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小説家になろう  作者: 藤咲一
私と小説企画
40/51

20 新たな筆を


 私はイライラしていた。それは陣内誠司にではなく、私自身に――でもなかった。携帯電話の文章入力フォームにイライラしていたのだ。

 図書室で浮かんだ物語を、私はさっそく文章で描き始めていた。学校から駅、電車内、帰宅までのバスの中で、ずっと携帯の液晶を眺め、両手でボタンを押しては変換し、構築しては読み返す。順調に進んでいるように見えた。

 けど、早さが足りなかった。

 もしかしたらそれは、間違った表現なのかもしれないけど、浮かぶ言葉に指が追いつかない。書きたい言葉が多すぎる。それに戸惑っては消して、書きなおす。

 ひとつの場面を表現するのに最低限の言葉。それに伏線――と、言葉を重ね、枝分かれを見せる物語を抑えきれない。まるで、暴れ馬。それに振り落とされ追いつけない私は、焦り、携帯電話を投げ出しそうになる。

 書きたい事は脳内にある。それを文章にするデバイスも。けど、それができない事に、私は焦っていた。

 帰宅して、階段を駆け上がり、自室へ。鞄を適当にほっぽリ投げ、私はベッドにダイブした。

 携帯を開けば“なろう”の入力フォーム。今まで打ち込んだ文章が浮かぶ。ここまではイメージ通り。でもまだまだ物語は始まったばかり。はっきり言って、二千文字にも満たない。脳内では中盤を越えているはずなのに、置いてけ堀にされている。

 こんなんじゃ、陣内誠司に勝てない。

 私の貰った感想をバカにした陣内誠司に、負けたくない。

 感想をくれた人が間違っていないと、証明したい。

 なのに、なんで私は――早く言葉を紡げないの?

『もう、何を焦っているのやら……』

 突然流れ込むもうひとりの声。久しぶりに聞いた気がする。

「焦ってる? そりゃあそうでしょ。せっかく浮かんだ物語が消えちゃう。だから邪魔しないで」

『あのね。ひとつだけ言うけど、文章を書く方法は携帯だけじゃないでしょ? 足りないなら加速させればいい。あなたが最速だと思う方法で書けばいい』

 私の最速? それって……。

 手書き。ううん。違う。パソコンだ。

 学校の授業で私はブラインドタッチの早さを絶賛された。恥ずかしい事だけど、手書きだと漢字が出てこない事もある。けど、パソコンなら。

「ありがと、私」

『別に……』

 ふいと消える声。それを握り、私はお兄ちゃんの部屋へ向かった。そこにはこの家唯一のパソコンがある。インターネットも繋がっているし、“なろう”へ接続すれば、今の続きからも書ける。

 がらりと開けたお兄ちゃんの部屋。部屋の主はまだ帰って来ていないみたいだ。これは好都合。

 勉強机に着き、デスクトップを立ち上げた。カリカリとハードディスクが鳴り、ブーンとファンが唸った。ディスプレイにはウィンドウズがじりじりと、緩やかにその姿を浮き上がらせる。早い立ち上がりだ。さすがお兄ちゃん。味気ないのは部屋だけじゃない。

 インターネットエクスプローラーを立ち上げると、グーグルのページが展開され、私はその検索欄へ[小説家になろう]と目的地を打ちこんだ。

 ぱっと画面が切り替わり、そのトップへ“なろう”が顔を覗かせた。

 そう言えば初めてだ。パソコンから“なろう”へアクセスするの……。

 ウィンドウが開き、トップページが表示され、そこからログイン。

 IDとパスワードを打ち込み、マイページ。執筆中の中から続きを選択、編集。執筆を再開した。

 キーボードをリズミカルに鳴らす。早く打ち過ぎてエディターが反応しなかった時もあるけど、さすが私のブラインドタッチ。そんな所は見逃さない。携帯とは違い思い付く言葉が全て打ちこんでいける。言葉に漏れはなかった。これならいける。

 脳内で構築したストーリー。涙をどうして流すのか? それを背景において私が選んだものは、うれし涙だった。

 人が泣く時って、悲しい時がほとんどだと思う。感動した時もあると思う。でも、それを表現できるほど、私は人生経験も豊富じゃない。だったら、悲しい時を書くべきなのかもしれない。だけどそれを書いてしまったら、救いがあるんだろうか?

 書き方にもよるのかもしれない。でも、涙を持ってくるなら最後だと思うし、そこから救いへ持って行くのは文字数と言うより、スペースが足りないと思う。だったらやっぱり、尻あがりに感情を持って行く構成にしなくちゃいけないかと思った。

 それはベタベタで使い古された構成なのかもしれない。けど、私が書きたいのはそれだし、読みたいと思うのもそれだ。

 でも、それだけじゃあ面白くない。

 もっと、もっと何か、もっと書く事があるはずだ。

 何だろう? それは何だろう?

「涙の理由を聞かないで……」

 口に出して企画を噛み砕く。ジワリと広がる趣旨。求められている事。

 考えても明確に見えない。なら、思い付くもの全てを、文章に込めよう。

 私の知る限り、うれし涙へ繋がる全てのシュチュエーションを思い浮かべては文字にする。

 感覚が加速してきた。周囲の音は消え、私の意識は脳内に浮かぶストーリーと目の前のディスプレイを行ったり来たり。

 瞬きも忘れ、集中した私の両目が悲鳴を上げ始めた頃、ディスプレイの入力フォームへ私は[了]と打ちこんだ。


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