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小説家になろう  作者: 藤咲一
私と小説企画
41/51

21 極刑を求刑いたします


「終わったぁ~!」

 ディスプレイに映し出される保存完了の文字。とりあえず出来上がった。これから推敲をしなくちゃいけないけれど、今すぐしたところで、テンションが同じだから、できたとしても誤字脱字のチェックくらいしかない気がする。まあ、一晩寝かせたカレーが美味しくなるように、書きあげた小説も少し寝かせてから推敲した方が感じ方も違って、もっと効果的にできると――


 陣内誠司が言っていた……。


 浮かぶ彼の姿。表情は笑顔じゃない。夕方見たあの鋭い顔。

「僕に感想がない。だから僕の言葉は聞けないと、そう君は言いたいのか?」

 頭の中で繰り返される。それが、とても苦しかった。心が締め付けられる。ギュウと、鷲掴みにされて、そのままつぶされてしまいそうだ。

 でも、彼は感想をくれた人をバカにした。それはやっちゃいけない事だ。

 感想をくれる人はロボットじゃない。人間なんだから……。

 右手を握る。ギュッと。

 その時、扉がガラリと音を立てた。って、お兄ちゃんが帰って来た!?

 ヤバイ! “なろう”のページを閉じないと。

「侵入者発見、我が最愛の妹と認識。ようこそ我が城へ」

 スーツに身を包んだままのお兄ちゃんは相変わらずテンションが高い。本人的には後ろにバラか、星でも散らしているつもりなのかもしれないけど、私はそれを一瞥で無視した。それよりも慌ててウィンドウのバッテンをマウスでクリック。ディスプレイから“なろう”が消えた。よし、これで。

 そんな私を見てか、お兄ちゃんが視界隅、私の傍らで止まった。そこへ私は上半身を捻り愛敬あいきょうを一杯に振りまく。

「ああ、おかえりなさいお兄ちゃん」

 声も作った。笑顔もばっちり。たぶんこれで大丈夫。な、はず。

「何だ、何だ? 猫なで声だなんて、欲しい物でもあるのか? 言ってみろ? お兄ちゃん何でも買ってあげるから」

 財布を取る出そうとするアホタレを半眼に、私は溜め息をついた。でもまあ、とりあえず注意は逸らしたかなぁ。

「あのね。ちょっとパソコン借りてたから、それだけの事。別に、お兄ちゃんから何か買ってもらおうなって思ってないし、要らないし」

「ん? ああ、ネットでもしてたのか? 別にいいぞ、今日は使わないつもりだし。存分にお兄ちゃん部屋にいるといい。使用料は熱烈な兄妹のハグで手を打とう」

「まっぴらごめんです」

 笑顔のままバッサリと切り捨てる。だけどそれで止まるお兄ちゃんじゃない。だから、くるりと椅子を回し、嫌になるくらい予想通りに、今にも抱きついてきそうなお兄ちゃんの足の甲を踵で踏み抜く。

「ワンパターンだと言う事に気がつかんのか、このド変態がぁ!」

「ぎゃあぁー!」

 悲鳴の前に、ごりっとそれなりな音が鳴ったきがするけど、まあ、それはそれって事で。



 そんなやり取りをしていると、階段下からお母さんの声がした。

「真一、瑞穂、ご飯だからおりてきなさい」

 反射的に時計を見ると、もう七時半。お母さんも帰ってきて、食事の準備ができた時間。他の家より少し遅いけど、家族がいる時は大抵こんな時間だった。

「はーい」

 と私が返事をし、部屋の扉に手をかける。けど、後ろから続かないお兄ちゃんの気配に振り返った。お兄ちゃんは、足の甲をさすりながら、私の方を見ている。

「どうしたの? 行かないの?」

「ああ、行くけど」

「だったら、早くいかないと。お母さん怒るよ。きっと」

 あれ? もしかしてやりすぎちゃった? ごりっとしたけど、骨とかはイってないはず。そこらへんの力加減は、今までに学んだ事だから、間違いないと思うんだけど。一向に立ち上がらないお兄ちゃんに、私は首を傾げた。

「どうしたの?」

「なあ瑞穂――」

 お兄ちゃんの声が俯きながら零れ出す。どこかいつもと違うみたいだった。なんだか凄く神妙で、お兄ちゃんじゃないみたい。

「な、何よ?」

「お前さ――」

 ゆっくりとお兄ちゃんの顔が上がる。すうと真っ直ぐ向けられた目。一文字の唇――それが、ゆっくりと――動いた。

「俺の着替えが見たいの?」

「はあ!?」

「いやさ、さすがにスーツで飯にはいけないだろう。別にお前に見られた所で嬉しいだけだが、攻撃されるのは本意ではない――」

 言いながら変態はしゃきっと立ち上がる。痛みなんてまるでなかった物だ。

「それにお前も制服のまんまだろ、そのまま行ったら母さん怒るぜ、きっと」

 あ、そっか。私も帰って来たままだ。このままじゃダメだよね。

「ああ、ホントだ。じゃあ、着替えないと」

「そゆ事だ。ほれ、着替えて着替えて」

 野良猫を追い払う様にお兄ちゃんの掌が動く。それに促され、私は自分の部屋に戻ったのだけど、どうもおかしい。そう、おかしいのだ。いつものお兄ちゃんだったら、私を追い払う事はしない。なにせあのお兄ちゃんだ間違いないと思う。

 だとするなら、あの行為に裏があるとするのが妥当かもしれない。

 怪しい。怪しすぎる。

 そう思いながらも私はクローゼットを開け、紺色にオレンジのラインが入ったジャージとTシャツをポンポンとベッドへ投げた。

 そして、制服をかけるハンガーを手に取り、ブレザーを脱ぎかけた時、はっとした。

 まさか……。

 じろりと扉を見た。微かに見える隙間。もうダメだ。溜め息も出ない。



 この後、お兄ちゃんがどうなったか。知らない方が良いかもしれません。


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