気でヤバイ。

 もし私が入ったら、ふたりっきりって事! な、何を話せばいいのかな?

 チャットって事が良くわかってないから、私は慌てて、今までの会話を覗いてみることにした。

 マウスでコロコロとスクロール。

 逆流する会話は[おやすみなさい]や[お疲れさまでした]で始まって――やっぱりここでも、人気者は大江山さんだ。中村さんとか黒ヤギさん。ザンジバルさんの名前もあった。

 リアルタイムだったからなのだろうか、ボケやツッコミが多かった。あとは、今読んでいる小説の話とかかな……

 なんて思った瞬間。見ていた会話が、ぱっと変わった。一瞬何が起こったのかわからなかったけど、会話ログの一番上を見て理解した。

[ミズホ:こんばんは。はじめましてミズホと言います]

 書き込みがあると、表示が一番上に戻るのだ。ってそれよりも、ミズホさんは、誰と話してるの?

 入室者の欄を見たけれど増えていない。閲覧者だって同じだ。って事は、私に? どどどどど、どうしよう? これって、時間をおけばおくほど失礼だよね。うん。きっとそう。

 私はネーム入力欄に[山咲真]と打ち込んで、入室をクリック。ミズホさんの書き込みの上に、[山咲真さんがログインしました]と文字が入った。

[山咲真:こんばんは、はじめまして、山崎誠です]

 慌てて打ち込み一括変換した文字は誤字だった。しっかり見とけばよかった……、と後悔しながらも、ミズホさんの対応は、さすがだ。

[ミズホ:こちらこそ初めまして、山咲真さん]

[山咲真:はじめまして、です]

 ああ、また[はじめまして]だなんて、同じ事を打ち込んじゃったよ。次、なんて打てばいいのかな? 大江山さんみたいにボケればいいのかな? ボケるって言ってもさ、なんてボケよう?

[ミズホ:山咲さん。チャットは、初めてですか?]

 ああ、時間を開けすぎちゃったかな? ミズホさんに心配かけさせちゃった? えっと、えぇっととりあえず返信……。

[山咲真:初めてです]

[ミズホ:そうなんですか。実は私も初めてなんです。だから勝手がわからなくて、ひとりで待ってたんですけど、よかった。最初に来てくれたのが山咲さんで]

[山咲真:え? 私?]

[ミズホ:う~ん。なんて言うか、同じ匂いがするんです]

 臭い? くんくんと自分の服を嗅いでみたけど、綺麗な白さ鈴蘭の香りだった。

[山咲真:ミズホさんもお家ではニュービーズ使ってるんですか?]

[ミズホ:ああ、そう言う意味じゃなくって、オーラって言うか、雰囲気が似てるなぁ、って掲示版の書き込みを見て思ってたので]

[山咲真:そうだったんですか、すいません]

[ミズホ:それに、小説も見せてもらったんですけど、ツボが同じだったのも要因かなぁ]

[山咲真:え? 読んじゃったんですか?]

[ミズホ:はい。面白かったです]

 マジで、マジで!? ミズホさんが面白かったって言ってくれた。

 ギュッと、ほっぺをつねってみたら、痛かった。間違いない。これは夢だ。

 って違う違う。現実だ。

[山咲真:ありがとうございます。嬉しいです]

[ミズホ:だから、今回の企画にどんな小説が投稿されるのかなぁって、楽しみなんですよ]

 あっと、固まってしまった。企画用の小説。まだ、リミットを越えてしまっていて作品として投稿する事ができない……。もしかしたら、このままずっと推敲できなかったら、楽しみにしていてくれると言ったミズホさんの期待を裏切ってしまうんじゃないだろうか……。それに鈴音さんの企画に穴を開けてしまう事になる。

 けど、どうすればいいんだろう? もし、ミズホさんがそうだったらどうするんだろう?

[山咲真:あの、ひとつ質問していいですか?]

[ミズホ:質問? ええどうぞ]

[山咲真:もし、例えば今回の企画みたいに文字数制限があって、書きあげてみたけど制限超えちゃった場合、どうしますか?]

[ミズホ:制限を超えた場合ですか。そうですね、要らない所を削りますけど、それじゃあ普通すぎます?]

 やっぱり……、そう、だよね――。たぶん。普通なんじゃなくて、それが常識なのかもって、思った。誰に聞いたとしても、必要な部分を残して、バッサリって感じだと思う。けど――

[山咲真:要らない所がみつからなかった場合だったら、どうしますか? もう、これで完結じゃないと納得がいかないみたいな状態になったら]

 そうやって打ち込むと、暫らくミズホさんが沈黙した。そして――

[ミズホ:そうですねぇ。あくまで私ならですけど、投稿しません]

[山咲真:え?]

[ミズホ:だって、納得できない物を投稿したくないでしょ? って、私ならそう思うんですよね]

[山咲真:でもですよ。締め切りが近くて、急がなくちゃいけない場合だったら?]

[ミズホ:それは難しいけど、やっぱり私は投稿しません。そうなっちゃってたら、たぶん削る場所を考えるより、新しく書いた方が早い気がします]

[山咲真:新しく、ですか]

[ミズホ:文字数にも寄りますけどね。今回の様な一万文字なら、新しいネタで、新しい物を書きます]

 新しいものをって、考えたことなかった。ずっと、削ることばかりを考えてた。でも、それって――

[山咲真:書き上げた物語を、放棄するって事ですか?]

[ミズホ:放棄って言っちゃうと違うと思う。ただ、書き上げた物が、企画の概要に沿わなかった。それだけの事。だってさ、物語を書く事って自由だもんね。それで生まれた物語は、一文字一文字に作者の気持ちを含んでいて、捨てられない物だと思うし]

 うん――

[ミズホ:だから、削れないんじゃないですか? 山咲さん]

 そう頷くしかなかった。画面へ幾重にも並んだミズホさんの言葉が、私の心を浮き上がらせているみたいだった。

[ミズホ:けど、一番大切なのは、山咲さんがいったい何を書きたいかって事じゃないかな。どういった理由で書くかは個人の物だし、私がとやかく言う事じゃないと思うけど、誰がどう思うか、それも大切。でも、山咲さんが書きたい事って、ひとつじゃないと思うし、それを表現する方法だってひとつじゃない。企画における文字数削減の作業ってのは、全てのリミットの中で効果的に表現できるものを選ぶ作業だと私は思ったり。なんてね]

 なんてね。なんてで閉められたミズホさんの言葉。それを何度も何度も読み返した。


 ――私の書きたい事――


 繰り返す度に浮き上がる言葉。

 書き上げた小説が、脳内で再生されて、解され、輝きが残る。

 それを掬い上げると、涙が、零れた……。


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