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小説家になろう  作者: 藤咲一
私と“私”
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16 目線変われば、世界が変わる


 結局徹夜してしまった私は、眠気覚ましにとシャワーを浴びたけれど、火照った体にその意味は薄かった。もともと覚醒してしまっていて、テンションが少し壊れていたのかもしれない。さっぱりして、すっきりして、とてもいい朝だった。

 空も晴れて、風が心地よい。少し視界に白く薄い膜が張られている世界が、とっても新鮮に見える。

 久方ぶりに見上げた通学路の並木道も、緑が萌えて綺麗だった。通り抜けた商店街も、いつも思う混み合った足元のイメージと違い、人の流れが緩やかに見えた。その他にも、バスを待つ学生が楽しそうに話す姿や、見慣れたはずの光景だと言うのに、気持ちの持ちようでこれほどまで違うのかと、笑いが込み上げる。

 そんな通学路を抜け、校門をくぐり、私は職員室へ向かった。

 もちろん。昨日の約束を守るためだ。

 まだ生徒がまばらな廊下を抜けて、職員室の扉を開けると、整然と並ぶ机の中で、先生が生徒と打ち合わせをしたり、あくびをしたり、談笑をしていた。まだ出勤してきたいない先生もいたけれど、川たんは窓際にある自分の机でコーヒーを片手に、くすくす、隣に座る木佐貫先生と何かの話をしているみたいだった。

 私は、肩にかけていた黒いケリーバックの肩ひもをギュッと握り、ふたりの間に立つと、小さく息を吸った。

「おはようございます」

「あ、宮崎さん。おはよう」

 川たんが口に付けかけていたカップを机に置いて、きゅっと、灰色の椅子を回し、私を見上げる。その隣で「おはよう」と木佐貫先生が私を見て、少し表情を曇らせた。まあ、これは仕方ない。木佐貫先生から見れば、私は問題児扱いなはずだから。でも、川たんはそういった表情を絶対に見せない。だからきっと、みんなから好かれているんだと私は思った。

「あの、進路調査票持ってきました」

 そう川たんにバックから取り出した調査票を差し出す。それを見て川たんは笑い「感心、感心」と受け取ってくれた。そんなやり取りを見て木佐貫先生は空気を読んだのか、小さく目礼すると、席を離れて行く。

 そんな中、私の書いた調査票を見て、川たんが「へぇ」と溜め息を漏らした。

「大学に決めたのね。――それに文系を選ぶなんて、なかなか良い趣味してるじゃない」

 川たんが国語教師だからというのもあるんだろうけど、「うん、うん」と確認する仕草はなんだか少し嬉しそうだ。

「でもどうして? 宮崎さん、語学に興味あった?」

 首を傾げて見上げる川たんの目に――

「最近、言葉について考える事が多くて、それで、ちょっと」

 少し言葉を濁した――まだちょっと、本音は言えなかったけど、川たんはそれを汲み取るようにひとつ頷いてくれた。

「ふぅん。そうなんだ。じゃあ、もっと勉強頑張ろうか。今の成績じゃ、国立とかは難しいわよ」

 川たんの顔が、悪戯っぽく笑う。けど、それはたぶん本当なんだと思う。

「ど、どれくらい頑張らないといけないんでしょうか……」

「どれくらいって、それは……、目一杯! 結構ヤバイわよ。今から頑張るんだったら、死ぬほど勉強しないと間に合わないかも」

「マジですか?」

「マジよマジ。宮崎さんは結構遊んでたからねぇ……。特に学校で。だから、私立にしても推薦とかはちょっと難しいかな」

 川たんがコメカミを押さえながら向けた視線に私はドキリとした。今までの私――そのしわ寄せが、こんなところに現われてきていたのだと少し後悔する。千尋と遊んで、学校で寝て。勉強しなければ……、そりゃあ内申点だって最悪だろうし。――けど、それを後悔した所でもう遅い。

「でも、目一杯勉強すれば、大丈夫なんですよね?」

「もちろんよ。“成せば成る。成さねば成ならぬ、何事も”ってね。まだ三年生が始まったばかりだし、まだまだ伸び白があるから、きっと大丈夫。もしあなたが望むなら、宮崎さん専用特製カリキュラムを作ってあげようか?」

「お、お願いします」

 そう頭を下げると川たんは微笑み、ぴっと人差し指を立てて、私の前に。

「よし、じゃあ、明日にでも準備しておくから、ちゃんと取りに来なさい。絶対に忘れないように、ね」

「はい」

「それともうひとつ。今日からは絶対に授業を聞き洩らさない事。寝たら、怒るわよ」

 最後にギュッと鋭くなった川たんの目。それと同時に先生の纏うオーラが変わった。必要以上に鋭く、突き刺すような感じ。それは一瞬の事だったけど、みんなが言う鬼の川たんだったんだと思う。

 でもそれは怒りじゃない、川たんが本気で言ってくれているからだからと、私は怯えない。と言うより怖くない。だって、激励なんだ。それが私にはなんとなくわかる。「はい」と答えた私に、川たんの目はとても優しく、包み込んでくれるように笑っていた。

「じゃあ、進路の件に関しては、これでいいわよ。あ、と、は、宮崎さん――あなた次第だから、頑張ってね」

 そうやって終わった会話に、私は何度目かわからないお辞儀をすると、コーヒーカップに手を伸ばす川たんに背を向ける。すると、その先に木佐貫先生が見えた。向こうも私を見ている。たぶんずっと見ていたんだろう。霞がかかった表情は、変わらない。

 今までの私だったら、きっと目を伏せて静かに通り抜ける。けど、私は変わった。だから――

「木佐貫先生。これから一生懸命頑張ります。今まで、すいませんでした」

 彼女の顔に驚きが過る。けれど、木佐貫先生はまるで鼻を鳴らす少年のように私を見て、ふうと息を吐き出した。

「別に、気にしないわよ。けど、そのやる気は本物なのかしら?」

 やはり、すぐにとはいかない。疑いの眼差しを向けられた。でも、私は真っ直ぐ見返し、力強く言葉を紡いだ。

「はい。やりたい事が見つかりましたから」

「なら、頑張りなさい。英語に関しては私が教えてあげるから、いつでも来るといいわ」

 なんだ、聞いてたんじゃん……。って、そう思うと、目の前にいる木佐貫先生がなんだか可愛く思えた。まさかツンデレ属性を持っているだなんて、ね。

「ありがとうございます」


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