17 効果測定
世界の見え方が変わってから、私は、“秘密基地”で感想を書きながら、受験勉強に鞭を入れていた。川たんから現国をはじめとして、国語に関する特別授業を放課後受け、時たま木佐貫先生に英語を教えてもらった。
国語に関しては、自分でも驚くぐらい覚えが早かった。これって小説に使えるんじゃない? なんて思えば、別枠でメモを取ったりもした。それを川たんが「なに?」と興味深げに覗いて来るのを、慌てて掌で隠したり。そんな事をして私は知識と言う地盤を固めていった。
さすがに小説は時間的に書けない。そんな中でも私は、作品を読んで、感想を書く事に興味を惹かれていた。
相手の言葉に耳を傾け、それを噛み砕いて考える。そして、私の思った純粋な事を文章にする。それが、とても楽しかった。はっきり言って小説を考える時と似てはいたけど、それよりも、山咲真ではなく、私自身の言葉を紡ぐのが面白かった。
まあ、それだけに、てんで的外れな事を書いてしまう私だったけど、そんな感想は意外と好評だったりもした。
参考になった。とか、そう言った考えもあったのか。とか、私の感想を読んで、相手が、考えてくれる。それも嬉しかった。ううん。それ以上に、私に作品を見せてくれる人たちは、自分の作品に自信を持っている。それは驕りではなく、プライドだ。そう言った部分を見せてくれる事が、私はとっても嬉しかったんだ。
私を、私として見てくれて、真っ直ぐ、返してくれる。
だから、私は、感想を書き続けていた。
と、そんなある日――川たん特別授業を終え、久々に、図書室へ。
彼に――陣内誠司に会いに行った。
扉を開けると、相変わらずだ。いつもの場所で、いつものように、原稿用紙と格闘していた。
どうして彼はいつもそうなのだろう。“なろう”への投稿は結局書きなおさなければいけないのに、彼は、原稿用紙に小説を書く。不思議だった。
そんな疑問を内に秘め、私はいつもの言葉を口にする。
「捗ってる?」
ん? と向けられた彼の視線。それが瞬き、陣内誠司はペンを置いた。
「まあまあかな。どうだい? 君の方は?」
「ようやく、川たんから最低限度に達したって言われた。高校二年生レベルって事なんだけど、まあ、詰め込みすぎはいけないからって、ひとまず特別授業はおしまい」
「そう。凄いじゃないか。小学生レベルだったのがたった三週間で、追いついた訳だ」
私が特別授業を受けている事は、千尋と、彼にだけ言ってある。それにしても、酷くない? いくら私が授業サボってたからって、小学生レベルだなんて――
「バカにしてるの?」
「いいや、称賛だよ。実は賢いんだ。って、そう言う事さ」
「やっぱり、バカにしてる」
「あれ? 言い方がまずかった? いやあ、ホントに驚いてるんだよ」
「ホント……に?」
半眼で彼を見る。それに陣内誠司は、少し下がった眼鏡を押し上げた。
「そうさ。君は凄いよ。“なろう”で小説読んで、感想書いて、更に人一倍勉強もして、僕にはできない事だ。それを羨ましく思うし、大丈夫なのか? と思う」
「心配してくれてるの?」
「まあね――」
そうやって語尾を切った彼は、瞳を泳がせ、ふいと、そっぽを向いてしまった。それが、何と言うか、私の心をくすぐった。むず痒くて、くすぐったい。でも、嬉しく思えた。
あの時――保健室に運ばれた時も――彼は、私を心配して来てくれた。今までの態度からすると、恋愛対象としてではないんだろうけど、きっと私が彼を思っているように、仲間として認識してくれているんだと思う。
「――だって、君が、もう小説を書かないんじゃないかってっさ」
ほらね。やっぱり。そっちだよね……。
「小説は、書くよ。絶対。ちょうど、川たんの授業もひと段落したことだし、感想依頼も、スレッドに立ててない。時間が、できたんだ」
そう。ホントはもう考えてあるんだ。書きためたヒントを繋ぎ合わせて、一通りのプロットは引いてある。
「ホントに?」
「ホント」
「じゃあ、君に、テストだ」
「はあ!? なによそれ? 勉強しろって言うの?」
「うん、まあ、勉強と言えば、勉強だけどさ。小説のテスト」
そう言って陣内誠司は、自分の携帯を取り出すと、ポチポチと弄り、「あった、あった」とこちらに画面を見せてきた。
それは“秘密基地”のある掲示板だった。――仲間募集掲示板――評価依頼板の上にある掲示板だ。
「ここで、実力テストと行こうじゃないか」
「どうして、仲間募集がテストなのよ?」
「まあ、騙されたと思ってさ、君も自分の携帯で、ここを開いてみてよ」
またこれだ。真実と言うか、目的を明かさずに“君ならできる”と言いたげな目。これに私は導かれていると言うか、騙されていると言うか……。
不満を口元で膨らませながら、私は自分の携帯を取り出すと、彼が言う掲示板を開いた。
すると、スレッドがいくつか並んでいる。[ファンタジー仲間募集中]とか、[恋愛作家さん集まれ]とか――そうやって目線をスクロールしていくと、[企画]という文字が飛び込んできた。
もしかして、これ?
声には出さず、陣内誠司を見る。すると、「それだよ」と笑った。
「それだよって、企画に参加するって事?」
「そう。ちょうどね、参加募集をしている企画がいくつかある。どうだい、競作ってやつに挑戦してみない?」