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小説家になろう  作者: 藤咲一
私と小説企画
39/51

19 対立 下


 静けさが痛い。異様に高ぶった感情が、胸の奥から込み上げてくる。掌が、熱かった。

 陣内誠司の眼鏡は床に転がったまま。それを拾いに行く事もせず、私たちは睨みあう。じっと、ずっと。

 沈黙と静寂。それがどれほど過ぎたのだろう。ふと、陣内誠司が瞼を閉じた。

「やってくれたね」

「ああ、やったわよ。――私は許さないって言った。バカにするのもいい加減にして!」

「バカにする?」

 そこまで言って陣内誠司は鼻を鳴らし、

「そんな言葉、言った覚えはないよ」

「はあ? 『甘っちょろい』って言った。それがバカにしてるの。見下してるの!」

 そうだ。見下しているんだ。私に感想をくれた人たちを見下している。その人たちがどんな気持ちで感想を書いてくれたか知らない癖に。

「甘っちょろいってのが、見下している? バカ言っちゃいけない。質の向上にっていう観点から見れば、ないのと同じだって言うんだ」

「ないって、あんたね! ふざけないで! 私がもらった感想を、あなたなんかにどうこう言われる筋合いなんてない。まったく感想がないのはあなたの小説でしょう? 知ってるんだから。“なろう”へ投稿しているあなたの小説。誰にも相手にされていないからって、私へ感想を書いてくれた人をバカにしないで!」

 と、そこで陣内誠司の顔が強張った。図星を突いてしまったのかもしれない。けど、彼の言葉は嫉妬に塗れている気がする。それが彼にあんな事を言わせているんじゃないのだろうか。もしそうだとするなら、彼の言葉は薄っぺらい。だったら、私が引く道理なんてないはずだ。

 会話が止まり、流れた沈黙。その中で陣内誠司が動いた。言葉を発さず、黙って立つと、転がった眼鏡を拾い、レンズを拭う。そして、視線も向けず言葉を私へ。

「僕に感想がない。だから僕の言葉は聞けないと、そう君は言いたいのか?」

 迫力、と言う訳ではないけれど、彼の背中から感じるものがある。それに私は言い切った。

「そうよ」

 それを聞いてか、陣内誠司は眼鏡をかけ直し、見下ろすように私を見据えて口を動かす。目線は眼鏡がない時と同じくらい鋭かった。

「いいだろう。言いたい事はわかった。なら、勝負といこう」

「え?」

「最初は君の実力テストにと思った。けど、それじゃあ足りない。僕と勝負しようじゃないか」

「企画でって事? いいわ。感想を貰える私が、貰えないあなたに負けるはずがない」

「たいした自信だ。なら、罰ゲームも用意しよう」

「構わないわよ。どうせあなたが受けるんだから、あなたが決めて」

「そう。じゃあ、負けた方は勝った方の言う事をひとつだけ聞く」

「OK。それで、――どの企画で勝負するって言うの?」

「それは君が決めていい――」

 と、そこで陣内誠司は携帯を取り出し、私にも同じようにと促した。

「どれだって構わないよ」

 そう続いた言葉に私は携帯の液晶をスクロールさせた。

 スレッドが流れる。その中で企画を謳い、読者投票を含んでいる物を探していく。

 ひとつ目、掌編作品でテーマごとに勝負する企画。これは、対戦形式をとっているみたいだけど、これだと陣内誠司と対決するとも限らない。

 ふたつ目、恋愛詩小説企画。これは恋愛小説や詩をみんなで書こうと言うもの。興味はあるけど、勝負できる企画じゃない。

 そして、みっつ目――

 “涙の理由を聞かないで企画”。

[人は涙を流します。それは、嬉しい時、悲しい時、どうしようもなく腹の立った時、色々と。じゃあ、その流す涙の理由を小説にしてしまいましょう。それが当企画のテーマでありコンセプト。ジャンルは問いません。文字数は一万文字以下。書き専、読み専募集中。読者投票でトップの方には、賞品としてバナーを進呈いたします。もし興味を持たれた方は下記URLから準備サイトまで]

 一読した概要に、対決とかそんなの一瞬でどこかへ行くくらい、これだと思った。私の脳裏でインスピレーションが弾ける。こういった物語を書きたいと思った。陣内誠司がどういった物語を書くかはわからないけれど、今さっき私の頭に浮かんだ物語なら、負ける気もしない。これで勝負しようじゃない。陣内誠司っ!

「決めた」

 そう言って彼を見る。すかした顔で、眉が動いた。

「どこで?」

「涙の理由を聞かないで企画」

 それを聞いて陣内誠司が、面白いと言いたげに口の端を上げた。

「わかった。エントリーを今からしよう。逃げられないように、今から」

「いいわよ。私が逃げる訳ないじゃない」

 掲示板に貼り付けられていたURLから私は、同企画の準備サイトへ飛んだ。

 簡単なレイアウトに、殺風景な背景。工事中が目立つ項目の中で、[参加申し込みの方はこちらへ]と、リンクが設定された文字が青く浮かんでいた。迷わず私は、そこをクリックする。

 すると、掲示板へ飛んだ。そこのトップに[参加申請スレッド]と書かれ、参加を希望する人はそこに随時書き込む手法のようだった。一応の注意書きもそこの記されている。

[参加申し込みの方へ。本企画では、書き専だけでなく読み専も募集しております。小説を書くのはちょっと、と思われる方でも、読み専で参加してみてはいかがでしょうか? 申し込みの際は、書き、読みの別と【小説家になろう】内で使われているペンネームを記入してください]

 だそうだ。

 まだ誰も申し込みはしていない様で、そのスレッドに書き込みはなかった。私たちが一番なんだ。

 入力フォームに、簡単な挨拶と書き専で参加する旨とペンネームを入れたのだけれど、最初の投稿と言うのはどうも踏ん切りがつかない。

 ちらりと目線を陣内誠司へ向けると、彼はもう投稿し終わったのか、携帯電話をぱたんと閉じた時だった。そんな彼の目が私に向く。

「僕は参加表明した。君は?」

 まだ。だったんだけど。

「し、したわよ!」

 そう言いながら投稿のボタンをクリック。

「そう。じゃあ、暫らく顔を合わさないでおこう。探りを入れても面白くないだろう」

 そこまで陣内誠司は言うと、身の回りを片付け始める。そして――

「次に会うのは、結果が出た後だ」

 吐き捨てるように、切り捨てるように立ち上がると、ふいとそっぽを向き図書室を出ていく。その背中を睨んで追い、私は、彼の頬を打った手を硬く握った。

「絶対に、負けない……」


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